第39話 ママゴブリン その1
ダンジョンには数多くのモンスターが存在する。
中でも、スライムと並んでほぼ全てのダンジョンに生息しているのが、ゴブリンだ。
そのゴブリンにもいくつか種類が存在するわけだが、
「ちっ、このミドルゴブリン強え!!」
ミドルゴブリンは少し変わった生態を持っていた。
「ここは逃げるしかねえ」
冒険者の男が脱兎の如く走り去る。
ふと、彼のポケットから何が落ちた。
薄い、小さな板。
よく人間が手にしているもの。
スマートフォンだ。
棍棒を握るミドルゴブリンのメスがスマホを拾う。
食べ物じゃないし、特別綺麗なものでもない。
しかし、子供の暇つぶしくらいにはなるだろうか。
ミドルゴブリンはスマホを手に、巣へと戻っていった。
ミドルゴブリンはメスがたった一人で子供を育てる。
オスは短命で、その命を狩と子作りにのみ費やす。
種を仕込んだら、子供の顔を拝む前に亡くなるのだ。
そして残されたメスが、子育てをするのである。
オスより弱いし、集団行動も苦手。
正直、手強いモンスターや人間に襲われたら一大事だ。
小さな洞穴に、先ほどのメスのミドルゴブリンが帰った。
帰宅途中に発見したボアモグラを適当に投げる。
今日のご馳走だ。
と、小さなゴブリンが抱きついてきた。
愛する我が子である。
頭を撫でて、キスをする。
『あ、そういえば』なんて思い出したように、スマホを差し出した。
触ると光ったが、操作方法がよくわからない。
なにをする機械なのかも、子供には難しかった。
どうやら暇つぶしのおもちゃにすらならないようだ。
『そんなことより、お腹減ったよ』と駄々をこねるので、ママゴブリンはボアモグラの調理をはじめる。
といっても、食べやすいように分解するだけで、火を通すことすらしないのだが
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それから数日後。
「おおおおおお待たせしまし……あれ?」
指定の場所に訪れた黒子だったが、誰もいない。
地下ダンジョンの5層目、地下水脈により地底湖が広がり、ダンジョン原産の植物が生い茂る自然地帯。
確かにここのはずなのだが……。
「あのー!! 黒猫黒子のデリバリーサービスですーっ!! ご注文のフレイムガンをお届けにきましたーっ!!」
叫んでみても、誰も反応してくれない。
「おかしいなー。キャンセルならキャンセルで連絡して欲しいのに」
などと文句を垂れていると、
「おや?」
草陰に隠れているミドルゴブリンを発見した。
思わずフレイムガンを構える。
冒険者の食糧を奪うため、襲ってくることがあるからだ。
しかし、ゴブリンはじっと黒子を見つめるだけで、なにもしてこない。
そのうえ、
「え!?」
手にはスマホが握られていたのだ。
「ま、まさか……」
慌ててリュックからお手製補聴器を取り出す。
なんでも翻訳機。黒子のスキルで生み出したものだ。
これさえあれば、あらゆる言語が理解できるうえ、モンスターの言葉すら分かるようになる。
「あ、あの、まさか、あなたが依頼したんですか?」
「そ、そうゴブ」
「えぇ!? そのスマホどうしたんですか!? 盗んだんですか!?」
「私の言葉がわかるゴブ!?」
「は、はい。えっと、で、そのスマホは……」
「拾ったゴブ」
「ほ、ほえ〜。こりゃ驚きました」
十中八九、あれは冒険者が落としたスマホ。
それをゴブリンが拾って、操作して、依頼までしたのか。
「あ、あなたこそ、人間の言葉がわかるんですね……」
「こいつで覚えたゴブ。案外簡単ゴブ。話すことはできなくても、聞いたり読んだりなら、できるゴブ」
「はぇ〜。頭が良いんですね」
ゴブリンはまだ警戒気味に、フレイムガンを指さした。
「さ、さっさとそれをよこすゴブ!! も、貰えるんゴブよね?」
「え、いやまあ、そうなんですけど……」
料金はすでに支払い済みだ。
クレジットカード払いになっていたので、スマホの落とし主のクレカから引き落とされたことになる。
つまり、このゴブリンは1円たりともお金を払っていないのだ。
「盗んだスマホでご依頼されているので……」
なんとかしてあのスマホを回収できないか。
頑張って思考を巡らせていると、
「ちょうだいゴブ!!」
小さなゴブリン、子供ゴブリンが飛び出してきたのだ。
「坊や、隠れてなさいゴブ!!」
「人間さん、それ欲しいゴブ!! よくわからないけど、それさえあれば、ママが楽できるゴブ!!」
「坊や……」
子供の言い分は理解できる。
フレイムガン、火属性の飛び道具。
確かに、所持していれば狩が楽になるし、なんなら肉を焼くための火を起こせる。
「た、たしかミドルゴブリンはシングルマザーなんですよね。でも……」
ゴブリンだって生きている。
悪さをしないのであれば、協力してあげたい。
とはいえ、モンスターに武器を渡していいのだろうか。
ダンジョンの生態系が崩れたりしないだろうか。
ママゴブリンが、ため息をついた。
「無理を言っているのは承知してるゴブ。けど、わかって欲しいゴブ。何年か前、いきなり変な人間たちが来るようになって、しかもダンジョンに閉じ込められたゴブ。それまでは外に出て狩りをしたり、棲家を変えることもできたのに」
「もともと、ダンジョンは別のところにあったんですか?」
納得はできる。
おそらくは他の世界からやってきたのだろう。
「いまはダンジョンの外に出ようとしても、変な結界のせいで出れないゴブ。私たちは、この狭い環境で生き抜かなければならないゴブ。食事だって、ときには強いモンスターと戦う必要があるゴブ。昔なら、ダンジョンの外で弱いモンスターを探せばいいだけだったのに」
「そ、そんな事情が……」
「けど、人間さんが嫌がるのは理解してるゴブ。私たちは人間の敵ゴブから」
「うーん」
同情するが、はたしてフレイムガンを渡していいものか。
仮に料金は持ち主に返金して、フレイムガンだけゴブリンに渡すことも……いいや、モンスターに同情して力を貸すなら、他のモンスターの面倒だってみなければならない。
でなければ平等じゃない。
モンスターたちはみんな苦しいんだ。
「どうしよう……」
黒子が悩んでいると、
「あ、いたぜ!!」
先日ママゴブリンに敗北し、スマホを落とした冒険者が、仲間引き連れ現れたのだった。
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