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その陰キャ、波を食らう

 隼太、誠二が痣呑しのと。

 詩織、優斗が薬丸やくまると。


 別々の地点で『極少年院』の脱獄者との邂逅を果たし、事態は次点へと進む。


「おらよぉ!!」


 田中淳獏たなかじゅんばくの掌底が、迅目掛けて放たれた。

 一度目の攻撃と同様、彼は淳獏の攻撃を受け止めるため、腕を前に突き出す。

 淳獏の攻撃は、そこに打ち込まれた。

 

 バシッコォォォォォォォォォォォォン!!!


 数百キロ以上の速度で放たれた野球ボールが、キャッチャーミットに収まったかのような轟音。


 ん……?


 そこで迅に、ある違和感が生じる。

 それは、()()


 淳獏の掌底がてのひらに接触した瞬間、迅の腕に微かな電流のようなモノが走った。


 何だ今のは。掌じゃなくて、()()に直接衝撃がきた。


「ははっ!! 足りなかったからぁ!!」


 迅に攻撃が大して効かなかったのことを確認した淳漠は即座に距離を取ろうとするが、


「っ!?」


 攻撃を仕掛けた右手を、そのまま迅に掴まれ、動けない。


「これで、終わりだ」


 空いているもう片方の拳を握り、迅は今度こそ、放つ。


「【普通タダのパンチ】」


 ちぃっ!! 離せねぇ!! なんつー馬鹿力してんだ!!


 迅の人智を超えた怪力に若干顔を歪ませる淳漠。

 ーー眼前に、拳が迫る。


 だが、このまま無惨に攻撃を食らう選択肢は、淳漠にはない。

 彼は自身のもう片方の手を、向かい来る迅の拳に合わせた。


「【崩階の終曲フィナーレ】!!」


 ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


 迅の攻撃と、淳漠の守りが衝突。

 歪な低音が、周囲に響く。


 迅は掴んでいた手を離す。これにより、淳漠は力学の法則に従い、吹き飛ばされた。


「ぐぅぅぅぅぅあ……ってぇなぁ……!!」


 辛うじて綺麗な着地を決めた淳漠。

 迅の攻撃を受けた彼の手は、腕に掛けて亀裂きれつが入り、出血していた。


「はは、防いでもこれかよぉ……!! まぁ、咄嗟のことだ、仕方ねぇかぁ!!」


 負傷した自身の腕を見て、淳獏は笑う。

 その様に、迅は不可解な表情を作る。


 俺の攻撃を凌いだ。さっき俺の腕に衝撃が届いたのと同じで、何か仕組み(カラクリ)があるな。


「いやぁ、いい!! いいなぁお前!! 俺の代にてめぇみたいなのはいなかった!! 最ッ高に潰し甲斐があるぜぇ!!」

「そうかよ」


 軽口を言い合う迅と淳獏。

 だがその中で、各々は思考を巡らせていた。


 ――淳獏は考える。


 どうするか。

 本当は今の一撃で決めるつもりだったんだが……。


 笑う表情の裏側、そこにあるのは冷静な思考と、迅に対する驚愕。


 効かなかったってことはねぇ、手応えはあった。

 恐らく、肉体の強度が尋常じゃねぇ。内部の衝撃に耐えやがったんだ。

 

 あらゆる生物は振動し、固有のを持っている。

 その波はその者の動作や質量の変化に伴い変化する。


 田中淳獏、彼は相手の波を見抜く。


 そして彼の技、【崩階の終曲フィナーレ】は相手の波と逆位相となる波を打ち込み攻撃を『相殺』する。

 また、淳漠に攻撃の衝撃が届く前に、同位相の波を相手に打ち込み相手の体内で『共振』させ、相手内部に直接大ダメージを与えることが可能なのである。


 しかし、人智を超えた肉体を持つ迅はそれに耐えた。

 初めて相対する、理外イレギュラーの存在。淳獏は……。


 本当に、最高だぜ。


 昂っていた。

 故に彼は、組み立てる。勝利への理論ロジックを。


 衝撃は通った。なら、アレ以上の衝撃を奴の内部にぶち込めばいい。

 そのためには、奴が相応のを持つ攻撃を放ってくる必要がある。

 よって俺がすべきことは、奴の大振りを誘うこと。

 命懸け……だが、それが良い!!


 再度、淳獏は構える。

 見据えるは、元最強の不良……【悪童神ワルガミ

 命を張る相手にとって、一切の不足は無い。


 淳漠は口を開いた。


「『愚露李阿グロリア極少年院』収監。【調律師チューナー】、田中淳獏。お前の中の、最高のおとを聞かせてくれ」

「……御託は良い。さっさと来い」

「はっ、つれねぇ……なっ!!」


 疾走はしる淳獏。

 最中、彼は相手の微かな挙動に反応すべく、目を凝らしていた。

 全ては、相手を誘うため。


「夢乃!! 俺から離れろ!!」

「え!?」

「いいから早く!!」

「わ、分かった……!!」


 迅の後方()ぐ近くにいた真白は、彼に言われるがまま走って距離を取る。


 俺が何か企んでると分かってとりあえず女だけ離したか!! ありがとよぉ、おかげで確信がいったぜ!! これで、勝利への道筋は定まったぁ!!


「おらぁ!!」


 先ず淳獏が攻めたのは、迅の下半身。

 スライディングで彼の足元に滑り込むように入った淳獏は、そのまま足を狙う。


「【崩階の終曲】!!」


 バッシコオォォォォォォォォン!!!


「……」

「ちぃっ!! 足もダメかよぉ!!」


 迅は拳を握る。

 無論、自分の足元にいる淳獏に、拳を振り下ろすため。

 先ほどとは異なり、地面に寝そべっている態勢の淳獏。上から迫りくる最強の拳を捌くのは、至難のわざ


「【普通タダのパンチ】」


 ……ここだ。ここが正念場ぁ……!!


 だが、それこそが淳獏の取った代償リスク

 その先にある確かな勝機を掴むため、選んだ道。


 彼は、迅の拳を避けるつもりなのである。

 しかし、基本的に迅のパンチは凄まじい速度で放たれるため、回避はほぼ不可能。


 だが、()()だ。

【悪童十傑衆】をはじめ、【羅天煌】の全国制覇の前に立ちはだかった猛者たちの前には、迅の【普通のパンチ】を回避することに成功した猛者たちが何人かいる。


 三年前、どこのチームにも属さず、その実力のみで名を馳せた田中淳獏。

 彼もまた、その可能性ポテンシャルを秘めていた。


 自分に向かい振り下ろされる拳の、を見る淳獏。

 波の微かな揺れを視認し、拳の加速地点を見極め、回避することのみに、全神経を集中させる。


 来い、来い、来い……!!


 コンマ一秒の遅れが、命取りになるこの瞬間。

 淳獏の脳にあるのは、必ず避けるという確固たる意志、覚悟。


 それらを以て、最強を迎え撃つ。


 幼少期ガキの頃から、俺は見てきた。人間の波を!! 周りの奴らにキモワルがられ、避けられたが、ンなもんは知ったこっちゃなかった!!

 むしろ最高の優越感に浸れた!! だってそうだろ? 俺は特別なんだから!!


 共感なんざクソ喰らえ、俺はこれからも人とは違うモノを見続け、強者を倒し続ける!!


 特別な俺は、これからも特別だぁぁぁぁ!!!


 ドッゴォォォォォォォォォン!!!!


 激しい轟音と共に、土煙が舞う。

 迅の拳に到来した感触は……。


「……」


 地面の、感触だった。


 ブンッ!!


 何かが通過したように、土煙が舞う。

 それが何なのか、当然迅も気が付いていた。


 この時点で、迅が考えていることは何処から自分に向かって攻撃がくるのか、ということである。

 無論、何処から攻撃が来ようと、迅にとっては全く問題は無い。

 

 ――だがそれ以外なら、話は別。


「え……!?」

「ははっ!!」


 土煙から飛び出し、自分に向かってくる淳獏に、真白は恐怖と困惑の両方が押し寄せる。


「夢乃……!!」


 即座に迅は理解する。

 淳獏の狙いが自分では無く、真白であると。

 同じく土煙から飛び出し、迅は淳獏の背を追う。


 

 やっぱり、あの女は……てめぇにとって大切らしいなぁ!!


 内心で、淳獏は歓喜した。


 迅の攻撃を回避し、拳を地面に当てさせ、周囲に土煙を発生させる。

 そして土煙によって悪くなる視界、三度の攻撃を経てまた次も確実に自分を狙ってくるという先入観の植え付けによるコンマ数秒の理解と反応の遅れ。


 ここまで、淳獏の思い描いた通りの展開。


「っ!!」


 だがこんな小細工は、迅の前では無意味。

 たったコンマ数秒の遅れなど、彼の身体能力を以てすればどうとでもなる。


 しかし、迅は焦っていた。

 一般人の真白に、危害が及ぶかもしれない。一抹いちまつの不安が、彼の身体に……を入れた。

 ……それが、淳獏の狙いだった。

 

「よっと!!」


 真白の方向へ走っていた淳獏は急ブレーキを掛けるように足を制止。即座に振り返り、迫る迅に向き直る。


「【普通のパンチ】」


 淳獏が急に制止し、自分と向き直った理由ワケ

 それらを思考・詮索する間も無く、迅は淳獏に拳を放つ。


 ――その拳はいつもより、力が入っていた。


「【崩階の終曲】!!」


 ドォォォゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!



「はは、クソが……完璧に決まったのに、こっちまで痺れてきやがる……!!」


 互いの技がぶつかり合い数秒後、淳漠は苦痛と笑顔が入り混じったような表情で、【崩階の終曲】を発動した手を見る。


 手はピクピクと震えており、十全じゅうぜんには動かせなくなっていた。


「だがまぁ、いいか。あっちよりは、マシだからなぁ……!」


 そう言って、彼は数メートル先にいる迅の姿を見据える。


「……」

 

 彼の右腕は、大量の亀裂が入り、血だらけになっていた。


「ははっ!! どうだぁ? 自分の攻撃で、自分がやられる気分はぁ!?」


 煽る淳漠。

 対する迅は、傷ついた自身の腕を見る。


 久しぶりだな。ダメージを受けたのは。


 思い起こされる、迅の記憶。

 そこにいた、自分には届かなかったが、『強者』と呼べる者たち。


 昔であれば、彼は楽しんだだろう。

 しかし、今は違う。


 Vのオタクとなり、不良を辞めた。

 そして今背後には、守らなくてはならない少女がいる。


 多分、奴の攻撃の仕組み(カラクリ)は分かった。


 迅は、負傷した拳を再度握る。

 淳漠の攻撃に対し、最善手を取るために。


「【普通タダのパンチ:カイ】」

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