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その陰キャ、学園のアイドルを助ける

 推しのことを考え、気付けば放課後。

 授業を受けていたかどうかすら曖昧だが、そんなことはどうでもいい。


「っとしまった。ツイッターで『くく絵(くくるのファンアートの名称)』を見ていたらもうこんな時間か」


 僕はくくるちゃんの夜の配信を万全の体制で迎えるため、帰宅を急ぐべく立ち上がる。


「お、迅たん。まだガッコ―いたの?」


 が、教室の入り口から女が声を掛けてきた。


「う、うん。ちょっとね。黛さんは?」

「アタシは委員会の仕事―。メンドイからサボろうと思ったんだけど、センセーが出ろってうるさくてさー」

「そうなんだ」


 僕は適当に話を合わせる。

 彼女の名前は黛亜亥まゆずみあい。透明感のある白い肌に、滑らかな金髪が特徴のギャルであり、僕と同じクラスの生徒だ。

 彼女が咢宮たちと同じくカースト上位の陽キャであることは、普通の生活の経験が浅い僕でもなんとなく分かった。

 多くの奴らは僕をバカにしてくるが、そんな中で彼女は好意的に僕に絡んでくる。


「ねぇねぇ迅たん」

「ん?」


 まゆずみは教室に入り、僕に接近する。


「この後暇だったらさー。一緒に帰らない? カラオケでもいこーよ」


 遊びの誘いか。悪いが……。


「ごめん黛さん。今日ちょっと予定があって……」

「うえぇー。また『くくるちゃん』? この前もそー言って断ったじゃん」


 申し訳なさそうに断る僕に、黛は頬を膨らませる。

 

「ほ、ホントにごめん……」

「……ま、それなら今日はいいや。まだチャンスはいっぱいあるし。じゃあ今度は迅たんの方から誘ってよ」

「え……?」

「『え……?』じゃないよ。そっちの方が都合つきそうでしょ?」

「いや、まぁ……それは」

「決まり―! じゃあ約束ねー!」


 黛はそう言って手を振ると、たちまち教室から出て行ってしまった。

 嵐のような女である。


「はぁ……全くどうして僕に絡もうとするんだ」

 

 溜息を吐いた僕は、気を取り直し身支度を始めた。



 東京、その街中ともなればやはり人が多い。

 雑踏をかけ分けながら、僕は一人暮らしのアパートを目指す。


「っと」


 路地裏に入り、清掃の行き届いていない汚い道を歩く。

 自宅までのショートカットだ。


「今日はくくるちゃんのゲーム配信だからなぁ。楽しみだ!」


 くくるちゃんはゲームで上手くいかないところがあるとキレて台パンなどをすることがある。

 それもくくるちゃんの魅力の一つである。

 清純なアイドルとのギャップ、今のvtuber戦国時代を駆け上がるために必要な要素だ。


「ふんふ〜ん」


 鼻歌を歌いながら、軽い足取りで、僕は路地裏を歩く。

 ちなみに俺が口ずさんでいる鼻歌は、くくるちゃんが最近出した2ndシングル、『ぐっもーにん異世界』だ。

 もちろん僕はサブスクで毎日聞いているし、特典付きCDも五十枚購入済みである。


「ふっふふ〜ん!」


 イヤホンから流れる曲はサビに差し掛かる。

 そんな時だった。


「や、やめて! 離して!!」

「はは、いーじゃん。俺と一緒に遊ぼうよ」

「いや!」

「も~つれないなぁ」


 ナンパを目撃した。

 チャラそうな男が女に迫っている。


「ん? アレは……」


 よく見れば、女の方は『大散事学園』の制服を着ていた。

 つまり僕と同じ学校の女子生徒というわけだ。

 対して、男の方は違う学校の制服……他校の生徒である。

 

 が、そこまで観察し、そんなことはどうでもいいことだと結論づける。

 ――それよりも問題なのは。


 あの二人が僕が通ろうとしている道を塞いでいるということだ。


 これではこの裏路地を抜けることができない。他の出口は無いため、出ようと思ったら元来た道を引き返す必要がある。

 冗談ではない。僕はくくるちゃんのためにさっさと帰宅しなければならないのだ。

 

 ならばと、僕が取った行動は……。


「失礼しまーす」


 知らぬが仏、触らぬ神に何とやら。

 印象が残らないように顔を背けながら、彼らの横を通り過ぎる。


「た、助けて!!」


 しかし、そこで女の方が僕に声を掛ける。


 勘弁してくれ。この状況で助けるってことは多少乱暴しなくちゃならない。

 もう暴力は振るわないと決めたのだ。


「なぁに言っちゃってんの詩織ちゃ~ん。こんな奴に、助け求めたって意味ないっしょ!」


 ドンッ!


 そう言って、男は通り過ぎ様に僕の背中を叩く。

 叩くのはいただけないが、ナイスアシストだ。これでスムーズに帰れる。


 ――カシャ。


「……」


 そう思った瞬間、僕……は硬直する。

 その理由は背中に触れられたからとか、そんなちんけな理由ではない。


 もっと、もっと別の理由だった。


「……おい」

「あぁ? 何、さっさと消えてくれない? 俺、これから詩織ちゃんといいことするんだからさ」

「……」

「あれ? どーしちゃったのぉ? まさかビビって動けないとか? やめてよねぇ。そーいう奴って四割くらいの確率で漏らすんだから」


 ゴミが何か言っているようだが、俺の耳は全てそれらを聞くに耐えない雑音に変換する。


「急に正義の心にでも目覚めたか知らないけどさぁ、そういうの寒いから止めた方がいいよ? 君みたいなのは、どうせ何もできないんだから。身の程、ちゃーんと知ろうね? じゃあ、今からすることはその勉強代ってことで」


 雑音の中、そのゴミから生えている腕が、視界に入る。

 どうやら、俺の首元を掴もうとしているらしい。


 ーーだから、


 バキィ!!


「ほぇ……?」


 ドゴォン!!


 ゴミが首元に触れるより前に、俺は奴の胸ぐらを掴んで投げ飛ばし、壁にめり込ませた。

 あまりにも瞬間的で唐突な出来事に、ゴミは何が起きたのかも認識できないまま、ピクピクと身体が動いていている。

 とても見るに堪えない。


「……てめぇ、今自分が何やったのか、分かってねぇみてぇだなぁ?」


 俺は、床に落ちたソレを拾い上げ、ゴミに見せつけた。


「てめぇが俺を押してくれたおかげでよぉ。スマホが落ちてカバー(くくるちゃん限定モデル)が傷ついたんだぞゴラァ!!」


 予約受付開始一日前から公式サイトに張り付きサーバーの混雑を乗り越え、『保存用』、『コレクション用』、『使う用』、更に様々な事態を考慮しプラス10個購入した。

 つまり、これを傷つけるということは万死に値する。

 

「まぁ、俺は優しいからよぉ。本当なら半殺しにしてやりてぇ所だが、今回はこれで勘弁してやるよ……って、聞いちゃいねぇか」


 怒りは依然と収まらないが、アホ面で気絶している男を見て、俺は何とか平静さを保つ。


「さて、帰るか」


 スマホを大事にカバンの中にしまった俺は、再び帰路に就くべく、足を動かした。


「あ、あの!」

「ん?」


 声に反応し、振り返る。俺を呼んだのは、当然さきほどまでナンパされていた女だ。


「私の名前は坂町詩織さかまちしおりです。た、助けてくれてありがとうございます!」

「い、いや助けたワケじゃ……」


 俺はくくるちゃんのスマホカバーを傷つけたあの野郎に制裁を加えただけだ。

 完全に俺個人の感情で動いたにすぎない。


「いえ! あなたは私を助けてくれた恩人です! 何かお礼をさせて下さい!」


 そう言って、坂町は頭を下げた。


「いや本当にいいから! それじゃ!」

「え! あの……!!」


 坂町が言葉を発する前に、俺はその場を駆け出し、彼女の前から姿を消した。


 これ以上の面倒ごとはごめんだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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