第47話 飛鳥関白 その4
「最後の、賭け!!」
絶体絶命の黒子が注射器を取り出す。
中には紫色の液体が入っており、みるからに危険物であることが見て取れた。
「なっ!?」
関白の背筋が凍る。
本来であれば即座に注射器ごと分解できるだろう。
だが、直前に受けた鎌瀬太郎の放水によって、1秒、反応が遅れてしまった。
分解が間に合わない!!
「うりゃ!!」
黒子はがむしゃらに突き刺して、液を注入した。
関白は慌てて距離を取ると、懐から丸薬を出し、飲み込んだ。
あらゆる状態異常を完治する薬だ。
「馬鹿げた真似を。私が毒を警戒しないと思ったか? ダンジョンにおいて必須のアイテムは、常備している」
ふと駿河を見やる。
まだオークたちに苦戦している。
おそらく、姉の真実を知ったショックが尾を引き、充分な力を発揮できないのだろう。
なら先ずは、あの邪魔くさい鎌瀬から消す。
そう殺気を送った、そのとき。
「なに!?」
関白の体が、浮いた。
これは、重力操作のスキル。
日輪ヨルヨのスキル!!
先ほどまで気を失っていた彼女は、這いずりながらも、殺意に染まった眼球で関白を睨んでいた。
「キサマ、目を覚ましたのか!!」
「砕けろ!!」
超重力が加えられる。
高所から急激に落とされたことで関白の、少なくとも腕の骨は完全に粉砕された。
「ぐっ、うっ……」
もうひと手間かければ確実に倒せる、しかし、いまのヨルヨにそれだけの余裕はない。
駿河はサリー率いるオークと交戦中、黒子に至っても、手出しができない状況。
何故なら、いくら攻撃的なアイテムを生産しても、無条件で分解されてしまうから。
唯一の救いは、もはや関白は腕が使えないこと。
生物を分解するためには、直接触れなければならない。
アイテムを破壊できても、殺人は不可能。
誰も、何もできない。
太郎以外は。
「お、俺がやるしかないっす……」
と覚悟を決めたが、
「サリー!!」
主人に呼ばれたサリーに距離を詰められ、
「ひっ!!」
タックルされて気絶してしまった。
「まずはヨルヨを殺せ!! またスキルを発動される前に!!」
サリーの腕がドリルに変形する。
ゆっくりとヨルヨに近づいていく。
腕を、振り上げる。
だが、
「お、お母様……」
「……」
サリーの腕が、止まった。
「何をしているサリー!! 殺せ、殺せ!!」
「……」
「まさか、娘は殺せないとでも言うのか? バカな、いまのお前に意思はない。お前はサリー、私の最高傑作だろう!!」
それでも、サリーは腕を下ろすことはなかった。
埋め込まれた水色の瞳から、雫がこぼれる。
「お母様……」
膠着状態が続く中、黒子が告げる。
「もう、諦めてください。関白さん」
「阿呆が、忘れたのか? 私には『キミ』からもらったワープサファイアがある」
「……もっと早く、あなたの異常性に気づくべきでした。そしたら、そしたらこんなことには」
「勘違いするなよ」
「え?」
「キミは私をサポートしただけだ。どのみち、私は殺していた。私自身のために。そして逃げ続けていた。誰も、私を捕まえることはできない!!」
懐に忍ばせていたワープサファイアが光り出す。
「証拠など残さん!!」
最後の力を振り絞り、駿河やヨルヨのドローンを破壊する。
メモリーを完全に消去するため、粉々に分裂させる。
「キ、キサマらに私を裁くことはできん。殺し損ねたが、キサマらも私に手出しはできない」
「……」
「私はただの教師に戻り、キサマらはただの小娘どもに戻るだけ……。ふふ、いや、教師も辞めるか。私にはもう、最高傑作のサリーがいる。欲しい人形もすべて手に入れたし、そうだな、沖縄辺りでサリーと静かに暮らそうか。海が好きなんだ」
おそらく、またそこで殺人を繰り返すだろう。
ダンジョンじゃなくても、関白ならやりかねない。
「逃げられませんよ。少なくとも、埼玉からは」
「は?」
「先ほどあなたに打った注射、麻痺性の毒が入っていました」
しかし、直後に服用した丸薬で完治されたはずだ。
「その麻痺毒は、囮。もうひとつ効果があるんです。最初は害がなく、薬も治さないような効能。それはゆっくりと進行し、あなたの体を作り変える」
ふと、関白は自分の手を確認した。
肌が、緑色に変色している。
鈍い緑色。まるで、ゴブリンのような。
「ここに来る前に採取したゴブリンの血で『生産』した薬です。あなたは、ゴブリンと同列の存在となる」
「ゴブリンと? まさか、キサマ」
「モンスターは、ダンジョンから出られません」
関白をゴブリンに作り変えた。
彼のスキルであれば、ゴブリンの細胞だけを別けることが可能なのではないか。
答えは、否。
細胞は完全に関白と同化している。
別けようとすれば、関白に流れる全身の血を取り除かなくてはならない。
「チッ」
「薬を使っても無駄です。ゴブリン化はすでに『完了』しました。現在のあなたこそが、正常ですから」
「このクソカスがああああああ!!!!」
関白とサリーが他のダンジョンへワープする。
いま、彼を捉えることはできなかった。
しかし、彼はもう、ダンジョンの外にでることはできない。
埼玉にある100個のダンジョンのどこかに、隠れていなくてはならない。
戦いが終わった。
勝利とも、敗北とも言えない結末。
「私の、せいで……」
罪悪感に打ちひしがれる黒子の元へ、駿河が近づいてきた。
「駿河さん、ごめんなさい。私が、あの人を助けてしまっていたんです」
「黒子……」
そっと、駿河が黒子を抱きしめる。
慰め合うように、強く。
「帰りましょう、黒子」




