覚醒隼太VSアキラ 後
柿崎隼太、奴には致命的な弱点がある。
それは、戦闘経験の浅さ。先ほどの様子を見る限り、それは明白な事実だ。
つまり、奴は自分の力を使いこなせてはいないということ。
であれば、いくらでも付け入る隙は……ある!
「【乱尽ノ撓】」
再び、アキラは鞭を振るう。
今度は縦横無尽に、隼太に向かって鞭が放たれた。
「ぐ、おぉぉぉぉぉ……!?」
凄まじい速度で、鞭は隼太の肉体を叩く。肉の表面に広がるような痛みが、彼を襲った。
ま、マズいでござる……!! このままでは!!
己の劣勢を理解する隼太は、勝負を決めるべく、再度アキラへと向かい走り出した。
「一辺倒です」
「なぁっ!?」
だがそれは読まれていた。再び鞭で足を引っ掛けられ、隼太は転ぶ。
その時点で、隼太は悟る。
や、やはり……強くなったとは言え、向こうの方がやり手でござる!!
これは仕方のないこと。拙者はこれまで喧嘩をしたことがない。加えて、この速度にもまだ拙者自身が対応し切れていないでござる……。
己の未熟さを痛感する隼太。しかしそんな言い訳は通用しないし、隼太自身もそれを言い訳にするつもりなど毛頭ない。
できないならば、今できるようにする。足りない部分は機転で補う。
それが隼太の答えだ。
「はぁっ!!」
「……」
なるほど、一直線にではなく方向を変え、周囲の車を盾にしながらジグザグに走り、近付く気か。
「甘いな……」
この位置、構造上奴が攻めてくる可能性のある方向は全部で前後左右の四方向。
意識を集中していれば、十分に対処は可能。
「……」
精神統一を図り、アキラはその「刻」を待つ。
――そして、
「そこっ!!」
気配を察知した彼女は、隼太が仕掛けてくるであろう後方に向け、彼が突進してくるよりも早く鞭を放った。
……だが、
「なっ!?」
そこに、隼太はいなかった。いたのは……否、あったのは投げ出された上着のみ。
釣られた!? くっ、ということは……!?
「ここ、でござるぅぅぅぅぅぅ!!」
「が、はぁ……!?」
左側からかまされた隼太の突進を、アキラは直に食らう。
吹っ飛ばされたアキラは勢いよく車へと激突した。
「……なるほど、どうやら少しばかり、頭が働くようですね……!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
車にめり込んだ自らの肉体を引き剥がし、アキラは息を切らす上半身裸の隼太に対し言った。
くっ、これで二撃目……!! マズい、身体へのダメージが……!!
思わず足がよろめくアキラ。その動作を、隼太は見逃がさない。
よ、よし!! き、効いてるでござる。拙者の攻撃!
それは、彼の自信に直結する。
渡り合えている、しっかりとダメージを与えられているという実感が、彼を心的優位に立たせた。
マズい、今ので二撃目……!! これ以上奴の突進を直に食らうワケにはいかない……!!
よし、もう一度……!!
そうして、隼太は再度高速で走り出す。
「……」
同じ戦法で、私を仕留めに来るか……合理的な判断だ。私が同じ立場でもそうする。
奴が囮に使える衣服は残り首に掛かったタオルとズボン、下着の三枚。つまり、あと三回耐えれば私の勝ち。
……馬鹿か。
即座にアキラはその思考を吐き捨てる。
あと三回耐える? なにを舐めたことを考えている? わざわざ奴の土俵に乗る必要は、ない!!
「っ!!」
アキラは駆け出した。その先にいたのは、
「えっ!?」
面食らったように、杏が身体を硬直させていた。
奴と衣服による囮の二択に頭のリソースを使う必要は無い。
私が牧野杏に近付けば、
「や、やめるでござるぅぅぅぅ!!」
動揺した奴は、間違いなく出てくる!!
「【落下真壌】!」
「ふんっ!!」
「なっ!?」
鞭が当たる寸前で、足運びを変えて避けた……!? 速度に適応してきたか……なら、私も勝負に出る……!!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
【落下真壌】による足掬いを回避した隼太は、速度を維持したままアキラへと襲来する。
――だが、
「【捻繭】」
ズバババババババババババ!!!
「ぐっ!? うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
鞭をヌンチャクのように振り回すことによってアキラの周りに発生した鞭の繭によって、それは防がれた。
弾かれ、吹き飛ばされた隼太は空中へと追いやられる。
「開発中の新技です。本来であれば未完成のモノを戦闘で使用するのは合理的ではなく勝率が下がるので控えているんですが」
対空する隼太を見据え、アキラはさらに攻撃す。
「【蛇腹落とし】……!」
鞭を隼太に縛り付け、そのまま力任せに、アキラは鞭を振り下ろした。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ド、ゴォォォァォォォォォォォォン!!
凄まじい音が駐車場へと鳴り響き、土煙が舞う。
「ぁ……ぁ……」
ピクピクと身体を動かすだけの隼太。
ガシャンガシャン!!
そこにアキラは追い討ちをかける。
「シャドウ様の設置型ワイヤーです。これでお前はもう動けない」
ミスターシャドウことジョーから借り受けた『設置型ワイヤー』。
地面に設置されたそれは、障害物競走の網のように上から隼太を拘束した。
「さて」
隼太を無力化したアキラ。
その視線は当然、本来の目標である杏へと目をやる。
「多少時間をロストしましたが、これで詰みです」
「……」
ん? なんだ、その反応は……?
茫然とした様子の杏に、アキラはそんな感情を抱く。
一体どうしたのか、その理由がなんなのか、彼女はそれを……。
ーーゾワリ
「っ!?」
即座に、理解する。
「はぁっ!!」
気付けば本能的に、彼女の身体は動いていた。
後ろへと振り返り、その動作と同時に鞭を振るった。
「なんだ、お前は……!!」
思わず、アキラはそう漏らす。
そこには、白目を剥きながらもしゃがみ、アキラの鞭を回避した隼太の姿があった。
無意識下で肉体を動かし、反射的に最適な行動を取っている。それは分かる。
だが、問題はそこではない!!
この男、どうしてあの拘束を解くことができた……!?
看過出来ぬ疑問。
しかしその疑問は、隼太の肉体の異変を見て、解消される。
待て、この男……。
体型が……さっきよりも、痩せていないか!?
そう、隼太の肉体は先ほどよりも細くなっていた。
だからワイヤーの拘束から逃れることができたのである。
……まさか、この男の速さは!?
そこからアキラが隼太の能力を察するのに、コンマ数秒も掛からなかった。
柿崎隼太。
彼に肉体と体質に変化を生じさせる契機になったのは約二ヶ月前、『一年生オリエンテーション合宿』での出来事。
肝試しで、間宮痣呑に襲われた時のことだ。
間宮痣呑の【傀儡父母】、これは相手の点穴を正確に見抜き、的確な力加減で針を打ち込むことで肉体を支配する技。
隼太は咢宮を庇い、身を呈してソレを受けた。
本来の狙いとは違う人間、違う位置、針の入りの加減。そして隼太の肉体。
それらが偶然にも化学反応を生み出し、そして先ほどの杏を助けるために脳が発した命令の電気信号が作用、隼太の肉体を一変させた。
今の隼太の肉体は、自身の体内に搭載された脂肪を燃焼させ、凄まじい代謝を行い、とてつもないエネルギーに変換することが可能。
そのエネルギーは隼太の当然の如く隼太の身体能力を上昇させる。それがあの高速移動のカラクリだ。
そして脂肪を燃焼させるということは当然、彼自身が痩せるという事象に直結するのである。
「この……!!」
アキラは再度腕を振り、鞭を叩き込もうとする。
――だが、
「牧野殿、にぃ、手を、出すな……!!!!」
隼太の準備は既に、済んでいる。
足を曲げ、屈んだ態勢。そしてその足に迸るエネルギー。
「【脂肪燃焼特急】!!」
意識が無いまま、彼はそう口にした。
ドゴォォォォォォォォォォォン!!!
「がはぁ……!?」
力の方向は下から上。
隼太はアキラに下から突っ込むと同時に彼女を抱え跳躍する。今日一番の衝撃に、アキラは吐血した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
放物線のような軌道を描き、アキラを抱き込んだままの隼太が辿り着いたのは東棟の屋根上。
だがそこで隼太は止まることなく、屋根上を駆ける。
今の隼太にあるのは、先ほどまでの経験からアキラを杏に近付けてはいけないという潜在意識。
それが今アキラを抱えたまま杏との距離を取るという行動に繋がっている。
白目を剥き、歯を食いしばりながら、隼太は足を前へ前へと動かした。
そして数秒も掛からぬうちに東棟の屋根上通過し終わると同時に跳躍、さらに杏との距離を取ろうとする。
――しかし、
「っこの、クソ豚がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
初めて、アキラの言葉が激しく荒れる。
彼女は激昂しながら、可能な範囲で身体を動かすと、凄まじい勢いで前方へと跳躍する隼太の動き、その軌道を……変えた。
それによって、隼太とアキラは本来であれば横を通過するはずだったその外壁に、激突する。
……そして、
ドゴォォォォォォォォォォン!!
「なんだ……?」
「アキラ!?」
彼らは迅とジョーが身動きを取れずにいる、会議棟6Fの一室へ派手に入室した。
ーー戦況が、動く。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければブックマークや
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです。感想もぜひ。
応援が励みになります。




