97 元使用人と元令嬢と小さな騎士
モフモフカフェがようやく少しだけ落ち着きを見せたのは、オープン日から1週間が経った頃であった。
未だに朝から列は出来るものの、この1週間は早朝から50人ほどがずっと並び続けたり、ルールを守らない困ったプライド高い天遣いなどがいたりした。だが全て冒険者ギルドで問題の処理をしてくれているのでミッツは安心して見守っていた。
ギルバートは個室予約日をオープンから10日後にしていたため、まだミチェリアにいる。今日は暇潰しとして近隣町への護衛クエストに行っているが、基本的にはミチェリアでゴロゴロしているので今この町は最強冒険者が2人もいるすごい町になっている。
よく晴れたミチェリアの昼下がり、カフェがやや空いた頃に、どこか気品のある女性と小人族が招待券を持って冒険者ギルドに現れた。
ちょうどギルドにいたサイとミッツが急遽カフェを午後貸し切りにし、ガラスに幕を張って二人を中へ案内した。
それと同時にミッツに話を聞いたベクターは即座に行動した。
「パスティ兄妹!オーダー!急ぎでこの高級紅茶を淹れ、クッキー全種とチョコ6人前とソルベ6人前を用意!出来る限り早く仕上げて降りるように!運ぶのは私たちがやりますので!」
「「は、はい!ベクターさん!」」
慌てて、でも品質を損なわぬように調理をしたパスティ兄妹は作り終えるとベクターとルドルフに任せ、エプロンを脱ぎつつ階段を降りて行った。
一階ではカフェの実質的オーナーのミッツとその相棒サイ、猫を抱いた女性とアルパカに乗せて貰って店内を周回している小人族がいて、兄妹は驚きを隠せなかった。
「さ」
「サリ」
「「サリヤお嬢様!!?」」
「えっ!ブルフ!ポルフも!?な、何故!?」
「あーやっぱりなぁ」
招待券を持ってナルキス村からやって来たのは、元子爵令嬢サリヤと婚約者のナジェロだった。
フィルバーツ、子爵、サリヤ、という単語にどうも引っ掛かったミッツは過去のルーズリーフを見返し、ナルキス村の染め職人であるサリヤのことを思い出したのだ。
とりあえず本人かどうか、ついでにカフェにも招待しようと招待券をしたためてウルスに渡したのだった。
「おっお嬢様ぁあ~…!」
「ううっうぅ…お嬢様…!よくぞご無事で…!」
「貴方たち、上手く屋敷を離れられたのね?!良かったわ!本当に良かった!あっニルフ!ニルフは?!」
「「うわあーん!良かったよー!」」
【──~!?──、?──!!】
途端に大混乱である。
落ち着かせるためにひとまず紅茶を勧め、お菓子を食べている間に双方落ち着いて話し合える状態になったので、お互いの今について話した。動物たちにはとりあえず休憩に入って貰う。
この高級紅茶はベクターがミッツから聞いて慌てて商業ギルドに直接買いに行ったものだ。
「では、サリヤお嬢様は今、職人の集う村で染め職人を!?」
「なんという…お嬢様にそんな労働をさせてしまうことになるとは…おのれ…」
「「おのれダギラ・フィルバーツ…!八つ裂きにしてくれる!」」
「落ち着きなさいな、あの叔父、叔父と呼ぶのも嫌だわ。あいつのことは陛下がどうにかしてくれるって約束しているもの。あと私はこのお仕事、とても楽しいのよ」
「左様でしたか…それは良かったです」
「ところでお嬢様」
「もうお嬢様じゃないわ。私は今、ただのサリヤよ」
「…ではサリヤ様、そちらの方は?」
【───!】
「私の婚約者よ」
パスティ兄妹はまたパニックになった。
「パスティ兄妹、落ち着きましたか?」
「「はい、ベクターさん」」
【──、─…。───!】
「挨拶が遅れてすみません。僕はナジェロ・ザハトマルーダ・ハンスといいます。だそうよ」
「そういえばおじょ、サリヤ様は言語スキルをお持ちでした!」
「流石サリヤ様!でもそのスキルがあればもっと他の仕事があったのでは」
「ふふ、ありがとう。このスキルのおかげでナジェロとも会えたし、村は穏やかだし。私はしばらくこの暮らしをしていたいのよ?」
「「差し出がましいことを」」
椅子から降りて平伏する兄妹をベクターが椅子に戻し、話し合いを続行した。次の話題はパスティ兄妹側についてだ。
「そうよ!ニルフは?あの子は無事なの?」
「ニルフもここにいますが、あれから一度も目を覚ましていません…」
「今も借家のベッドで寝たまま、意識も回復していません…」
「…そう、あとでお見舞いさせてくれるかしら?貴方たちに会えるなんて思ってなくて何も持ってないんだけど」
「来て頂けるだけでパスティ一族の誉です、是非!」
ミッツもお見舞いに行ったことがあるが、本当に三つ子なんやな、という感想を帰ってサイに話していた。
この後のサリヤとナジェロの訪問お見舞いが決定し、今度はその加害者にまつわる話をする。
「えっ!あいつの被害者がこのカフェに!?」
「ええ、何の因果か接客担当全員がダギラの被害者であったりその家族だったりです」
「3人なんですが、障害と婦女暴行とクエスト妨害で余裕の犯罪三冠達成です」
「「ま、証拠は掴みきれなかったようですが」」
「そう…その方たちにも後でお詫びをしなければいけないわね」
「「後ほど紹介しますね!」」
一通り話し終えた所でベクターが話かける。
「サリヤ様、私は今は無き貴族で筆頭執事をしていました、ベクターと申します」
「ベクターさんね。改めてナルキス村のサリヤです」
「サリヤ様はしばらくナルキス村で暮らし続けたいとのことですが、もし現フィルバーツ子爵が陛下に裁かれた時は、再び貴族に戻るということでよろしいのですか?」
「…それは、まだ分かりませんわ。始めはそのつもりで、でも働かなければ生きていけないので別の町で働こうとしていましたの」
「ほう」
「でも、その町で人拐いにあいそうになって」
「パスティ兄妹、どうどう。そのナイフ置いて。というかそれ今懐から出さへんかった?」
「「お気になさらず、続きを」」
「縛られて路地裏で馬車に乗せられそうになった所を、助けてくれたのがナジェロなの」
「「「えっ」」」
サリヤ以外の全員がナジェロを見る。本小人は一生懸命チョコをもぐもぐしている。
「小人族って小さくて襲いやすそうでしょ?だから侮られないよう独自の方法で防衛するらしいの。私の時も、馬車ごと男たちを魔力強化糸で雁字搦めにして、袋に押し込められていた私を糸切り鋏でスパッと助けてくれたの!それ以来、陛下から連絡が来るまで守ってくれたり一緒に過ごす内にお互い好きになっちゃって…!」
「小人族って戦えるのか!?」
「サイも知らんの?」
「小人族の冒険者なんてあまり見かけないからな…、ナジェロ、冒険者になる気は?」
【─】
「なる気ないって」
「それは見たら分かる」
ぶんぶんぶんと首を横に振るナジェロは婚約者であり、サリヤを守る騎士であったようだ。パスティ兄妹の中でナジェロの株は爆上がりである。
「ではサリヤ様は陛下からの連絡待ち、及び職人として充実した生活を送っておられると」
「そうね」
「パスティ兄妹、良かったですな。お嬢様がご無事で」
「本当に……本当にここで働けて縁が繋がって良かったです」
「ミッツさんありがとうございます」
「縁ってすごいなぁ」
この話の続きは個人的な話も含まれるということで、パスティ兄妹の家ですることになり、モフモフカフェの接客をせっかくなので楽しんで貰うことにした。
ミッツは穏やかになった店内を見てニコニコしながら学生鞄を漁った。
「話まとまったし、記念てことで。はい、1個ずつな」
「ミッツ。俺は見知らぬものを作る時は教えろとあれほど」
「えっこれこっちにないん?!クッキーあるんやったらあるか思っとった!」
「で、何だよこれ。食べ物ってのは分かるんだがよ」
「新商品候補。がぶりと行ってみ」
「…な、なんですの!?中から滑らかなものが!」
「カスタードクリームやな」
「「ミッツさん!これは!?」」
「シュークリーム。なんか作れるかなぁ思って。いやー意外と覚えてるもんやな」
「しゅーくりーむ!なんとまろやかな口当たり!それでいて外の生地は柔らかく、だがクリームが浸透しない!」
「こんな物、王都でも食べられない!ミッツさんこれ私たち作れる!?作れる!!?」
【~~~!!!】
「ミッツさん」
「はいベクターさん」
「アウトです、これはダメです。美味しいですがここで出すべきお菓子ではないです。王族に献上レベルです」
「ですよねー!元貴族と料理人がやいやい言うとるもんねー!」
「ひとまず…ストレージバッグにでも封印しておいて下さい」
「はぁい…」
異世界の初出しシュークリームは一瞬で封印となった。
ダメ元でプリンも出してみたが、これも騒がれ、悩むベクターによってプリンは大丈夫ということになった。
とりあえずモフモフカフェの貴族・上級冒険者限定メニューに『モフモフプリン』が据えられることになった。