その陰キャ、脱獄犯と陽キャギャルと交渉する
「ぁ……ぁ……」
淳獏の意識が旅立とうとする直前、
「おいおい。まだ気ィ失ってもらっちゃ困るんだよ」
迅は、それを許さなかった。
「何のためにわざわざ手加減して殴ったと思ってんだ? あぁ?」
彼は至極苛立った様子で、淳獏の頭部を掴みブンブンと振る。
「ぅ……オロロロロ……」
旅立ちそうな意識を吐き気に捕らえられた淳漠は、たちまちモザイクが掛かりそうな吐瀉物を地面に落とした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「よーし、目が覚めたな。んじゃ教えろ。何で俺を狙った?」
淳獏の頭部を掴んだまましゃがんだ迅は、冷淡な目で彼を見る。
「は、はは……本当に、強ぇんだなぁ。て、めぇと……同じ代の、不良は……可哀想、だなぁ……」
「余計なことは喋るな。聞かれたことにだけ答えろ」
「……あぁ。てめぇを、狙った、のは……そうするように、言われた……からだ」
「誰に?」
「……【道化衆】。俺を、『極少年院』から脱獄させた奴らだ。奴らに……俺は、頼まれた……秋名走司って野郎を、倒せってなぁ」
「……」
……。
「……ん!?」
淳獏の言葉に、迅は思わず素っ頓狂な声を上げる。
当然だ。迅は淳獏の狙いが自分だと思い、信じ疑っていなかった。
だが、実際淳獏が狙っていたのは迅ではなく、秋名走司という人物。
そして、その人物に対し、迅は心当たりしかなかった。
「【道化衆】は、秋名走司がこの山で通るルートを、把握していた。だから、そのルート上に……俺を含め、三人が待ち伏せし、現れた所を……襲う。そういう、流れだった……」
淳獏は、耐え耐えの息で、答える。
「……だから、俺の待ち伏せ場所に現れたてめぇが、秋名走司だと最初は信じて疑わなかった。だが、あの嬢ちゃんが何度も何度も、てめぇのことを……唯ヶ原って呼んで、疑念が生まれた。偽名を使ってんのか、はたまた人違いなのか……けどまぁ、そんなことは直ぐに……どうでも、よくなった」
ははは、と淳獏は笑う。
「てめぇの、その度を越えた強さに触れてよぉ。正直、今までで……一番滾った。本来の目的なんざ、吐き捨てて……ただてめぇと喧嘩する……それだけで……はは、もう後悔は、ねぇ」
「なぁにイイ感じにまとめようとしてんだぁてめぇ」
「うぉッ……!?」
満足そうな表情の淳獏に対し、迅は彼の頭をグイッと上げ、苛立ちの籠る視線を向けた。
「てめぇのせいで、こっちがどんだけ迷惑被ったと思ってんだあぁん!?」
「それは……悪かった……」
「悪かったと思うならよぉ……俺の命令を聞け。負けたてめぇに拒否権は無ぇからなぁ?」
「あ、あぁ……」
「いいか、【道化衆】の奴らにこう伝えろ。自分は、秋名走司に返り討ちにあったってな」
「あぁ……? そりゃあ、最初から報告はすることになってるから、いいけどよぉ……」
「よし」
状況と情報を整理する。
田中淳獏は【道化衆】から秋名走司を倒せという命を受け、ここにいる。
つまり、迅については完全な異分子。
更に付け加えると、淳漠の口振りから、彼は迅が【悪童神】だということを知らないことが分かる。
だから、ここで淳獏に口裏を合わせるよう命令すれば辻褄を合わせられ、全て丸く収まる。
迅はそう考えた。
「んじゃ、【道化衆】とはどうやって落ち合うつもりだ?」
「事前に、集合場所は決まってる。秋名走司との戦闘が終わるか、二時間経っても対象が現れなかったら、そこに戻る手筈だ。仮に戻らなかった場合、それぞれの待ち伏せ位置に、確認に来る」
「ほーん。それじゃあてめぇが戻らなくても、回収に来てくれるってことだよなぁ」
「あ、あぁ」
ズガン!
「ぁ……」
確認を取った瞬間、迅は淳獏の頭部を殴り、今度こそ確かに気絶させた。
気絶して戻らなかった方が、しっかりやられた感出ていいだろ。
悪いとは思わねぇぜ。てめぇがやったことを考えたらな。
迅は淳獏を地面に寝かせ、立ち上がる。
……さて、と。
次いで、彼は振り返る。
もう一つ、残った問題に向き合うために。
「……」
「……」
無言で、たた唖然とした表情を向ける真白に、迅は一瞬目を伏せる。
だが、そうしていても無駄な膠着状態。
意を決するように、真白に近付くよう、迅は歩き出す。
その中で、彼は彼女になんと言葉を掛ければ良いのか、必死に頭を回した。
危、危機ェ……。
どうすりゃいいんだ……アレを見られた以上、誤魔化すなんてできねぇ……。
そう、真白は迅と淳漠の戦闘を一部始終目撃した。
当然、迅が只者でないということを、これでもかという程に理解した。
迅の皮膚から、ドッと冷や汗が流れ出る。
特段打開の一手を思いつくワケも無く、迅と真白の距離は、一メートルまで縮んだ。
「あ、あの夢乃さん……大丈夫ですか?」
とりあえず、取り繕うように、当たり障りの無いことを言う迅。
「……」
「え、えぇと……」
無言の真白に、気まずそうに乾いた笑顔を向ける迅だが、あまりの居た堪れ無さに、今すぐにこの場から走り出したい衝動に駆られる。
無論、それはできない。
真白は知ってしまった。ここで対処しなければ、迅の平穏は潰える。
迅は次の言葉を考える。
が、彼が次のソレを発するより前に、真白の口が、開いた。
「唯ヶ原……、本当で強いんだね」
「え、いや……それは、その……はい」
この期に及んで「いいえ」と答える選択肢は存在しない。
迅は素直に肯定する。
「正直さ、ウチ今すっごい混乱してて……だから、なんて言っていいのか、分かんなくて……」
ポツリ、ポツリと真白は呟く。
「だから……いや、でもさ。とりあえず……」
そこまで言って、彼女は一歩前へ。
そうして手の届く距離になった迅へと、抱き着いた。
「えっ、あの……夢乃、さん?」
あまりにも唐突で、脈絡の無い真白の行動に、迅は困惑し、狼狽える。
そんな彼を気にすること無く、彼の胸の中で、真白は言った。
「助けてくれて、ありがと。それと、唯ヶ原が無事で……本当良かった」
「……」
迅は、感じる。
真白の身体が、震えているのを。
「……」
彼は空を見上げた。
燦然と輝く星空が、二人を照らしている。
「ふぅ……」
彼は息を吐いた。そして、
「夢乃さん。今から、僕のことを話します」
彼は、真実を告げることにした。
◇
「……唯ヶ原って、凄ないんだね」
迅から全てを聞かされた真白は、そんな月並みな感想を抱いた。
「別に、凄くないですよ」
そんな彼女に対し、迅は自虐的に言う。
「というわけで、僕のこと……露見さないてくれると助かるんですが……」
頭を下げる迅。
彼が選んだ、『真実を話し愚直に頼む』。
これが功を奏すのかどうか。
その、結果は……。
「いいよ。けど、条件が二つある」
「じょ、条件……ですか」
一体なんだ……?
迅は警戒する。
「一つ目、ウチと二人きりの時は敬語止めて、名前で呼ぶこと。それと……」
何やらもじもじとする真白。
やがて彼女は照れ臭そうに、
「ウチも迅って、呼ばせて」
「……えーと、そんなことでいいんですか?」
「いいの」
迅にとって真白が提示した条件はあまりにも破格だった。
故に、迅がそれを拒む理由も、無かった。
「……分かりました。改めて、これからよろしくお願いします」
「違う」
「え?」
「敬語」
「……」
ジト眼を向ける真白。
そんな彼女を見て、迅は観念する。
「……よろしくな。真白」
「……うん!」
迅の言葉に、真白は笑顔で頷いた。
◇
一方、その頃。
迅と淳獏の戦闘中、ほぼ同時刻。
「がぁ……!!」
「が、咢宮殿ぉ……!!」
「頑張るねぇ。頑張るだけ辛いのにねぇ……」
柿崎隼太と咢宮誠二は、淳獏と同じく【道化衆】が放った刺客の一人、間宮痣呑に蹂躙されていた。
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