92 試食だ!モフモフカフェ(歴史語り)
試食するということで羊の群れという呪縛から各々自力でなんとか起き上がったお客さん役と獣人従業員は、試作品の置かれたテーブルを囲んでいた。
「というわけで試食や!」
「何これ!!」
「チョコとクッキーは分かるけど、これ何?」
「チョコもクッキーも完成形やないけどとりあえずな。これ?これはすもものソルベ」
「そるべ」
「ああ、ミッツが宿で試作してやつか。リンゴのソルベだったか」
「今回はすもものソルベ!でもリンゴでもええよなー、まあここにあるんやけど」
学生鞄からぬるりと出してきたリンゴのソルベとレモンのソルベも加えて、試食会が始まった。
皆が食べやすいように二階で一口サイズに分けられた食べ物を各自気になるものから手に取っている。
ここでふと疑問に思ったのが、チョコレートは存在しないこの大陸に何故クッキーはあるのかということだ。
そういえば考えたことなかったなぁとミッツがパスティ兄妹や従業員に聞くと、これも渡り人の影響があるらしい。
昔突然現れた渡り人の幼い女の子がうろ覚えのクッキーのレシピを商業ギルドへ伝え、試行錯誤した末に3年かけて地球のクッキーと違いのないクッキーを完成させたそうだ。
ただしその女の子はクッキーを完成させることに満足してしまい、クッキーを食べるごとに発症していた持病を悪化させそのまま息を引き取ったそうだ。特に形にこだわることなくクッキーを味優先で完成させたため、歪な形やシンプルに丸いクッキーが主流となったと思われる。
咳や発疹をよく発症していたと聞いたミッツは、おそらく小麦アレルギーの女の子が最後にどうしても食べたかったクッキーを作って欲しかったのだろう、と考えた。真相は既に歴史に埋もれているが。
「うーん」
「ん?気になることある?」
「私は全然これでもいいんだけど、冒険者とか男の人も来るんでしょ?」
「せやな」
「ちょっと塩っけのあるものとか、ボリュームのあるものがあってもいいかも…?」
「あー考えてはいるんやけど、カフェにそぐわへん感じの塩辛いもんなぁ。ロコモコとか作りたい…」
「作ればいいだろうが」
「サイ簡単に言わんといて。俺かて作りたい。カツ丼も天丼も食べたい。あわよくばお好み焼き再現してご飯も食べたい…この際ロコモコでもかまへん…ああ炒飯でもええな…。とりあえず出来へんもんはしゃーない、ペペロンチーノノッキとミートノッキでもメニューに追加しよか」
ミッツもめちゃくちゃ我慢しているが、そろそろ白米が本当に食べたくなっている。ちねちねした偽米ももうそろそろ飽きてきていた。
とりあえずこの大陸でよく食べられているニョッキのようなノッキをメニューに加えることに決めた。
「あー米食べたい米!皆は知らん?米、ライス、稲、白米、白ご飯、おにぎり。穀物で収穫する時は茶色くて中身が白い粒のやつ」
「「分からないです」」
「そんな食材があるんですか?」
「申し訳ありませんが私も存じ上げず…」
「吟遊詩人のライスターなら知ってるわよ」
「それは聞いたねん、人魚の吟遊詩人やろ」
皆が知らないと言う中、カルカーニが一人唸る。
「それ、麦の茶色みたいなやつ?先がしなってだらんとなって、水の畑で育てるやつ」
「そんな食物あるわけな」
「それー!それそれそれ!!」
アベイルの台詞を遮ってミッツが叫んだ。
耳の良い獣人従業員たちがビクッとなっているのを横目にカルカーニの肩をひっ掴み必死に聞き取りをし始めた。
「ど、どこ!どこで見たんや!」
「いや俺が見たわけじゃないんです、実家を飛び出す前に家に来た商人の話を聞いただけで!」
「どんな話を!?」
「いや待てミッツ。商人がわざわざ個人宅を訪れるってなかなかないぞ?まさか貴族か?」
「うお、ゴッド級に話しかけられることになるとは…。俺の実家は準貴族みたいなもんですよ。変なプライドで後からせっかく授与された爵位を断った、古さと固定概念だけは優れた家です」
「ああ、なるほど…『戦の誉れ一族』か?」
「そうです」
ミッツは既に出していたルーズリーフにまた書き留めていく。
サイ曰く、昔に起こった人間の国同士で起きた大戦争で優秀な功績を挙げたにも関わらず当時の王族が爵位や褒美を与えなかった一族がいくつかあったらしい。
まさしく『誉れ』の言葉のみを受け取り、次の王から改めて爵位を与えられたそうだが既に王族に反抗的、というかちょっと拗ねており、それからはその誉れのみで一族を発展させ、良くも悪くも『戦の誉れ一族』と呼ばれるようになったとか。
「ジャネット家もその一つなんです。僕としてはさっさと受け取れば良かったのになって感じですよ」
「ほー。で、その商人の話早よして。今更やけど従業員全員、俺相手に敬語いらんから、フランクに早よ話して」
「あ、うん。孤国連邦は知ってる?ファジュラとアルテミリアに挟まれた、小国の集まりなんだけど」
「なんとなく」
「そこから来た商人だったんだけど、珍しい織物とかと一緒に珍しい話を聞かせてくれてね。小国の一つにある水の畑の話があったのさ」
「その商人はそこ出身なんかな」
「いや、違う国って言ってたな。何だったかな、水の畑の国の名前も聞いたんだけど…ト、トクォ…いや違う、キョ?うーん」
「ト、キョ、………東京…?」
「あ、トーキョー!ちょっと違うけど、トキョ国!本当に小さい国だけどそんな名前だって言ってた!」
「タレゾさん!」
「へ?はい」
クッキーとチョコを頬張っていたタレゾが振り向く。
「商業ギルドで孤国連邦との取引は?!」
「んぐんぐ、いやあまり無いですね…」
「いややー!トキョ国とやりとりとかないの!?」
「トキョ国」
「初耳の国ですね、みたいな発音や!ちくしょう!」
「その国の何が欲しいんですか?」
「米、えーともしかしたら違う名前かも。水田…水の畑で育てられとる穀物。茶色の麦みたいなのん」
「…ギルドマスターにも伝えておきはしますが、見返りをどうぞ」
「ぐっ…!」
タレゾもこの数ヶ月で渡り人の対応に慣れてきていた。
ミッツはうんうんと唸り、渡り人的切り札を一つ切ることに決めた。
「……地球の遊戯の一つ、可能性の塊のゲーム、トランプ」
「詳しく聞きましょう」
ミッツの語ったトランプは、後にユラ大陸全土に伝わり、騎士団の階級の名称などにも適用されることとなる。
「ではギルドマスターに話を通しておきます」
「お願いします」
「後日、カフェが落ち着いたらトランプについて詳しくギルドで話して下さいね」
「…うん」
「こんなアイデア、というかチキュウの遊戯や再現可能な物、まさかまだあるんですか?」
「言うと思っとる?」
「あるんですね?」
朗らかにお互い腹の探りあいをする商業ギルド職員と商人の町と呼ばれた土地出身の冒険者が話をする横で、試食会は和気藹々と行われている。
「チョコ美味しー!『パレード』の時も食べたけどいつ食べても美味しい!」
「でも食べ過ぎると良くないってミッツが言ってたから気をつけた方がいいぞ」
「えっサイさんそれほんと!?」
「ちょっとなら良いんじゃないかしら。このソルベ、すももでも美味しかったけどリンゴもレモンも美味しいわねぇ」
「フェリルでは見たこともないものばっかりですね!」
「流石ミッツさんだ、神狼王様の救世主の店で働けるとか嬉し過ぎて俺の瞳孔も縦になるぜ」
「本当に縦になってるから早く落ち着きなさいよ」
「いやあんたもツノ伸びてる伸びてる」
「仕方ないじゃない、美味しいんだもの。パチパチするのが刺激になってそりゃツノも伸びちゃうわ」
「確かに~」
獣人同士でしか分からないジョークにどっと笑いが起きたり、黙々と食べて今後の展開に思いを馳せたり、オープンしたカフェに通うことを決めたりして、今日は解散となった。