第35話 のどかな日常回
千彩都が家にいるからといって、特別なにかするわけでもない。
お互い自由にダラダラ過ごすのだ。
現に、黒子はパソコンを操作してアイテムの在庫状況を整理しているし、千彩都はソファでスマホをいじっていた。
「ねえ、黒子ってさあ」
「んー?」
「黒猫黒子スレ見たことあんの?」
この世には特定の人物に粘着し監視するための掲示板が存在する。
黒猫黒子スレもその一つだ。
自らは決して配信しない黒子を拝むためには、他人の配信に映り込んだ彼女を見るしかない。
なので各々が様々な配信を監視し、黒子が映らないか情報共有し合う必要がある。
そのための黒猫黒子スレ。いわゆるファンスレなのだ。
黒子の顔が、嫌そうに歪む。
「見るわけないよ、そんなの」
「ぶっちゃけ気持ち悪いもんね。なに書き込まれてるか気になったりしないの?」
「え〜。気にはなるけど……」
千彩都の視線がスマホへ落ちた。
「えーっと、『黒子ちゃんってシャンプーなに使ってるのかな』『黒子ちゃんの汗を拭いたハンカチを集めて服を作りたい』『彼氏いるのかな』だって。モテモテじゃん」
「うげぇ」
「お、『黒猫ちゃんに彼氏なんていません。二度とそんな書き込みしないでください』。はは、ガチギレしてる人がいる」
「彼氏いたらどうするんだろう」
「この人やば。『内臓を黒猫ちゃんに移植して永遠に一つになりたい』とか『黒猫ちゃんが毎晩甘えてくる妄想して寝てる』とか、とんでもない書き込みばっかりしてる」
「勘弁してよ……。んん? スレッドって個人の名前ないから、同じ人の発言かどうかわからないんじゃないの?」
ハンドルネームを設定しなければ、すべて「名無しさん」の書き込みになる。
だいたいみんな、この「名無しさん」として書き込んでいるのだ。
「んにゃ、IDでわかるんだよ。てか、この人の場合自前のハンドルネーム使ってる」
「なんて?」
「黒猫の騎士ルルナ」
あっ……。
「すっご、スレ内でも有名人みたい。ヤバいやつ扱いされてる」
「みんな、私なんかよりもっと他のことに夢中になればいいのに」
ごもっともである。
黒子がため息をついていると、千彩都はにやにやと悪そうな笑みを浮かべて、親指をスラスラ動かし始めた。
スレッドに書き込みをしているのだろう。
「なんて書いたの?」
「黒猫黒子って毎日朝昼晩カップラーメン食べてそう」
「うっ!! いまは鎌瀬くんが作ったご飯食べてるよ!!」
事実であったようだ。
「おほ、黒猫の騎士ルルナが反応した。『黒猫ちゃんは毎日大きなハンバーグをもぐもぐ食べてにっこりしてるんです。変な妄想するな』だって」
「な、なんか申し訳なくなってきたよ」
「ひひひ、『黒猫黒子って部屋干しの臭いがするジャージ着て外出してそう』っと」
「コ、コンビニ行くときだけだよ!!」
事実らしい。
意外とズボラである。
「きたきた、『黒猫ちゃんの普段着はお姫様みたいなドレスです』って、あはは、普段着がドレスって、あははは」
「もー、恥ずかしいよ〜」
「まだ続きがある『だいたいあなたさっきから何ですか? 黒猫ちゃんの悪口ばかり書いて、暇なんですか? 黒猫ちゃんは日向ぼっこが大好きで、蝶々を見るとつい追いかけちゃうような純粋な女の子なんです。なにも知らないのに勝手なことばかり書き込まないでください』……うわ、マジギレじゃん」
ルルナ、もうやめろ。
お前より千彩都の方が何倍も本当の黒子を知っているのだ。
「なんかこの人、怖いね」
「実際に会ったらどうする? 黒子」
「え〜、監禁とかされそうで嫌だな〜」
「はは、ガチ犯罪者じゃん」
ガチ犯罪者予備軍なのである。黒猫の騎士ルルナは。
「でも」
「でも?」
「こんなに私のこと応援してくれるのは、ちょっと嬉しいかも。あはは」
「ふふ、そう書き込んでみたら?」
「い、嫌だよ〜」
その後、2人はマリカをして夜まで過ごした。
そう、本日のデリバリー業は休み。どの配信にも現れていないのである。
2人がわいわい楽しんでいる一方で、悔しさと寂しさで絶叫している黒猫の騎士ルルナがいることを、黒子は知らないのだった。




