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ひかりの恋 思い出の欠片  作者: ひなたひより
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第4話 大島誠太郎

 信一郎が道場長としての演武を終えた後、少し休憩を挟んで大トリの誠太郎の演武が始まろうとしていた。

 再び静まり返った道場で、弟子たちは期待感をそれぞれに持ちつつ誠太郎を待つ。

 そして誠太郎が道場に現れた。

 礼をした後、誠太郎スッと前に出て行く。


「誰が俺のウケをとってくれるんだ」


 誠太郎の呼びかけに手を挙げて応えたのは信一郎だけだった。

 この場にいる誰もが誠太郎の気迫を感じ、これから始まる演武の苛烈さを予感していたからだった。


「なんだ、信一郎だけか。一人じゃもつまい、誰か他にいないか」

「私がやります」


 そう言って手を挙げたのは斎藤だった。

 誠太郎はその申し出に首を横に振った。


「おまえは目の手術をしてからまだ日が浅いだろ。大事をとって今回は止めとけ」

「分かりました」


 誠太郎は道場内の弟子たちをゆっくりと見回した。


「松田、相馬、立て」


 呼ばれた二人の顔に一瞬緊張がはしる。

 すぐに立ち上がった二人は、既に誠太郎の前で控えていた信一郎を挟むように座った。


「では始めようか。誰か太鼓を頼む」


 そして近くにいた弟子の一人がドンと太鼓を一回鳴らした。


「よろしくお願いします」


 誠太郎は三人に向かって、三人は誠太郎に向かって正座したまま一礼する。


「なんでもええ。順番に打ち込んで来い。何なら三人揃ってでもええぞ」


 誠太郎の言葉を皮切りに信一郎が動いた。

 座った姿勢のままあっという間に間合いを詰めて、手刀を一閃させた。

 その手刀を誠太郎は流すように受けると、あっという間に信一郎の側面に移動して仕掛けた信一郎を宙に浮かせていた。

 ひかりはその技を目の当たりにして驚嘆している。


「すごい。どうやって座ったままあんなに早く動けるんだろう」

「あれは膝行と言って、膝とつま先を使って平行移動する合気道独特の動きなんだ」


 誠司は何が起こっているのか分からない様子のひかりに、少し解説した。


「袴の下で分かりにくいけど、あの中で素早く脚を動かしているんだ」

「そうなんだ。まるで滑ってるみたいだね」


 誠司が解説している間に松田と相馬が打ちかかっていた。

 二人の打ち込みは簡単に捌かれ、信一郎と同じくあっという間に宙に浮かされていた。


「一体どうなってるの?」


 楓はその鮮やかさに首を傾げている。

 勇磨は楓の隣で、今起こっていることを見逃さないように瞬きも忘れて見入っていた。

 そして座ったまま誠太郎は、起き上がっては打ちかかってくる三人をことごとく投げては宙に舞わせていた。

 息が上がり始めた相馬を投げ飛ばさずに関節技で固めて動けなくした後、誠太郎はサッと手を挙げて信一郎と松田を制した。


「次は立ち技だよ」


 誠司がひかりに囁くと、誠太郎は極めていた関節技を解いて、スッと立ち上がった。

 座り技で何度も投げられた三人のうち、松田と相馬はもう肩で息をしていた。

 信一郎だけがかろうじて呼吸を乱さず再び間合いを取る。

 座り技とは違い、一歩の距離で間合いを詰める事が出来る立ち技は、先ほどと違い、少し間合いが広いといえた。

 一気に飛び込んで、手刀や、拳を当てられる距離を三人は探る。


 そして真っ先に信一郎が中段に正拳突きを放った。

 殆ど腕を引く事の無く放たれた予備動作を感じさせない一撃は、誠太郎の両腕で簡単に捌かれていた。

 かつてあの田畑が誠司に対して打ち込んだストレート。

 あの素早い突きを一瞬で捌いたあの時の誠司と同じ動きだった。

 勇磨は目を大きく見開いて誠太郎の技を誠司のものと重ね合わせていた。

 そしてその後に起こったこともあの時と全く同じだった。

 信一郎の両足は高く宙に跳ねるように浮き上がり、畳に真っ直ぐに落下していった。

 信一郎はその衝撃を体を捻って、誠太郎に近い方の手で畳をパンと打ち、そしてその反動を利用し、反対側の手でもう一度畳を叩いて衝撃を殺して転がるようにして立ちあがった。

 誠太郎の切れ味鋭い投げ技にも驚きの声が上がったが、信一郎の受け身の柔らかさに対しても、ホーと、ため息のような吐息があちこちから洩れた。

 誠太郎はその後もかかってくる三人をとにかく投げ飛ばした。

 息が上がり、足がもつれだした松田と相馬に頃合いを感じたのか、誠太郎は一旦演武を止めた。


「松田、相馬、お疲れさん。もう下がって良いぞ」


 息も絶え絶えの二人はその場で正座して一礼した。


「さあ、信一郎よ。もう一息だ」

「はい。先生」

「後ろ取りで来い」

「では行きます」


 信一郎は誠太郎の背後に回り込むとそのまま羽交い絞めにした。

 普通に考えれば、小柄な誠太郎がごつい信一郎に背後を取られ、羽交い絞めにされた時点でもう動くことは出来ないと判断できる。

 しかし、あっという間に誠太郎は信一郎の束縛を緩めて向きを変え投げに入っていた。


「何だ? どうやったんだ?」


 食い入るように見ていた勇磨が何が起こったのかと声を上げた。


「まあ、見てろよ。まだまだこれからだよ」


 誠司が言ったように、投げ飛ばされた信一郎はすぐに起き上がり、誠太郎の背後をとった。今度は羽交い絞めでなく、後ろ手に両手を取った。

 誠太郎はその取られた両手を意に介していないかのように信一郎を振り返ると、腕の関節を緩めて信一郎の体を前に送った。

 そして前方に勢いよく投げ飛ばす。


「分からん。いったいどうなってんだ」


 独り言のように呟く勇磨の目の前で、信一郎は数えきれないほど誠太郎に投げられていく。


「この辺りが限界か」


 肩で大きく息をしている信一郎に向かって誠太郎はボソリと言った。

 汗をかいてはいるものの誠太郎にはまだ余裕があった。


「おまえはここまででええ。なかなか良かったぞ」

「はあ、はあ、でも先生、もう少しやりたいのでは……」

「ああ、やらせてもらうよ」


 口元に、ニタリと笑みを浮かべて誠太郎は演武に見入っていた弟子の方に目を向けた。


「誠司、やれるか?」


 指名され、誠司は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐにスッと立ち上がった。


「はい。いけます」


 ひかりは隣で立ちあがった誠司を心配そうに見上げる。


「誠司君。大丈夫?」

「うん。行ってくるね」


 いつもどおりの優しい笑顔をひかりに残して、皆の見守る中、前に出て行った誠司は、静かに誠太郎と向き合った。

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