表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/72

1話 ヤベェヤツがやってきた。誰か助けて。ヒーロー見参して。


 1話 ヤベェヤツがやってきた。誰か助けて。ヒーロー見参して。


 入学式から一カ月以上経過すれば、人間関係というものは、ほぼ完全に固まってしまう。


 そして、近年における、学校内の人間関係とは、スタートダッシュでほぼ八割が決まってしまう。

 すなわち、良好な人間関係とは、努力を怠らなかった者だけが享受きょうじゅできる報酬。



 ゆえに、『彼女』の『現状』は自業自得。

 過去の恐怖体験のせいで、対人関係に対して酷く臆病になってしまった彼女――『華村美々(はなむら びび)』は、花の女子高生でありながら、完全なボッチとして、毎日を酷く単調に過ごしていた。


 小学生時代は快活で心優しい美少女だったため、いつも多くの友達に囲まれていた華村だが、今では、クラスの隅でポツンと一人、虚空を眺めているばかり。


 ――こうなった大元の原因は、もちろん、あの顔面凶器。


(もっと前向きに生きなきゃダメだって、頭では理解出来ているのだけれど……でも、人に話しかけようとすると、あの時の恐怖を思い出して体がすくんじゃう。私……どうしたらいいんだろう)


 うじうじ考えていると、チャイムがなった。


 担任の年若い男性教師が入ってきて、朝のホームルームが始まる。


「ぇえ、いきなりだが、転入生を紹介する」


「転入って、先生。入学式があったの、ほんの一か月前ですけど」


「色々と……そう、色々と『複雑な事情』を抱えている生徒なんだ。詳しくは、本人のプライバシーなので、言わないでおく。お前らも詮索せんさくはするな。絶対に」


「なに、その意味深な言い方ぁ」


「もしかして、少年院に入っていたとか? で、ちょっと前に出所したって感じぃ?」


「あはは。何それ、怖ぁい」


 ――そこで、担任が、


「お前ら……」


 ピンと張りつめたような声で、


「……ちょっと、黙れ」


 冷や汗が滲む声音。

 異様。

 異質。

 いつもは『気さく(生徒に媚びている)』な担任が、

 殺気のこもった視線で教え子達を睨みつけている。


 この、『ちょっと異常が過ぎる状況』に、

 いつもはノリのいい活発な生徒達は気圧けおされる。


 ピリっとした重い空気。

 ドロっとした気まずさ。



「す、すんませーん、先生。ちょっとハシャぎすぎました。ゴメンなさーい」



 ムードメイカーのエアリーな介入。

 空気を読める奴は、どの現場でも重宝される。

 ゆったりと弛緩する空気。

 場は整った。


 ――ついに、担任教師は、その転入生を呼ぶ。


 誰もがドアに注目。

 その一瞬までは、誰もが、ワクワクの眼差しをドアに向けていた。


 女子は、『格好いい人だったらいいな』と妄想。

 男子も、『かわいい子だったらいいな』と期待。


 けれど、その呑気な空気は、


 ガラっ……


 とドアが開いた瞬間、

 モロい泡みたいにパチンと弾けて消えた。


 ピタっと静寂に包まれる。

 ――コンマ数秒の間をおいて、



「ひぃっ」



 華村が小さな悲鳴をあげた。

 すぐに口元を押さえて、小さくプルプルと震えだす。


 彼女のSAN値減少が伝染して、

 クラス内は、惨憺さんたんたる空気になった。


(ぉ、おいおい、ちょっと待ってくれ……マジの少年院帰りとか、ふざけんなよ)


(何だよ、あの鬼みたいなヤクザ……何で、あんなのが高校とか来てんだ)


(え、鬼? ……人間……いや、鬼だよね、あれ……え、どういう……え?)


 『謎の時期』に編入してきた『新たなクラスメイト』は、のっしのっしとした、威圧感たっぷりの足取りで黒板の前に立つと、音もなく、スっとチョークを握り、そして、


「……っ」


 その白い棒を、バキっとへし折った。


 ――その光景を見た者は、瞬時に理解する。


(((名前を黒板に書く事すらわずらわしい、か……まさに見た目通りの性格だ)))


 ぬるりと蔓延まんえんする狂気。

 空気がよどむほどの、圧倒的な存在感。


 『深淵しんえんれた絶悪ぜつあく』を、遠慮なくまき散らかす、

 その『イカれた悪魔』は、

 黒板を睨みつけたままの姿勢で、

 ボソっと


「……む……ざき」


 それは、脳をかき乱すような重低音。

 でかい背中で、名前を告げられたクラスメイト達は、ギチィっと委縮する。


 無崎の、あまりにも威圧的過ぎるオーラを一身に受けてしまったがゆえに、こらえ切れなくなって、ポロポロと涙を流している生徒もチラホラ。

 体が、小刻みに、勝手に震える。

  勇気が死んでいくのを感じる。

   心が叫びたがっていたんだ。


 ――無崎は、右手の中指でグラサンを下にずらしながら、担任に『死線』を送る。


(ひっ……)


 担任教師はビクっと体を震わせたが、


(くっ……怯むな、俺。ビビるな、退くな、びるな。最初が肝心なんだ。堂々と――堂々と接するんだ)


 グっと両の拳を握りしめ、どうにか己を奮い立たせ、


「む、無崎朽矢くんだ。皆、わかったな。さあ、無崎さ……くん、一番後ろの窓際、あそこが君の席だ」


「……」


 無言のまま、無崎は担任から目線を離すと、スラックスのポケットに片手をつっこみ、肩を揺らしながら、のっしのっしと、自分の席に向かう。


 転校系イベントの定番と言えば、『新参者の足をひっかけようとするチョケたバカの蛮行ばんこう』――なのだけれど、しかし、当然、誰も無崎に足を出したりしない。

 出来る訳がない。


「……ふぅ」


 重い呼吸だけでクラスをピリつかせながら、ドカっと席についた無崎。


 一つ前に座っている男子生徒は、恐怖のあまり漏らしそうになった。

 というか、普通に漏らした。

 小をもらすだけで、大は我慢した。

 それだけでも褒めてほしいと思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 隣町に移った健気な華村美々ちゃんのことが気になってたので無崎くんと再開できて嬉しいです! きっと無崎くんへの誤解が解かれて、仲良くなってくれるはず……!(熱々カップル!!) それで外国…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ