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第33話 ヨルヨちゃん問題

 鎌瀬太郎のおかげか、黒子の生活に『朝食を食べる』という習慣が生まれるようになった。

 ごきげんなコーンフレークを食べながら、ごきげんなニュース番組を見て過ごす、ごきげんな朝。


 今日はデリバリーはお休みして、一日中FXと株のチャートを眺めていようかな。

 なんて考えていると、


「へ?」


 ニュースが警察内部の不祥事を報道した。


【警視監『日輪ゲッコウ』氏、自白】


 シンヤとヨルヨの父が、逮捕されたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 駿河と共にとある病室へ訪れる。

 かつて黒子と駿河を苦しめたドットマジェスティのボスの妹、ヨルヨの個室だ。


 精神障害と兄の死をきっかけに完全に心を閉ざし、いまでは人形のようにボーッと過ごしていた。


「お久しぶりです、ヨルヨちゃん」


 ヨルヨは一瞥するのみで、反応しない。


「わー、お花枯れてきちゃいましたね。また新しいの取ってきます」


 駿河は花瓶に活けてあった花に視線をやった。

 みたこともない花。ダンジョンに生えていたものだろうか。

 こんなもの、駿河が前回訪れたときにはなかった。


「黒子、あなたもしかして、何度か来てるの?」


「はい。お見舞いです」


「なんで? こいつは敵だったのよ? 私なら、今回みたいな用事がない限り来たりしないわ」


 今日、黒子と駿河はヨルヨに聞きに来たのだ。

 父親の逮捕のことを、詳しく。

 散々ドットマジェスティに迷惑をかけられた彼女たちには、問いただす権利がある。


「敵でしたけど、ダンジョンで出会った仲じゃないですか。悪さをやめて、反省してくれたなら、私は友達になれると思っていますよ?」


「あ、あなたねぇ」


 優しいというより、甘い。

 黒子は甘すぎる。

 とはいえ、それを咎めたって彼女は変わらないだろう。


 黒子は案外頑固であることは、駿河も承知していた。


「で、日輪ヨルヨ、あなたのお父さんはどうしていきなり罪を告白したのよ」


 ニュースによれば、シンヤ率いるドットマジェスティを支援し、犯罪行為をもみ消していた事実が報じられていた。

 もちろん、妻を殺害した犯人を捜すためだったと、理由も話したらしい。


「……」


「なんとか言いなさい。まさか、なんか悪いことを企んでいるんじゃないでしょうね」


「ちょ、駿河さん。もっと穏やかにいきましょうよ。……ヨルヨちゃん、お父さんとなにか話しましたか?」


 実に1分ほど黙ってから、ヨルヨは答えた。


「会いに来たわ、一昨日。お別れを言いにきた」


「お父さん、どうしていきなり自白なんてしたんでしょう?」


「前にも話したでしょ。お父様は、お兄様まで失って、壊れた。……諦めたのよ。自分でもうどうすることもできない。けど一矢報いたいだから、罪を告白した」


 2人はヨルヨの発言から、父ゲッコウの真意を読み取った。

 大々的にニュースで報じられたら、否が応でも世間は注目し、警戒する。

 その殺人犯に。ダンジョンの危険性に。


 次なる犯行が難しくなるだろう。


 駿河が問う。


「最初から大っぴらにすればよかったじゃない。違う?」


「うーん、それだと復讐しづらいからじゃないですかね。油断して犯行を繰り返せば、その分なにかしらの情報が得られるかもしれない。尻尾を掴みやすくなる」


「なるほど」


 復讐のためなら他人はどうなってもいい。

 やはりシンヤと同じく、自己中心的な人物であったようだ。


「とはいえ、ダンジョンの封鎖なんて現実的じゃないわよ。ダンジョン配信は、莫大な金が動いている。世界中のネットを支配するような超大手配信サイトの親会社や、配信機材の製造販売会社、メディア、エンタメ業界に至るまで、国に金を流して規制を阻止してるって噂だし。それに」


 政府はダンジョン配信に寛容であることで、若者の支持を得ようとしている。


 表向きは法整備や規制の準備が間に合わないからと能書を垂れているが、実際は、ドットマジェスティよりも利己的な欲によってダンジョンは解放されているのだった。


「でも、人々の意識も少しは変わると思います」


「そうね」


 どうやら、ゲッコウの自白に邪な企みはないようである。


「ヨルヨちゃんは、これからどうするんですか?」


「ひとりで生きていく」


「で、でも」


「頼れる親戚もいないし、退院の日も近いから。……お金なら、お兄様の貯金がある」


「ヨルヨちゃん……」


「そして、いつか、私が、やり遂げる」


 彼女の胸に宿った憎悪の火は、まだ消えていなかった。


「ドットマジェスティさんたちと、また悪いことするんですか?」


 正直に「はい」と答えるわけがないだろうと、駿河は呆れた。

 頭が良いのか悪いのか、わからなくなる。


「お兄様がいないと連絡も取れないし、無理」


「そ、そうですか」


 ホッと、黒子は胸を撫で下ろした。

 そもそも、シンヤという恐ろしく、また強大な力をもった兄を失ったヨルヨに、部下たちが従うとも思えない。

 ましてや従うメリットがないのなら、尚更。


「うーん、じゃあ、私たちと友達になりましょう」


「……?」


「犯人さんを捕まえたい。その気持ちは一緒。なら協力し合えるはずです!! どんなことでも、困ったときは、連絡してください!!」


「え……」


 ため息混じりに駿河も発言する。


「そうね。あなたひとりじゃ無謀だし、まず間違いなく餌食になる。さすがにそれは後味が悪いもの。……けど、また悪さしたら、今度こそ容赦しないわ。後ろ盾のお父さんがいないなら、あなたはもうただの小娘。即少年院送りにしてやる」


「……」


「え、ていうか、お父さん逮捕されたなら、連鎖的にあなたも……」


「平気。私に関するすべての証拠は消したって、言ってたから」


「そ、そう」


「お父様が、守ってくれた」


 美しき親子愛と感動すべきか否か、駿河も黒子も判断できなかった。

 代わりに、黒子がヨルヨの手を握る。


「これからは私が守りますよ。考えておいてください。私はいつでも歓迎します」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 病室をあとにして、2人は帰路を歩んでいた。

 駿河の脳裏を、先ほどの会話が過る。


「ねえ、本当に友達になるつもり? だってあの子は、悪人よ」


「ですね。けど、環境がヨルヨちゃんを悪い子にしたんだと思います。お母さんを失って、復讐に狂った父と兄。どのみちヨルヨちゃん自身、2人に着いていくしかなかったんですよ。だって、世間を知らない女の子なんですから」


 黒猫黒子は、ヨルヨと自分を重ねていた。

 黒子の親も犯罪者だった。

 おかげで黒子の人生は狂い、クズになりかけたこともあった。


 おそらく黒子はヨルヨを許すことで、無意識に自分を肯定しているのだろう。


「裏切られても、知らないから」


「平気です。見捨てるくらいなら、裏切ってくれたほうがいいですから」


 一切の曇りもない眩しい笑顔。

 しかし何故か、不安定に見える。

 触れたら崩れてしまいそうな。


「そう。あなたこそ、何か困ったら私に相談していいのよ」


「はい!! 頼りにしてます!!」

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