第40話 ママゴブリン その2
男たちは全部で4人。
彼らの頭上には一機のドローンが飛んでいて、バーチャルディスプレイにはコメントが並んでいた。
・やっちゃえ
・悪いゴブリンやっつけろ
・あれ黒猫黒子じゃね?
・コラボ!?
「えぇー、まさかまさかのラッキーじゃーん」
男、須藤が馴れ馴れしく黒子に近づいてくる。
「実はさあ、俺、このゴブリンにスマホ盗まれちゃってさあ!! メンバーのみんなで退治する配信することにしたのよ」
「メンバー?」
「そう、俺らダンジョン配信軍団。『陸前ウォッチャーズ』だから」
女子中高生に人気の男性配信グループである。
ファンに手を出したり、他の冒険者に迷惑行為をしたりと、あまり良い噂はない。
「黒猫ちゃんはなにしてるの?」
「え、私は……」
ママゴブリンが男たちを警戒している。
子供ゴブリンを後ろに隠し、須藤らを睨みつけていた。
この地底湖エリアに逃げ道はない。
まして相手は4人。掻い潜って走り去ることは困難だろう。
「お願いがあるんだけど、なんかアイテム生産してくんない? 黒猫黒子のアイテムでゴブリン退治、絶対受けるじゃん」
「いや、今日はもう店じまいなので」
「ちっ、じゃあいいよ。おーし、んじゃさっそくやっていこうか」
須藤がママゴブリンに手をかざすと、強力な電流が放たれた!!
「ちょっ!!」
ママゴブリンは子供を抱えて間一髪回避し、棍棒で反撃に出る。
素早い身のこなし。須藤は反応できていない。
が、
「おら!!」
仲間の一人が、口から放った衝撃波でママゴブリンを吹き飛ばす。
その機を逃すまいと、須藤は再度放電した。
「うぎゃああああ!!!!」
ママゴブリンの悲痛な叫びが黒子の胸を打つ。
先日は一人であったため敗北した須藤だが、今回は仲間がいる。
負けるわけがない。
ダメージを負ったママに、子供が駆け寄る。
「ママ!! 人間さんもうやめてゴブ!! 謝るゴブ!!!!」
「あぁ? なに言ってるかわかんねえんだよ」
特製補聴器を装着していない彼らに、ゴブリンたちの声は届かない。
・須藤くんカッコいい
・倒せ!!
・ゴブリンマジキモい
・天罰!!
「ははは、動物虐待は許せねえけど、ゴブリンだからなあ!! いくらでもボコボコにできるぜ!!」
須藤がまた手をかざした。
「やめてください!!」
「なんだあ黒猫ちゃん。なんで邪魔すんの?」
「この子たちが盗んだスマホを回収する、それだけでいいじゃないですか。これ以上痛めつける理由ありますか!?」
「なに良い子ぶってんだよ。これは教育なんだよ。人間様に逆らうなってよ」
・黒子空気読め
・偽善冷める
・須藤くんの邪魔をするな
・消えろ
「だいたい、黒猫ちゃんはゴブリン退治したことないの?」
「襲ってきたモンスターしか私は!!」
「けどさあ、俺知ってるよ。あのアポカリプスの魔女の配信に最初に出た時、でっけースライムを爆殺したよね? いくら敵だからって、そこまでするう?」
「……」
「それに比べたら、俺らの方が正当じゃん。なにも殺すつもりはねえんだし? スマホ盗んだこいつらを痛めつけるだけ」
「うぅ……」
確かにそうだ。
黒子自身、モンスターの命を奪ったことがある。
極力追い払うだけ、しかし時によっては。
まるで虫扱い。
状況だけ見れば、ゴブリンに非がある。
スマホを盗み、勝手に使っているのだから。
「私は……」
須藤の仲間たちが、子供ゴブリンを持ち上げて、キャッチボールのように投げ合った。
「ほーらほらほら、人間怖いだろ」
「ママみたいになりたくなければ、ちゃんと学習しろよ」
「俺の彼女がゴブリンに襲われたことあんだよね。マジ許せねえわ」
子供はなす術もなく、
「助けて!! 助けて!!」
と泣き、怯えていた。
「ぼ、坊や……」
ママゴブリンが立ち上がる。
子供を守ろうと、棍棒を握る。
「おい須藤、こいつまだやる気だぜ」
「お前らで痛めつけろよ」
「りょーかい」
仲間たちは子供を地面に落とすと、ママゴブリンを蹴飛ばした。
黒子の目頭が熱くなる。
こんなの、やっぱり間違っている。
これじゃあ、ドットマジェスティと同じじゃないか。
人間じゃなければいいのか。
なにをしても許されるのか。
いや、これじゃあドットマジェスティ以上に凶悪。
何故ならダンジョンは人間の遊び場ではない。モンスターたちの生活圏なのだから。
「私は、間違っていました」
「あ?」
「命を守るために、命を奪う。それはしょうがないかもしれません。けど、私や、あなた達は、ただ命を軽視しているだけ」
「何言ってんだ?」
「いますぐやめてください!! さもなくば、私があなた達を、退治します!!」
「はあ? やれるもんならーー」
問答無用でフレイムガンを発射する。
至近距離では回避もできず、須藤は吹っ飛ばされて気絶した。
・なにしてんの!!
・通報!!
・黒子犯罪!!
・やめて
「サンダーガン!!」
2丁の魔法銃を駆使し、黒子はあっという間に男たちを撃破した。
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「ありがとうゴブ」
男たちが救助隊によって搬送されたあと、ママゴブリンは深く頭を下げた。
もちろん、スマホは須藤のポケットに戻している。
「いえいえ」
「やっぱり人間、怖いゴブ」
「そうですね……」
黒子の胸にあるのは、勝利の余韻などではなかった。
愚かだった自分への、罪悪感。
モンスターは配信を盛り上げるための小道具でも、ダンジョン攻略を邪魔する障害でもない。一つの命なのだ。
「人間さん、フレイムガンをちょうだいゴブ!! それさえあれば」
「……」
あの惨状の後では、渡したくもなる。
たとえ、生態系の力関係が変わることになろうとも。
他に、彼女たちを守る手段はないものだろうか。
モンスターはダンジョンから出られない。
そしてダンジョンは、無法地帯。
できるとすれば、冒険者たちに訴えかけていくだけ。
「約束、してくれますか?」
「ゴブ?」
「これは、自分と子供の身を守るためだけに使うって……」
「……」
子供ゴブリンが黒子に抱きついた。
「ありがとうゴブ!! 人間のお姉さん!!」
それを目にしたママゴブリンが、頷いた。
「人間にも、良い人がいたゴブ。私たちゴブリンは義理堅い種族ゴブ。恩を仇で返したりは、しないゴブ」
「じゃあ」
「約束するゴブ。それに、坊やが好きなあなたに、嫌われたくないゴブから」
優しく、黒子は微笑んだ。
それから、陸前ウォッチャーズは、黒子を叩くために件の配信アーカイブを大々的に拡散した。
しかし、それが逆に須藤らやファンたちを炎上させる。
・いくらモンスター相手でも、やり過ぎでないか。
・黒子の言葉にすべてが詰まっている。
・こいつらみたいな冒険者たちは考えを改めるべき
と批判的なコメントが殺到したのだ。
もちろん、偽善だと擁護する者もいる。
今回の騒動を経ても、黒子は今後もモンスターを撃退するし、最悪命を奪うだろう。
しかし、ダンジョンというモンスターの住処に足を踏み入れて、怯えさせているのは人間側だ。という認識と、可能な限り暴力に頼らない方法は、意識するようになったのだった。




