その陰キャ、帰省する
お久しぶりです。いろいろ落ち着いたので投稿再開します。
覚えてる方も覚えてない方もどうぞよろしくお願いします。
「……」
八月二十日、朝。
僕はゆっくりと目を開ける。
「っと」
ベットから起き上がると、床に敷かれた雑なマットの上で寝る龍子と九十九を避けながら歩き、洗面台へと向かう。
「……」
歯を磨き、髪を整え、顔を洗う。
なんてことない当然の所作を終えて、次はキッチン。
「……」
昨日の残り物を適当に調理し、朝ごはんへと転用。
完成したものを机の上に並べ、手を合わせる。
「いただきます」
そう呟き、僕は食事を始めた。
「ごちそうさまでした」
食べ終わり、食器を片付ける。
そして、俺は一週間ほど前にできたばかりの聖域へと向かう。
部屋の隅に置かれた神棚。そこにはいわば神具とも言えるものが飾られていた。
そう、ずんだ餅先生直筆のくくるちゃんが描かれたアナログ色紙である。しかもこの世に一枚しかない僕のためだけに先生が描いてくださったものだ。
この前のコミケの一件で、ずんだ餅先生からお礼としてもらったこの家宝。
僕は生涯これに祈りを捧げると誓った。
「今日もくくるちゃんが健やかに過ごせますように」
手を合わせ、僕はそう呟く。
~♪
その時だった。スマホに着信が入る。
「誰だよ。大事な時に」
水を差されたことに若干の不満を覚えつつも、僕はスマホを手に取り相手が誰かを確認する。
「もしもし」
相手を確認した僕は、一瞬で電話に出る判断を下した。
「よーバカ息子。元気してっか?」
「なんだよかーちゃん。急に電話なんか掛けてきて」
母親からの電話なんて上京してから初めてのことだ。思わず昔の口調に戻った俺は、聞き返す。
「いやー、お前いつこっち来んのかと思ってよぉ」
「はぁ? 別に今んとこ帰る予定ねぇよ。気が向いたら顔見せには行くけど」
「……はぁ?」
瞬間、電話越しで聞く母親のドスの利いた声に、背筋が凍りついた。
「迅。お前まさか、忘れてんじゃねぇだろーなぁ?」
「わ、忘れる……?」
俺は必死に頭を回転させて、母親の言葉の真意を探る。
そして、
「あ……」
思い出した。
「じーちゃんの墓参り。お盆には一回帰って来いって言ったのによぉ。来なかったよなぁお前?」
「ちょ、ちょっと待ってくれかーちゃん!! マジで!! マジで忙しかったんだお盆の辺りは!!」
嘘じゃない。例のコミケの一件でバタバタしていたのは紛れもない事実だ。
「だったらよぉ。連絡の一つでもよこすのが筋ってモンだよなぁ? けどお盆終わっても連絡こねぇしよぉ」
「そ、それはマジで悪かった……!! マジで忘れてた!!」
下手な弁明は寿命を縮める。
俺は素直に謝罪かました。
「謝らなくていいからよぉ……さっさとこっち来いやボケェ!!」
「ヘイ!! すぐに戻らせていただきやす!!」
やっべぇ!! 急いで戻らねぇと!!
通話を切られた直後、俺はバタバタと帰省の準備を始める。
「んあぁ? おはよアニキ。どーしたんだよンな慌てて……」
「眠い……」
僕が動き回っている音に目が覚めたのか、寝ぼけ眼を擦りながら龍子と九十九から気の無い言葉が放たれる。
「今から湘南に帰る!! お前らもついてこい!!」
「マジで!? よっしゃー!」
「お兄ちゃんと久々の湘南、ワクワク」
数日家を空けるだけならこの前の合宿同様、コイツらを置いていくのはなんら問題ない。
だが今回は別の目的があり、僕は二人を帰省に同行させることにした。
こうして、僕たちは数ヶ月ぶりに地元へ帰省することとなった。
◇
「おー! 久々の湘南だぁ!! っぱ落ち着くぜぇ!!」
「空気、美味」
東京から電車で一時間強、僕たち三人は湘南へと到着した。
「……」
ここを離れて数ヶ月経ったが、いざ戻ってみるとあの暴力に塗れた騒がしい日々をイヤでも思い出す。
「……っし、行くか」
頭に思い浮かぶ母親の般若面に溜息を吐きながら、足を動かした。
「あれ? 唯ヶ原くん……!?」
その時だった。近くから、聞き覚えのある声が耳に届く。
声のした方を振り返ると、
「坂町!?」
そこにはクラスメイトであり色々あった坂町詩織がいた。
「おー、シオリじゃねぇか!」
「つ、辻堂さん! こんにちは!」
「お兄ちゃん、コイツ誰?」
「前に僕の家まで来たことあったろ」
「そーだったけ?」
全くピンときていないようで、九十九は頭をクルクルと回す。
「いえいえ!! いいんです!! 私みたいな塵芥の存在で皇さんの貴重な脳内メモリーを埋めるわけにはいきませんから!!」
「あ、思い出した。変なヤツ」
「あひぃ!? まさか思い出してもらえるなんて……!! 幸せと罪悪感に押し潰されて死んじゃいますぅ……」
不良が絡むと騒がしいのは相変わらずの坂町。
もはや見慣れた光景である。
「坂町はなんで湘南にいるんだ? しかも一人で」
見た所、同行者がいるようには見えない。
江ノ島等の観光名所はいくつかあるが、わざわざ一人でここにいるのは不思議でしかなかった。
「私は聖地巡礼でここに来ました!」
「聖地巡礼……。あーそういやこの前隼太が『某バンドアニメ(自主規制)』で江ノ島に旅行に行ったから聖地化したとか言ってたな」
「ん? よ、よく分かりませんが、私が来た理由はそれじゃないですよ?」
「え、でも聖地巡礼って」
「私にとっての聖地巡礼は、皆さんです!」
「は……?」
高らかに口を開く坂町に、思わず首を傾げた。
「湘南は伝説の【悪童神】が生まれ、日本中に名を轟かせた最強のチーム【羅天煌】が結成された土地!! ここには数多くの戦いの痕が存在します!! 不良オタクとして、巡礼しないワケにはいかないです!!」
「お、おう……」
意味の分からない圧の強さに、僕は思わず引いてしまった。
坂町の不良好きには慣れたものだと思っていたが、まだまだだったらしい。
「そ、そういえば唯ヶ原くんたちはどうしてここに……?」
「俺たちは帰省だ。これから実家に顔出してくる」
「な、なんと!? そ、そうでしたか……。お時間取らせてしまってすみませんでした! ささ、私のことは気にせず……」
そう言って、坂町は俺たちを先に行かせるよう促す。
「……」
そんな彼女を見て、俺はふと思ったことを口にした。
「なぁ。お前も来るか? 俺ん家」
「へ?」
坂町はポカンと口を開ける。
「わ、わわわわわ私が唯ヶ原くんの家にぃぃぃぃ!!? ど、どうしてそんな急に……!!?」
「いや、なんつーかお前見てたら思わず……」
事実であり本心だ。
夏の暑さと、坂町の調子の高さに当てられた結果と言ってもいい。
「え、えーと。で、でも私が行ったらお邪魔なんじゃ……」
「ンなことねぇから気にすんな」
「……」
目をキョロキョロと動かし、思案する素振りを見せる坂町。
やがて彼女は口を開く。
「じゃ、じゃあ……お、お言葉に甘えて、お邪魔させていただきましゅ!!」
最後は思いっきり噛んでいた。
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