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ひかりの恋 思い出の欠片  作者: ひなたひより
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第6話 ときめく稽古

 道着に着替えたひかりの新鮮さに誠司はやられてしまっていた。

 長い髪を後ろに括ってまとめたひかりの道着姿に、誠司だけでなく周りのおじさん達も遠慮のない視線を注いでいた。


「すごく似合ってるよ」

「そう? ありがとう……」


 照れながら佇むひかりから、誠司は目を離せなくなってしまっていた。


「高木君、私はどうなのよ」

「ああ、勿論橘さんも似合ってるよ」

「ホントに? なんか取って付けたみたいに聞こえたけど」


 楓はひかりにくぎ付けになっている誠司を諦めて、勇磨に感想を聞こうと振り返った。


「ねえ、新、いつまでそうしてるつもりよ」


 結局、勇磨は誠司から借りた道着を着て、目立たないように道場の隅で暗い顔をして下を向いていた。

 先程、誠司に道着を貸してやるからと誘われたのを断った勇磨は、しっかり楓に腰抜けと罵倒された。それでも頑なに拒み続けた勇磨が、こうして道着を着ているのには理由があった。

 それはさっきの演武大会の後に遡る。



 ひかりと楓は稽古に出ると決め、勇磨は一人不参加を決め込んでいた。


「なによ、男のくせにだらしないわね。私がやるって言ってんのに何自分だけ尻込みしてんのよ」

「いや、今日はちょっと体調が悪くって」

「何言い訳してんのよ。おじいさまも何か言ってやってください」


 そこで話を聴いていた誠太郎は、何とか切り抜けようとする勇磨の肩をポンと叩いた。


「少年よ。緊張しとるようだな。しかし君はいい目をしているな。君みたいな少年が誠司の友達で嬉しいよ。どうだ、ここで一緒に少し汗を流そうじゃないか。きっといい思い出作りになるよ」


 誠太郎は包み込むような優しい目でそう言った。

 人をたらしこむことにかけては誠太郎は天才的だった。

 純真な勇磨はまんまと心を揺さぶられたのだった。


「なあに、少し体を温める程度の軽い運動だよ。君と誠司で女の子たちを見てやってくれないか」

「あの……じゃあ、ちょっとだけ」

「おお、そうか。流石だ。俺の目に狂いはなかった。ハハハハ」


 誠太郎は何度か勇磨の肩をポンポンと叩いてその場を去っていった。

 ちょっと嬉しそうにしている勇磨を見て、誠司はまんまとたらし込まれたなと感じていた。



 そして稽古が始まった。

 早速誠太郎が前に出て試技を見せる。

 片手取り呼吸法。

 そう呼ばれる技は、ウケをする者がトリをする者の手首辺りを掴み、トリは片手を掴まれた状態から相手を崩して投げるという技だった。

 合気道の最も基本的な技で、ウケはトリの体に近い側の膝を曲げて後ろに倒れ込み、頭を打たないように少し顎を引いて受けを取る。

 試技を見せ終えた誠太郎が、どうぞと合図すると、各々慣れた感じで相手を決めて、今見た技をし始めた。

 誠司はひかりたちに向かって一度正座をし、説明する。


「最初と最後にこうして一礼するんだ」


 ひかりたち三人も誠司に倣って正座をし、畳に手をつく。


「こうして指先を付けて、三角を作るんだ」


 開いた手の人差し指と親指を付けると丁度三角形が出来上がった。

 誠司はそのまま、一礼した。


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 やや緊張気味に三人は一礼をした。

 そしてスッと立ち上がった誠司と同じように三人も立ち上がる。


「まず、技の前に受け身をしてみようね。これを覚えておけば安全に稽古できるから」


 誠司はそう言ってから、勇磨の方に向き直る。


「勇磨は受け身もできてるんだし、誰かと組んで技の方をやったらいいと思うけど」

「いいや、俺も誠ちゃんに教えてもらう。ここから絶対離れないからな」


 頑なに誠司から離れようとしない勇磨に、楓は薄気味の悪い笑みを浮かべた。


「斎藤さーん、ここに一人あぶれてるんですけどー」


 勇磨は慌てて楓の口を塞いだが遅かった。

 斎藤は楓の声に気付いて勇磨を手招きしている。

 勇磨は蒼白になってひたすら拒んでいたが、結局斎藤に連れて行かれた。


「ひょっとして今朝の仕返し?」


 ひかりがちょっと思い当ったので訊いてみると、楓は何も言わずフフフと悪魔のように笑った。


「新君、可愛そう……」

「いいのよ。ここでちょっとは根性つけてもらいなさいっての」


 そして誠司は早速投げられている勇磨を横目に、二人に後方受け身を教えたのだった。

 流石というか、ひかりと楓はあっという間に綺麗な受け身を取れるようになった。

 二人ともスポーツ推薦を受けるだけあって、運動センスは驚くべきものを持っていた。

 誠司は表には出さないものの、あらためてひかりの控えめな清純さと運動能力の高さにギャップ萌えしていたのだった。


「じゃあ、実際に技を掛けてみようね」


 誠司は袴をまくって腰紐に裾を入れると説明し始めた。


「脚の動きが見えるようにこうしておくね」


 誠司はまずひかりに自分の手首を掴ませた。


「こうして誰かに掴まれた時に、相手に持たせた状態で掛ける技なんだ」


 誠司はまず脚を少しだけ動かして正面から線を外すと、フッと掴まれた手ごとひかりを前に引き出した。

 ひかりは重心を前に引き出されて少し前のめりになる。

 そこへ合わせるように、ひかりの掴んだままの誠司の手がスウッと上がる。

 胸の前あたりぐらいまで手が上がった時に、すぐ近くにあった誠司の顔がひかりの方を向いた。

 フワリとした重みのある腕がひかりの胸の少し上ぐらいに掛かる。

 もうそこでひかりはバランスを保てなくなっていた。


「さっきの受け身だよ」


 誠司のもう一方の腕がひかりを支える。

 ひかりが受け身の態勢を作ると誠司はそっとひかりを支えていた手を放した。

 ひかりは綺麗に受け身を取って起き上がった。


「上手に受け身が取れてたね。その調子だよ」

「うん。ありがとう」


 投げられたというよりも、立っていられなくなったという不思議な感覚に、ひかりの口元に楽し気な笑みが自然に浮かんだ。


「高木君。私にも技を掛けて」

「うん。じゃあ、こっちの手を取って」


 楓はひかりが掴んでいた反対側の手首を持った。そしてひかりと全く同じ様にフワリと重心を崩されて、後ろに受け身を取った。


「なに今の? 知らない間に立ってられなくなってた」

「そういう技なんだよ。さあ二人とも今度は俺に技を掛けてみて」


 優しい誠司の指導で楽しそうにやっている女子二人とは対照的に、勇磨はいつかの再現のように地獄を見ていた。


「まだへばるには早すぎるぞ少年」

「そうだぞ。もっと若いエネルギーをいっぱい使え」


 斎藤と木島だった。

 怖ろしくタフな二人に散々投げられて、勇磨の意識は飛んで行きそうになっていた。

 そこへ誠太郎がどんなあんばいか覗きにやって来た。


「ほお、楽しそうだな。俺も仲間に入れてくれ」


 誠太郎は楽しくてしょうがないという顔で勇磨に手を差し出す。


「さあ、掴んでみなさい。一つ俺が教えてやろう」


 優しそうな笑みに、斎藤と木島よりは優しくしてくれそうだと勇磨は手を取った。


「ほうれ、いくぞ」


 そして勇磨は一瞬で宙に浮かされたのだった。



 散々勇磨を投げ飛ばした後、すっきりとした顔で誠太郎は誠司達に絡もうとやって来た。


「どうだ誠司、楽しんどるか?」

「はい。いい感じです」


 誠司は稽古中は大島に敬語を徹底していた。


「お嬢さんがた二人とも、見たところすごい運動センスを持っているようですな。ちょっと稽古すればすぐに上達しそうだ」


 お世辞も入っていそうだが、二人は嬉しそうに照れ笑いした。


「誠司、ちょっとだけ二人の相手をさせてもらってもええか」

「え? まだ後ろ受け身しか取れませんけど」

「ああ、分かってるよ。軽い余興だから心配するな」


 誠太郎はニコニコしながらひかりに手を差し出した。


「ひかりさん、この指をつまんでもらってええかな」


 誠太郎は人差し指をひかりに摘まませると、それでええと頷いた。


「この摘まんだ指を放さないようにしてて下さいね」


 そうして誠太郎はゆっくり脚を動かし始めた。

 ひかりは誠太郎が何をしようとしているのか分からないまま、摘まんだ指に導かれるようについて行く。


「あれ?」


 思わず声が出てしまうぐらいに、ひかりはポテッと尻もちをついていた。

 どういうわけかひかりの指は誠太郎の指を摘まんだままだ。


「もう一度やろうかの」


 ひかりがもう一度立ち上がると、誠太郎はまたゆっくりと脚を動かしてひかりを誘導し始めた。

 そしてまたひかりがポテッと尻もちをつく。


「まあ、こんな感じだ」


 誠太郎は不思議そうなひかりに満足げだ。


「私もいいですか?」

「はい。勿論ですよ」


 身を乗り出して来た楓に、同じように指を摘まませて、誠太郎は尻もちもちを二度つかせた。


「なんで? 立ってられなかった」

「へへへ。まあこんな感じです。楽しんでもらえましたかな」

「はい。すごく。おじいさまって魔法使いみたいですね」


 楓の言葉にますます気を良くしたのか誠太郎はハハハと笑った。

 こうして稽古会を誠太郎はいい気分で終えたのだった。


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