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覚醒隼太VSアキラ 前

 これで任務はほぼ完了。あとはシャドウ様に連絡を入れ、この女を受け渡し場所に持っていくだけだ。


 アキラがそう思った矢先、


 ーーゾワリ


「っ!?」


 彼女の背に、悪寒が走る。

 それは不良としての多くの戦闘経験を積んできた彼女の生存本能が鳴らす警鐘に他ならない。

 だがその警鐘は少しばかり、


 ドゴォォォォォォォン!!!


「ぐほぁ……!?」


 鳴るのが遅かった。

 

 な、なにっ!? 今の衝撃は……!?


 突然十数メートル先まで吹っ飛ばされた彼女は、激しく動揺する。

 

 そして、彼女は目撃した。


 柿崎隼太、彼の肉体から……謎の煙が放出されていることに。


「ど、どうなってるで……ござるか?」


 困惑するように呟く隼太。

 彼自身にも、なにが起こったのか理解できていない。


「くっ……」


 無防御ノーガードで食らった不意打ち。

 身体全体に中々のダメージを受けたアキラは、よろよろと立ち上がる。


 そして彼女は、俯瞰して整理する。


 衝撃を受けた方向、そしてこの場にいる人間……考えたくはないが、それしかあり得ない。


 ――柿崎隼太(あの男)だ。あの男の突進タックルだ。


 そう結論づけるしかないアキラ。

 だが同時に、彼女の脳に「信じられない」という声が響く。


 どうなっている……奴は数秒前まで間違いなくタダの雑魚だった。

 それがどうして、あの威力の攻撃を……!?


 理解はしても、納得できないアキラ。


 せ、拙者が……吹っ飛ばしたでござるか?


 当然、張本人である隼太もまた、自分に起きた異変に激しい動揺を覚えていた。


 身体中にほとばし()

 それが隼太自身に強制的に理解させる。


 ――自身の肉体が、数秒までとは別物になったことを。


 力が、湧いてくるでござる……。


 隼太は拳を握り締める。

 

 どうして拙者がこのような主人公覚醒イベントのような僥倖ぎょうこうに恵まれたのかはまったく以て分からんでござる……が、そんなものは詮無きこと。

 拙者が今、すべきは……。


 そして彼は、真っすぐにアキラを見据えた。


「……」


 彼の目に宿る意思、それを受け取ったアキラは鼻から軽く息を出し、構える。


「柿崎、くん……?」


 と、そこで現実に置いていかれていた杏が、ふと声を漏らした。

 彼女の胸中は、隼太に対する罪悪感で埋め尽くされている。


 だか、そんな彼女に隼太が放ったのは罵倒でもなければ、慰めでもない。


「牧野殿、ありがとうでござる」


 ーー感謝であった。


「な、なん、で……」

「今回のコミケ、本の完売もそうでござるが、拙者の一番の目的は牧野殿……貴方がコミケを楽しんでくれることでござった」


 杏に背を向けたまま、隼太は続ける。


「しかしどうしたものか……一番コミケを楽しんでいたのは、他でもない拙者……こんなに充実して楽しいのは初めてでござるよ」


 彼の口調は、どこまでも柔らかい。


「故に、感謝を。今言っておかねば、あとで言えなくなっている可能性があるでごさるからな」

「そ、そんなの……だ、ダメ!!」


 冗談めかしく言う隼太だが、当の杏はそれが冗談にはまったく聞こえない。

 

「わ、私のせいで、か、柿崎くんが、ケガした……! だ、だから、わ、私のことは、もういい、から……逃げ、て!」


 精一杯、絞り出すように、杏は自分の気持ちを伝える。


「それは、無理でござるな」

「ど、どうして……!」

「言ったでござろう。悪いのはあの女、牧野殿に非はないと」

「それでも、だよ! 私の、ために……これ以上、柿崎くんが傷つく必要、ない……」


 懇願するように、語尾は消え入るような声。


「たしかに、痛い思いは……イヤで、ござるな」

「そ、そう……だから……!」

「でも!!」


 隼太は強く言葉を区切った。

 そして次の瞬間……。


「大事なともが傷つくのは、もっとイヤでござる!!」


 彼はそう言い放つ。


「っ……」


 友、すなわち友だち。

 まさか自分をそう言ってくれる者がいるなど、杏は思いもしなかった。

 瞬間、彼女に込み上げてきたのは、暖かな感情。それは、名を付けるのも烏滸おこがましいものだ。


「……柿崎、くん」

「あ、安心してほしいでござる。拙者、覚醒イベントを得て、先ほどとは比べ物にならない程にパワーアップしてるでござる! さっきはあぁ言ったでござるが、負けるつもりも、ましてや死ぬつもりも無いでござる」

「……」


 ――他者を頼るのか、自分を捨てるのか。

 

 殻を少しだけ破った牧野杏子は、前者を選ぶこと、そして自己を卑下せず堂々とすることを覚えた。


 だがこの状況に追いやられたことで、再び彼女の中での価値観が揺らいだ。


 自己嫌悪と自己憎悪のスパイラルに陥り、罪悪感から自身を捨てる選択を取ろうとした。

 少しだけ開いた心の扉を、二度と開けられないよう、閉じようとした。


 しかし今、この時。

 柿崎隼太から掛けられた言葉が、扉を閉じようとするその手を止め、負の感情によって凍り付いた彼女の心を、かす。


「一つ、だけ……」

「む?」

「一つだけ、お願い……」


 ――だから、


「……ちゃんと、帰って、きて……!!」


 彼女は再び、他者に……いや、友に託そうと思い直すことができた。


 ――そして、友に託された隼太は……。


「……承知!!」

 

 威勢よくそう言い、構えた。

 それは戦闘態勢ではない。リレーやマラソンなどで走り出す前の、前傾姿勢。


 迅殿、咢宮殿……拙者に、力を!!


 勇気を与えてくれる友の名を心の中で唱える。


「【くっ殺インダストリー】社長秘書、アキラ。任務遂行のため、お前を倒す」

「しがないオタク、柿崎隼太!! 牧野殿は連れては行かせんでござる!!」


 ――……。


 対峙する二人、交錯する相貌。先に動いたのは……。


「ふんっ!!」


 隼太の方であった。

 彼は地面を蹴るようにして、勢いよく駆け出した。


「っ!!」


 やはり、速い!! 加えてあの巨体、それが奴の爆発的な攻撃力の秘訣カラクリ!!


 改めて隼太のスピードを目撃し、目を見張りながらも、冷静な分析を済ませるアキラ。

  

 しかし、やりようはある…‥!!


 そうしてアキラは腰から、己の()()を取り出すと、


「【落下真壌らっかしんじょう】」


 隼太の足元目掛け、ソレを振るった。

 

「うぉっ!?」

 

 な、なんでござる……!? きゅ、急に動きが……!? 


 突如として足が引っ掛けられたような感覚を覚える隼太。その直後、彼は勢いよく正面から倒れ込むように、地面に身体を打ちつける。


「っ痛ったぁ!?」


 くっ、くぅ……!! い、一体どういうことでござるか!!


 あまりにも突然のことに思考が定まらないまま、彼はアキラの方へと目をやる。


「む!? そ、それは…‥!!」


 そして、彼女が持っていた武器を見てそんな声を漏らした。

 アキラが持っていた武器、それは……むちである。


「貴方の速度はたしかに脅威だ。ですが私の【鞭操術べんそうじゅつ】の前では、意味を為しません」


 堂々と宣言するアキラ――だが、


「……」

 

 隼太の目は、死んではいなかった。

隼太、お前主人公だったのか!?


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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