95 来賓だ!モフモフカフェ(貴族来店)
孤児院の子供たちとシスターが帰った後、貴族が来るということで念入りに清掃を行う。ある程度綺麗になったタイミングで大通り側の入口前に豪奢な馬車が到着した。
「いやあ、なかなか会えなくてすまないね、ミッツくん」
「ようこそ領主さま、偏屈婆クエスト以来ほとんど会えてないですもんね」
「そうだねぇ、ああ『パレード』の節は本当にありがとう。スライムの対策が無かったら死傷者はもっと増えただろうしミチェリアの町ももっと熔かされていたと思う。そう考えるとぞっとするね」
「はは…いやほんま怖いですわ」
「無事だったのは本当に助かった。あ、今日は家族も誘ってくれて嬉しいよ、ありがとう。なかなか華やかで良い雰囲気のカフェだね」
「いえ、俺も庶民の店に誘ってしもてすんません…」
「本日はお招き頂きありがとうございますわ。私たちから町を守って頂いた御礼を言わせて下さいな」
「渡り人さま、ありがとうございました!お父様もお母様もいなくてミチェリアがどうなることかと思いましたの!」
「いやいや。俺はスライム対策とかしただけやし」
「まあご謙遜を。あの、早速ふれあっても良いでしょうか?」
「あ、ベクターさん。案内を」
「伯爵夫人、ご息女様。テーブル席かクッション席へどうぞ」
チュルノ伯爵家当主で辺境町ミチェリア領主、ゼクラ・チュルノとその家族が来店した。後ろには招待客兼護衛の騎士団副隊長ブラハーナと兵団団長ムムリ、商業ギルドのルバラがいる。
本当は隊長のダグラスも招待したかったのだが、生憎また王都へ行っているらしく、今回は断念した。生粋の犬派と聞いているので、帰ってきたら犬と狼中心のシフトを調整して招待する予定である。あわよくば、キツネ系獣人も従業員に加えられたらいいなと思っている。
挨拶をそわそわと済ませた伯爵夫人と一人娘は当主に後を任せ、早速テーブル席でベクターの説明を受け、二人でキャッキャとメニューを見つつ、テーブル席にやってきた猫とハスキー子犬と子ヤギを一心不乱に撫でている。ちょっと貴族令嬢がしてはならない顔をしている。
ブラハーナとムムリはその隣の席に着き、少しだけ警戒しつつもメニューを眺めてクッキーなどを注文していた。
冷静そうにしているが、ムムリがウサギを抱っこして離さないこと、ブラハーナが猫の背中を撫で続けているのをしっかりと確認した。
ルバラは護衛ではないため、伯爵に挨拶をさらりとするとクッション席へ直行してアルパカに顔を埋めている。
「ミッツくん、それはそうと先に謝らなくてはならないことがある」
「はい?」
「アノ、申し訳ありませンが本日は招待券がないと…」
聞き返そうとした時、扉でアヌーラが誰かを足止めしているのが聞こえた。見ると若い男女、金髪の兄妹に見える二人が入口でアヌーラに止められている。
ゼクラが慌ててミッツを連れて入口へと向かった。
「ミッツくん、すまないがこの方々をカフェに入れて差し上げて欲しいんだ。ルール違反なのは重々承知している。なんなら私の招待券を使って頂く」
「えーと、ちょっといいですか?」
今度はミッツがゼクラを連れて離れ、小声で会話をする。
「もしかしてすっごいお偉いさん兄妹? (小声)」
「もしかしなくともとても高貴なお方々でご兄妹で朝からの来客だ (小声)」
「なんっっっべんも言いますけどここ庶民の店なんですわ、なんで連れてきたん!どこの誰かは聞きませんけど! (早口小声)」
「悪いね、だがあのお方々はカフェについてとても真剣に聞いて下さって陛下にも直々に奏上をだね (早口小声)」
「チュルノ伯爵様々が敬語で対応していて直々に奏上出来る身分って割と絞られるんちゃいますかね! (早口小声)」
「あっ」
「……今日だけやで。アヌーラさん、お入れして」
「あ、ハイ。いらっしゃいませ、どうぞ中へ」
「すまない、失礼するよ」
「失礼いたしますわ」
飛び入りの二人は申し訳なさそうにしつつ、ゼクラと共にクッション席へと着いた。席へ案内したアヌーラがそのままカフェの説明をし、ゼクラと二人はふむふむと聞いている。
「ラウ……さま、いかがですか?」
「うん、すごい!渡り人の考案した店というだけでもすごいがこういうカフェが異世界にはあるのかと思うと、いやはや羨ましい」
「逆に言えばまだまだこの国にはこうしたお店でしか獣人さんは雇われないということかしら…。まだまだやることが多いですわねぇ」
「きゅわん?」
「ああ何でもないのよ!可愛いわねぇ!本当に動物なら引き取りたいくらいですわ!」
「こらこら、メ、…ラ、うんメラ、あまりぎゅっとするんじゃないよ」
「あらやだ、ごめんなさいね子犬さん」
注文を聞こうとしたのかベクターが近付いて来て、二人を見てとても驚いた。だがすぐに微笑みを浮かべ、取り繕った。
取り繕った後に注文をきちんと厨房に通し、ミッツをさりげなく引っ張って一階の隅にある従業員控え室に行く。
「ミッツくん、ガラスに幕張った方がよろしいかもしれません。念のためチュルノ伯爵に確認をお願いします」
「あ、やっぱり大物?」
「大物も大物です。彼らは…」
「あ、いい、言わんといて。なんとなく分かるねんけど知ってしもたら怖い」
ひそひそと話している間に各テーブルにチョコやクッキーが届けられていたようで、それぞれ撫でたり見つめたり食べたりと楽しんでいた。
ミッツはそれを見ながら再びゼクラの元へと向かう。
「領主さま、あの、ガラスに幕張ります?ベクターさんから提案あったんやけど…」
「む、そうか。彼は元執事だったね。ふむ、では今から張って」
「いいや必要ないよ」
ラウと呼ばれていた青年がチョコのついた口元をぬぐいながら話に入ってきた。ソルベを堪能しながら猫を撫でている少女も頷いている。
「ここは僕たちの顔を知っている者は少ないはずだからね」
「そうですわ!一応私たち、お忍びのつもりですのよ。姿を隠してしまってはお忍びの意味が薄れますわ!」
「お忍び言うた……、はあ。分かりました」
「あ、この辛いノッキというのを追加で一つ」
「私はクッキーを」
「かしこまりました」
どう考えても高貴な身分の突然の来店に緊張が隠せないカフェ内だったが、動揺をなんとか見せずに接客することが出来、チュルノ伯爵一家も兄妹もカフェを満喫して行った。
ラウと呼ばれていた青年がチョコを甚く気に入っていたようなので、帰りまでに急いで縫い上げた刺繍巾着にどっさりとチョコを入れて渡すと大満足していた。
モフモフカフェから馬車が出立していくのを全員で見送り、安堵の息を漏らしながら明日からの正式オープンのために準備を進めようとする頃、馬車の中では朗らかに、且つ優雅に会話が弾んでいた。
「本日はいかがでしたか?」
「すごく良かった…!獣人とはいえ動物と安全にふれあえるというのもすごいが、食事も良かった。特にあのチョコというものは今まで食べたことがない」
「ソルベもソーダも美味しかったわ!あの味のついたノッキも、ああいう食べ方があるのですね!料理長に伝えないとですわ!」
「接客も丁寧だったし、何より動物が可愛らしい。執務を抜け出してたまに来たい。また伯爵家に転移しても良いだろうか?」
「お兄様、その時は私もですよ。でも最後にお土産まで頂いてしまったわ、どうしましょう。何かお返しを考えないと…爵位とかどうかしら?」
「こちらの方で考えておきますので、お言葉だけでも伝えておきます。爵位はおそらく絶対に要らないと思いますし、送ったらお二人のことがバレますよ。ラウール殿下、メノーラ殿下」
「いやもう大体バレてたと思うんだけど」
「……まあ、そうですな」
チュルノ伯爵と和やかに話していたラウール・シャグラス第二王子とメノーラ・シャグラス第一王女はまたお忍びでリピートしようと既に考えていた。
色々あったプレオープン日だったが特に何も失態はなく、明日からはいよいよモフモフカフェのオープンである。