82 ミチェリア内防衛戦
簡潔にですが、人が焼ける表現があります。
苦手な方は注意してください。
前線防壁から駆け降りてきたミッツは、防壁門の瓦礫とゴブリンの死体を雑に片付けている兵士とぶつかりそうになった。
「おわっ!あれ、ミッツくんどうした!?」
「あっ北門の門番さん!ちょっとクロルドさんとこに急ぎたいねん!」
「俺にはノック・ノースラインって名前がだな…いやそれより何かあったのか!?って、そういや今緊急の合図上がってたな」
「えっとな、また緊急速報鳴ったんや!」
「うわ…でも急ぎって言ってもな…見たら分かると思うんだけど」
いつもミッツや冒険者がクエストをしに行く時に会う会う北門の門番ノックは、ミチェリアの町を指差した。
ギガントミノタウロスが壊した門からはたまに魔物が入り込んで来てしまって混戦状態になっている。今も目の前でミノタウロスが冒険者を追いかけ、屋根上から矢が飛んできてミノタウロスが痛がっている所を地上の冒険者が囲んで仕留めた。
スライムが入っていないのは不幸中の幸いという奴だ。同じ魔物も何故か逃げるが、普通の冒険者も逃げてしまう可能性がある。
「どないしよ~!」
「うーん…あっ!ちょっと待ってろ!」
ドドドドと重い蹄の音を立てながら八脚大馬に跨がり、少し向こうの道でソルジャーゴブリンを轢き倒していた騎士を呼び止めた。
「おーい!そこのあんた!」
「ん?どうしました!」
「渡り人がギルドマスターに急ぎで伝えたいことがあるんだとよ!だがこいつも俺もこの混戦状態じゃあすぐに行けないし、ギルドまでちと距離がある!」
「なるほど、では先に私が伝えてきましょう!内容をお願いします」
「おおきに!えーと、『パレード』中に異変が生じて中規模から中規模プラスになったで!せやけど大規模やない!『巨大な死の影が町を覆い厄災と成り得る』とか怖いこと書いとる!浄化の最上級魔法が使えると吉!以上や!」
「浄化の最上級魔法!?最上級が必要な大物が来ると!?」
「最上級だなんて『天遣い』のキーラ・クリアノイズとハイエルフくらいしか使えないだろ!浄化の上級でも大きな町の神官ぐらいしか使えないんだぞ!?」
「えーどないすんの?!ゴッド級の二人はどうなん?」
「お前、『黒染め男爵』が浄化魔法なんて使うタマに見えるか?」
「ごめん、見えんわ」
「とにかく私は先に冒険者ギルドへ伝達に向かいます!お二人はどうされますか?」
「俺はここで魔物の死体回収がある!すまん!」
「一緒に行きたいけど俺スレイプニルにええ思い出ないから先行って!」
「了解!」
ドドドドとスレイプニルは勢いよく走って行った。ついでのようにミノタウロスを轢き、冒険者がとどめを刺している。
スレイプニルに狼吼里フェリルまで乗せて貰って下半身が痛くなった経験のあるミッツには、まだスレイプニルは早かった。今は乗馬を練習中である。
ちなみにミッツの夢は、プチフェンリルのモモチが成長して進化したモモチに跨がることである。もふもふ。
そのモモチはまだ戦えるような魔力も攻撃も出来ないため、ずっとミッツのリュック内でじっとしている。
ノックに別れを告げ、ミッツ自身も冒険者ギルドに向かって進み出す。
途中で魔物に出くわしたが、魔法で不意打ちをして逃げる、を繰り返していた。その魔物は別の冒険者によってサクサク討伐されていく。
途中で何故ここにいるのかを尋ねられたりはするものの、事情と緊急速報について簡潔に話すとミチェリアに滞在中の冒険者パーティが1組付き添ってくれることとなった。
ミッツたちが走っていると、数メトー先の建物と路地の壁を壊しながら魔物が現れた。
「ギギュギャアアア!!」
「は?ワイバーン!?」
「あれがワイバーン!プテラノドンみたいやな!」
ワイバーンはドラゴンの劣化版とされている魔物で、ドラゴン程の素材の旨みがないため劣化ドラゴンという俗称がある。だが討伐難易度は高い。クイーン級もしくはB級以上推奨という、マンティコラと同等の強敵だ。
腕と一体化した翼を持つが長く飛ぶことは苦手で、大きな口にびっしり生えた牙に毒がある。ミッツはプテラノドンと言ったが、どちらかといえばケツァルコアトルスに似ている。
よく見るとワイバーンは大きな口で冒険者を咥えている。たまにミチェリアの冒険者ギルドの酒場で見かけるお調子者の冒険者だった。
頭から血を大量に流し、顔色が紫になって微動だにしない。冒険者を捕まえて壁に叩きつけた所をミッツたちに遭遇したようだ。
冒険者は壁が壊れるほどの衝撃を受けたのとワイバーンの毒により既に虫の息であった。
「おいあいつ!ロギーだ!」
「ビショップ級のロギーね!ビショップ級なら確かにワイバーンは討伐厳しいわ、でももうあれは…!」
「あの様子は毒消しではもう効かないぞ!無理だ!それより俺らのこと考えろ、あいつこっち来るぞ!」
ワイバーンが咥えていたロギーを足に掴み直し、こちらへと低空飛行して襲いかかってきた。
斧使いが前に出てワイバーンの口を無理矢理弾き返す。その隙に魔法専門の冒険者が高威力の雷魔法でワイバーンを麻痺させようとするが、ワイバーンは弾き返された姿勢から即座に持ち直して魔法を避けた。
ミッツが後方からクレインの水魔力矢で凍りつかせようとするが、威力がやや弱く目眩まし程度にしかなっていない。
剣士も後ろへ周り翼へ切りつけるがワイバーンの皮膚は硬く、剣が刃こぼれした。
「くっ…!ワイバーンの動きが少しでも止まれば爆発魔法が使えるのに!」
「ギャアァアッ!ギェウウウ!」
その時ワイバーンが急にびくりとして悲鳴と同時に動きを止めた。
意識の戻ったロギーが力を振り絞って足に至近距離で火を放ったのだ。
攻撃は効いていないが、まさか獲物が動くと思っていなかったワイバーンがびっくりして、動きを止めると同時にロギーが叫ぶ。
「そこの魔法士!俺はいい!今だ!」
「…っ!ごめんなさい、ロギー!弾ける炎!」
火魔法の中でも高火力になる爆破攻撃を受けたワイバーンは黒焦げになって倒れた。
だがワイバーンで黒焦げになるということは、人間だとひとたまりもないということだ。駆け寄ると、ワイバーンの足に捕らわれていたロギーの体は黒くぼろぼろになっていた。
ある程度平和な国で生きてユラ大陸でもなんとか平和に過ごしていたミッツはもちろん、護衛や盗賊討伐の経験もある冒険者パーティも流石にショックは大きかった。
「ロギー…ごめんなさい…!」
「いいやお前は悪くない!俺らがもっと強かったら!」
「躊躇してたら全滅やってんで。そもそもあの時点で手遅れやってんろ?ロギーさんの意志尊重せなあかん!」
「…そうだ、泣くのは後だぞ!ミッツをギルドまで送るのが先だ!」
「いやミッツくん、平和な所から来たのよね?立ち直り早くない?」
「あー…平和な国にも事件はあるもんやで」
平和なはずの母国で色々と苦労と不幸を体験してきたミッツは人が亡くなる程度ではあまりショックを受けるようなメンタルを持っていなかった。流石に焼死と身近な人の死は堪えるものはあったが。
冒険者と騎士と兵が協力しあってミチェリア内外で戦闘を繰り返して3時間が経過、あと少しで『パレード』の魔物もいなくなるのではないか。そう思われた時に、異変は起こった。
ミチェリアの町が急に暗くなった。
いや、夜だから辺りが暗いのは当たり前だが、今はポーン級とE級以下の冒険者が町の北門近くで放っている光源…光魔法や火魔法がたくさんそこら中に浮いているはずだ。
よく見ると火魔法の灯りは消えず、光魔法の灯りだけが消えている。光魔法の術者だけが魔力を切らしたわけではない。
光を嫌う者が、町に現れただけだ。
「お、おい!上だ!」
異変に気付いて見回していた冒険者の一人が、上を見て叫んだ。