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ひかりの恋 思い出の欠片  作者: ひなたひより
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第3話 演武大会

 道場内に入った誠太郎は他の皆と同じく正座して礼をした後、弟子たちの前に進み出た。

 ひかりは袴姿で正装した誠司の祖父に、先日スケート場で会ったあの雰囲気とは別人だと感じていた。

 隣で正座している誠司がそうであったように、道着を身にまとった武道家というものは独得の空気感に包まれるものなのだと、ひかりは感心していた。


「おはよう皆さん」

「おはようございます」


 誠太郎が挨拶をすると弟子たちは一斉に挨拶を返した。


「おっと、違った。正月明けだし、おめでとうございますだった」


 何となく場の空気を和ませて誠太郎は言い直した。


「あけましておめでとう」

「明けましておめでとうございます」


 誠太郎はニコニコしながら何度か頷く。


「みんな元気そうだな。俺もそうだけど、みんなちょっと歳をとったみたいだ。しかしまあ、こうして集まってくれて嬉しいよ」


 そして誠太郎は懐かしい顔ぶれを見渡した。


「うんうん。この誠真館で一緒に飯を食った奴らばっかりだ。演武して、ちょこっと稽古してから、また一緒に飯を食おうな」


 懐かしそうな誠太郎の笑顔につられて、やや緊張していた弟子たちの表情が和らぐ。


「それとな、さっき信一郎が紹介してた、孫の誠司の友達が来てる。ほうら、みんな後ろを見てみろ」


 誠太郎のひと言で全員が誠司の隣に座る三人に注目した。


「誠司、ちょっとだけ皆に紹介してやってくれ」

「分かりました」


 誠司は皆の注目する中、三人に立ってもらい一人ずつ紹介し始めた。


「皆さんの左手から、新勇磨、橘楓さん、時任ひかりさんです」


 誠司に紹介されたあと三人は揃ってぺこりと一礼した。


「よろしくお願いします」


 簡単な紹介を終えて、また三人はその場に座った。


「さあ、それじゃあみんなで盛り上がって行こう。いい演武を期待してるよ」


 誠太郎のひと言が開始の合図であった様に、こうして演武会は始まったのだった。


 ドン、と開始の太鼓が鳴らされた。

 トップバッターを務めたのは松田と相馬だった。

 ごつい体格の松田と、がっしりした体つきでやや背の低い相馬は開始早々切れ味鋭い技を出した。

 合気道の演武は基本的にウケとトリに分かれて行われる。

 ウケは技を受ける役目。トリは技を掛ける役割。空手や柔道の組手と違い、演武の間はその役割に徹する。

 松田は先にトリを務め、ウケの役割をする相馬の打ち込みを捌き、あっという間に投げ飛ばした。

 吹っ飛んでいった相馬を目にして勇磨はいきなり驚嘆していた。


「か、怪物だ……」


 来るんじゃなかったと顔に書いてあるような勇磨に、誠司は小声で話しかける。


「大丈夫だよ。投げられる方も分かっていてやってるんだ。安心して観てたらいい」

「う、うん。そうする……」


 一方、楓は感心しているものの、派手に投げ飛ばされるのを見て喜んでいるみたいだった。


「すごーい。投げ飛ばされてもピョンって起き上がって、すぐにかかって行くんだ」

「そうなんだ。ああやって連続で技を受けて、仕手と呼吸を合わすんだ。ウケを取っている者はトリをしている者より疲れるから、いつまでもこんな動きは出来ないけどね」

「あ、動きが止まった」

「うん、交代するみたいだね。今度は松田さんがウケになって相馬さんがトリになるんだ」


 少し息が上がり始めた相馬に松田が中段の突きを打ち込むと、今度は相馬が片手で捌いてあっという間に松田を宙に浮かせていた。

 その後も連続で相馬は荒々しい技を繰り出す。


「ねえ、高木君、同じ先生に習ってるのに、松田さんと相馬さんの技って違うように見えるんだけど」

「そうだね。橘さんの言うとおり、まるで雰囲気が違うように見えるね。実際は同じような技をしているんだけど」


 敢えて表現するとすれば、松田の技はかっちりとしていて、相馬の技は荒々しかった。


「合気道の技は仕手の性格が良く現れると言われてるんだ。相手を投げてやろうとすると、不思議なことに合気道の技は全くかからなくなる。だからあの二人も常に自分の状態を冷静に把握してコントロールしてるはずだよ。それでも性格は出てしまうものなのだろうね」

「奥が深いんだね」


 楓は感心しながら何度か頷いた。

 そして開始の時の様に終了の太鼓がドンと鳴らされる。

 松田と相馬は向かい合って正座し一礼した。


「凄かったね、ひかり」

「うん、びっくりした」


 興奮気味の楓に対してひかりは少し不安気に見えた。


「どうしたの?」


 誠司がそんなひかりを気遣い尋ねる。


「えっと、その、誠司君もあんな感じで投げたり投げられたりするんだよね」

「うん。そうだよ」

「大丈夫だよね……」


 ひかりは誠司が怪我をしないか心配している様だった。


「心配ないよ。いつもやってるし慣れてるから」

「うん。そうだと思うけど、ちょっと心配で」


 そんな不安気なひかりの肩を楓は抱き寄せた。


「大丈夫だって。前にひかりも見たでしょ。あの凄かった高木君を」

「うん……」

「ひかりが信じてあげないと駄目じゃない。いい演武が出来るように応援しようよ」

「うん、そうだね。誠司君ごめんね。私応援してる。がんばって」

「うん。勿論だよ。ひかりちゃんは安心して楽しんで」


 ひかりの肩にそっと手を置いてから誠司はスッと立ち上がって自分の演武の準備をしに行ったのだった。


 その後、何組かの古株の人たちの演武が終わり、誠司の順番が回って来た。

 相手は現役で大学合気道部に所属している三回生で、誠司と同じ二段の道場生だった。

 誠司は先に大学生のウケを務め、途中でトリと交代するみたいだった。


 ドン。


 開始の太鼓が打ち鳴らされた。

 スッと前に出て手刀をはしらせた誠司の手を切り返して大学生は抑え技を掛ける。

 少し緊張気味で急ぎがちな技を誠司はフワリと受ける。

 何度か抑え技を受けてから大学生は投げ技を誠司にかける。

 誠司は相手の動きに合わせるように柔らかな受けを取る。

 観ている者の中から幾つもの静かな感嘆の声が上がる。

 誠司の受け身の美しさに、ひかりは周囲で魅了される者たちの、ハアという吐息を何度も聞いた。

 誠司が安心して楽しんでと言っていたのが、ひかりにも良く分かった。

 受けを取り終えて誠司はトリに回る。

 素早く間合いを詰めて打ち込んできた手刀を簡単に捌き、誠司は袴をフワリと膨らませ円転の動きをする。

 その動きが一瞬で反転する。

 あっという間に大学生は宙を舞っていた。

 無駄な贅肉の欠片も無いような誠司の技は、しなやかに完成していた。

 ひかりも楓も勇磨も、そしてここにいる全員が誠司の洗練された動きに魅了されたのだった。


 あっという間の演武を終えて、誠司はひかりの元へ戻って来た。


「お粗末さまでした」

「何言ってんのよ。高木君凄すぎよ。素人の私でも分かったわ」


 楓はやや興奮気味に誠司を迎えた。


「ひかりもそう思ったでしょ」

「うん……」


 ひかりは少し上目遣いで誠司をぼんやりと見ていた。

 どう見ても好きという気持ちがだだ洩れだった。


「あーあ、ひかり、また高木君にやられちゃってるね」

「そうかも……」


 ひかりにそう言われて、頬を紅くしてしまった誠司はちょっとだらしなくなっていた。


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