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唯ヶ原家 後

「ふぅぅぅ……」


 夕食から一時間後、湯船に浸かった俺は大きく体を伸ばす。

 

 ったく、母さんめ。余計なこといいやがって。

 そっちは面白かもしれねぇけど、こっちが大変になんだっての。


 湯から出る煙を見ながら「はぁ」とため息を吐くと、


「アニキ!!」

「お兄ちゃん」

「ほらな」


 突然全裸で風呂に入ってきた龍子と九十九に、俺は天を仰ぐ。


「なにしに来たお前ら」

「「アニキ(お兄ちゃん)をドキドキさせに来た(!)」」

「帰れ」


 2人の答えを聞いた俺は即一蹴した。


「いいや帰れらねぇ! 今は最大の危機ってヤツだ!! 九十九コイツと協力しなきゃいけないくらいにはなぁ!!」

「その、通り。兄ちゃんが詩織《あの女》にメロメロになる前に、九十九がお兄ちゃん、落とす」

「あぁん? アニキをメロつかせんのはアタシだ。引っ込んでろよクソ猫」

「黙れバカ龍。お前にお兄ちゃんは落とせない」


 睨み合いながらバチバチと火花を散らす龍子と九十九。


「お前ら協力するんじゃなかったのかよ」

「「あ」」


 俺の言葉にはっとした様子の2人は気を取り直すように、俺の方に目を向ける。


「そうだ気に食わねぇけど今は協力だ! いくぞ九十九!!」

「おう」


 そう言って2人は脱力してる俺を無理やり湯船から出し、椅子に座らせた。


「一応聞くけどなにするんだお前ら」

「アタシらでアニキの体を洗う! よーく考えたらよぉ、アニキだって男だ。全裸まっぱの女2人と一緒に風呂入ったらよぉ、ドキドキして好きになっちまうだろ!?」

「完璧な、作戦」

「おー」

「んじゃいくぜぇ!」



「なんでそんな無反応なんだアニキ……!」

「さすがに、ちょっと傷つく……!」


 数分後、龍子と九十九は俺と一緒に湯船に入らながらショックそうに俯いていた。


「なんでだ!? なんでドキドキしねぇんだアニキ!」

「納得、できない……!」

「いやだってよぉ。なんつーか、お前らは家族みたいなモンだろ? 異性としてドキドキするとかはねぇよ」


 龍子と九十九の背後でガーン、とSEが聞こえた気がした。


「ったく。ちょっと落ち着けお前ら。坂町とはなにもねぇから安心しろって」

「……安心、できねぇよ。だってアニキ、アタシになんも言わずにいなくなっちまったじゃねぇか」

「それは……」


 そこまで言って、俺は言葉を飲み込む。

 そこに弁明の余地はなく、龍子たちの真意を理解したからだ。


「もうヤなんだよ、アニキと離れるの。アタシはアニキと一緒にいたい。喧嘩できなくなっても、アニキと一緒にいれんなら、それだけで幸せだ。だから、アニキが他の女のトコいっちまって、アタシと一緒にいれなくなんのは……ヤだ」

「九十九も、同じ気持ち」

「……」


 2人の本気が伝わってくる。

 俺はゆっくりと口を開いた。


「お前らから離れたかったワケじゃねぇ。【悪童神】としての俺と決別したかったんだ。お前らのことは、さっきも言った通り家族みたいに大切だと思ってる。もう勝手にいなくなったりしねぇよ。悪かったな」


 ポン、と俺は龍子と九十九の頭に手を置いた。


「だからあんまし肩肘張って頑張ろうとすんな」

「アニキ……へへ、そーだな。ちっとアタシらしくなかったぜ」

「九十九も。なんか、焦ってた」


 俺たちは互いに顔を見合わせる。そして、


『はははははははは!』


 思わず、笑い合った。


「おーい迅! いつまで風呂に入っとるんだ。さっさと俺に湯浴みをさせろ!」

「おー悪い悪い。んじゃあ出るか」 

「おう! んでアイス食べてぇ!」

「風呂上がりのアイス、最高」


 こうしていつもの調子に戻った俺たちは、風呂場を後にした。



 深夜、全員が寝静まった夜。


「……」


 なんとなく目が覚めたら俺は縁側に座り、庭を眺めた。

 まだまだ蒸し暑い夏が続くが、夜は多少気温が下がり、過ごしやすい。


「あ、迅くん」

「おぉ、坂町。どうした?」

「あ、うん。少し眠れなくて」

「俺もだ」

「そ、そうなんだ。と、隣……座ってもいい?」

「ん? あぁ」


 俺がそう言うと、坂町は恐る恐る隣に座った。


「坂町、お前なんで不良が好きなんだ?」

「え? そ、それはね……」


 一瞬躊躇った坂町だが、彼女は話し始めた。


「私って小学校の頃、結構有名な子役だったんだ。けど、本当は子役なんてなりたくなかったし、有名にもなりたくなかったの。いつも忙しかったから友達と遊べなかったし、芸能界のゴタゴタもイヤだった」


 昔を懐かしむように、坂町は目を細める。


「ある日ロケに行ったとき、不良の抗争に遭遇したの。周りの人はみんなそれを冷ややかな目で見てたけど、私はそうは思わなかった。凄いと思ったんだ。譲れないもののために全力で戦ってるのが、不自由を嫌ってどこまでも自由に生きている彼らの姿に、私は勇気をもらったの」


 あはは、と恥ずかしそうに坂町は頬をかく。


「その後、私は芸能界を引退した。お父さんとお母さんには反発されるから思ったけど、そうでもなかった。むしろ「今まで気持ちに気づかなくてごめん」って言われちゃって……あとは迅くんもご存じの通り、不良大好きオタクの坂町詩織誕生です」

「……そうか。悪いな、変なこと話させちまって」

「ううん。別にいいよ。私ばっかり迅くんの秘密知っちゃって、申し訳なかったし」

「はは、たしかにな。詩織は俺のこと知りすぎだ」

「……ふぇ!?」

「ん? どうした?」

「い、いや。いまあの……な、名前で……」

「名前……? あー、悪い。湘南こっち戻ってきて完全に気ぃ抜けてたわ」


 上京してから、いきなり相手を名前呼びしないように心掛けていたが、最近また不良と絡むことが増えたことで、被っていたメッキが剥がれてきた気がする。

 気を付けないとな。


「う、ううん! いいよ、全然! 名前で! 私も名前で呼んでるし!」

「お、おぉ。そうか?」


 急に迫ってくる坂町……詩織に若干気圧された。



 同時刻


「「すみませんすみませんすみません!」」


 2人の不良が、地面を頭につけ謝罪を続けていた。


「謝罪はいらない」


 謝罪を続ける男の目の前に立っていたのは、三つ編みに金髪のメッシュが特徴の細身な男だ。


「お前が起こした不始末の件……いったいどうなっている?」

「す、すみません! バイトに強ぇヤツが出てきて……ソイツのせいで……がはっ!?」


 突如、腹部に蹴りを入れられた男はその場で呼吸困難になる。


「言い訳もいらない。俺がほしいのは結果だけだ。分かるよな?」

「は、はいぃ……」

「次の報告時、もし改善が見られなかったら……分かってるな?」

「わ、分かりぃ……ましたぁ!」

「これを使え。そして結果を出せ。俺が求めるのは、それだけだ」

「「う、うぅ……」」


 男は呻きながら立ち上がると、ヨロヨロと歩きながらその場を後にした。


「よかったの真希? もっと痛めつけた方が死ぬ気で動くと思うけど」

「狗暗、必要なのは『適度な恐怖』だ。段階的に上げることでより効果を増す。お前も覚えるべきだ。相手をすぐに壊してしまうからな」

「よく分かんない。壊れるなら使えない、壊れないなら使える。それだけじゃない?」


 首を傾げる狗暗、真希は苦笑する。


「まぁ、お前はそれでいいか。小難しいことは俺がやるよ」

「最初からそのつもり。俺は真希のために、邪魔になるヤツらを全員潰す。それが俺の役割」

「あぁ。頼りにしてるさ」


 穏やかじゃない会話を続ける2人の男。

 彼らが着ている白いジャケット、その背中には骸骨を模した蜘蛛の模様マークが刺繍されていた。


「俺たち【摩天楼】の時代は、ここから始まるんだからな」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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