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ひかりの恋 思い出の欠片  作者: ひなたひより
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第7話 祖父からの贈り物

 懐かしい顔ぶれで楽しんだ稽古会。

 久しぶりに体を動かした者も多かったが、皆一様に満足げな顔をしていた。

 皆に着替えてもらっている間に、誠司が道場に食事の席をこしらえようと折り畳みの机を並べだすと、誰も何も言わなくとも当たり前のように人が集まり手伝ってくれた。

 皆が集まると、誠太郎の乾杯の音頭で酒盛りが始まった。

 高校生四人は道場の一番端で、ジュースを片手に今日の一日を振り返る。


「勇磨、元気ないな、大丈夫か?」


 暗い顔のまま拗ねた顔で誠司を見つめる勇磨に、誠司は一応気遣いを見せておいた。


「大丈夫かって? 誠ちゃんも見てただろ。だから嫌だって言ったんだ。誠ちゃんもあっさり俺をあの怪物達に引き渡しやがって、酷いじゃないか」

「まあそう言うなって。そうそう、斎藤さん、お前を気に入ってるみたいだよ。また連れて来いって言われたよ」

「いいや、俺はもう来ない。誠ちゃんとは学校以外で会わないからな」

「そんなに怒るなよ……」


 どうやっても機嫌を直そうとしない勇磨に手を焼きつつも、ひかりと楓が楽しげなので誠司は満足だった。

 暗い顔をしたままの勇磨に構わず、楓は陽気に今日のことを振り返る。


「新のことはさておいて、高木君をまた見直しちゃった。ね、ひかり」

「うん。誠司君凄かったよ。瞬きもできないくらい惹きつけられちゃった」


 ひかりにそう言われて、誠司はちょっとだらしない顔になる。


「言い過ぎだよ。でもちょっと嬉しいかも」


 酒盛りが進むと、どうしても目立っているひかりに興味津々のおじさん達が段々群がり始めた。


「へえ、あの小さかった誠ちゃんにガールフレンドか」

「しかもすごい別嬪さんじゃないか。静江さんもそうだったが、また誠真館に花が咲いたな」

「二人はどうやって知り合ったんだい? 話せる範囲で教えてくれよ」


 流石に人数が多くなってきて、ひかりを守り切れなくなってきた誠司は、そろそろ席を立とうとした。

 そこへ誠太郎が、信一郎ともう一人古株の門弟を連れてやって来た。


「お前ら、誠司とその彼女に話を聞きたければ俺を通して話をしろ」


 誠太郎は一塊になっていた弟子たちを簡単に解散させ、そこに胡坐をかいて座り込んだ。


「ひかりさん、無骨な奴らばっかりで申し訳ない。気を悪くせんで下さいね」

「全然気にしてません。皆さんいい方ばかりですね」

「そう言って下さるとありがたいです。さて誠司、お前に話がある。ひかりさんにも関係あることだ」

「どういうこと?」


 誠司は何か含みのありそうな誠太郎の言葉に姿勢を正した。

 そして誠太郎は連れてきた初老の男を紹介した。


「竹田だ。俺のとこに昔いた古い内弟子の一人で、今は自分の道場を立ち上げて、Y大学で合気道部の師範をやっている」

「Y大って、私達の行く大学よね」


 楓がすかさず反応した。


「信一郎から聞いてな。誠司の行く美大とひかりさんが進学するY大はここからじゃ通えない距離らしいじゃないか」

「うん。まだ決めてないけど寮に入ろうかと思ってる」

「ひかりさんは?」

「私はここにいる楓と女子寮に入る予定です」

「そうか。そうだろうと思っていたよ」


 誠太郎は誠司の進学が決まったのを聞いてから、色々動いていたようだった。


「信一郎も誠司は寮に入るだろうって言ってた。だがそれじゃあ二人はなかなか会えないんじゃないか?」


 確かに誠太郎の言うとおり二人の大学は同じ県内だったが、かなり離れていた。大学の近くで寮に入るとしたら、誠司がひかりに会いに行くと戻るのも遠かった。


「そこでだ。いいこと思いついたんだ」

「なに? いいことって」


 また良からぬことを思いついたのかと、誠司は険しい顔になる。


「それは竹田の方から説明してやってくれ」


 誠太郎は初老の男の背中をポンと叩いた。


「誠司君久しぶりだね。と、言っても憶えていないだろうね。本当に小さかった頃と静江さんの葬儀の時ぐらいしか会っていないから」


 綺麗な銀髪頭に口髭の竹田は七十歳くらいに見えた。温厚そうな感じの性格が内側から滲み出ていた。


「いま私が師範を務めさせてもらってるY大合気道部は、もともとは大先生が師範を務めていたんだ。私があちらの大学近くに転勤になったのを機に大先生から師範を任されて、もう長い事やらせてもらっている。しかし、一昨年に大病を患ってから、大学の方の指導にあまり顔を出せていなくてね。困っていた矢先に、大先生から君を推薦されたんだ。どうだろう、誠司君、Y大の客員コーチを受けてくれないだろうか」


 突然の申し出に、誠司は何と返していいか分からなかった。


「いえ、コーチなんて、その頃僕も大学生ですし」

「まあ、異例ではあるけど、君の今日の演武を観て、若いということを差し引いても君に頼みたいんだ。何とか受けてくれないだろうか」


 見たところ、竹田はかなり真剣に見えた。本気で勧誘しているのが、誠司にも伝わってきた。


「いいじゃないか誠司。堂々とY大に出入りできるぞ。ひかりさんも嬉しいだろ」


 誠太郎は誠司の心の揺らぎを見透かしているかのように、勧めてくる。


「いや、そうだけど……」


 誠司は躊躇いつつも、ひかりの様子を窺ってみる。

 ひかりはあまり表に出さないようにしているみたいだったが、明らかに首を縦に振って欲しそうな雰囲気だった。

 誠太郎はそんなひかりの雰囲気に目をやって、ニヤリと笑みを浮かべた。


「それにな誠司、竹田の申し出を受けたらそれだけじゃなく、まだいいことがあるんだ」


 誠太郎に促され、竹田は予め誠太郎と話し合っていたのであろう、あることを誠司に話した。


「君が受けてくれるなら大学四年間の住むところを私が提供するよ。私は妻が他界してから一人暮らしでね、市内のマンションなんだが、病気もしたことだし、そろそろそこを引き払って息子夫婦の家に厄介になろうと思っているんだ。丁度、美大とY大の中間点ぐらいに今住んでいるマンションがある。駅からも近いし、君の都合にぴったりだと思うんだがね」


 そのひと言で誠司は落ちたも同然だった。

 そこへ更なる魅力的な提案を聞かされた。


「誠司君がコーチを引き受けてくれるなら、勿論交通費などの経費はこちらで出させてもらうよ。少しだけど報酬も大学から出るからね」


 そわそわしつつ、誠司はひかりと目を合わせてから竹田に深く頭を下げた。


「未熟者ですがお受けさせていただきます。よろしくお願いします」

「よし。決まりだな」


 誠太郎が安心したように誠司の肩を叩いた。


「うんうん。これで、心置きなくアメリカに戻れるよ。良かったな誠司」

「うん。おじいちゃんありがとう」


 話がまとまるまで、誠司たちのやり取りを黙って聞いていた信一郎が、ここで口を開いた。


「竹田さん、誠司のためにすみません。ちゃんと家をお借りするのに家賃をお支払い致しますので」

「え、ああ、そうですね。じゃあ少しだけだけ頂いときますか」


 そう応えた後、誠太郎の顔から笑顔が消えた。


「おまえ、俺の孫から金をとるのか」


 豹変した誠太郎に竹田は焦りだして顔色を変えた。


「いや、もとい、大先生のお孫さんから頂くわけにはいきません。どうぞ自由に使ってください」

「そうか。悪いな竹田。いい弟子を持って俺は幸せ者だよ」


 半ば強制的に家を提供させられた竹田に、誠司は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 その後、酒盛りが続いている道場を出て、四人は暖房の効いた誠司の部屋で一息ついていた。


「ひかり、良かったね。これで高木君としょっちゅう会えるね」

「うん。本当に嬉しい」


 ひかりは誠司とY大で会えるのが分かってから、ずっと嬉しそうだった。

 竹田の話では、合気道部に顔を出すのは週に、ニ、三度でいいらしい。


「高木君、マンションで一人暮らしになるんだね」


 楓の質問に、誠司は普通にこたえる。


「うん。でも今も炊事洗濯はしてるし、平気だよ」

「ね、高木君、いっそひかりとそこで一緒に暮らしたら?」

「ブッ!」


 誠司は飲みかけていた緑茶を吹き出した。

 前に座っていた勇磨が誠司の吹きだしたのを被った。


「やめろよ、汚いな」

「すまん。つい……」


 狼狽してしまった誠司だったが、ひかりも真っ赤になっていた。


「馬鹿! 楓、何言ってるのよ!」

「えー、いい考えだと思うんだけどな。生活費は浮くし、高木君だって助かるだろうし」


 さも当然のように自分の考えを口にした楓に、誠司は真っ赤になって首を横に振った。


「いや、駄目だよ。折角信頼して交際を許してくれてるご両親にに申し訳ない」

「もう、高木君硬いのね。でも本当は二人とも一緒がいいって思ってるんじゃない?」


 楓に弄られて二人とも紅くなって下を向いてしまった。

 その時、黙り込んでしまった誠司に、勇磨が何かひらめいたように口を開いた。


「よし、心配すんな。俺が泊りに行ってやるからさ」

「え? 勇磨、何言ってんだ?」


 おかしなことを言いだした勇磨に、誠司はどうゆことかと聞き返した。


「今、時任の両親に申し訳ないって言ったじゃないか。なら、俺だったら気兼ねせずに泊められるだろ」

「いや、別に来なくっていいよ。何でそうなるんだよ」


 調子よくペラペラ持論を展開する勇磨に、誠司は呆れる。


「いやさ、弟もでかくなってきたし、妹は最近やたらと色気づいてきたしで、狭い家を出てもいいかなって思ってたんだ。丁度良かったよ」


 なんだか話の方向性が大きく変わっている。誠司は耳を疑いつつ、坊主頭の真意を確認しておいた。


「なに? 泊りに来るんじゃなくって、住み着きたいってことか?」

「まあ、よろしくな」

「いや、勘弁してくれよ……」


 何だか楽しみにしていそうな勇磨以外は、皆残念そうな顔をしていた。

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