81 奴らの弱点と冒険者の有頂天
たのしい理科のお時間
スライムたちがカナンを取り囲む頃、防壁上では魔物を狙いつつもゆったりとした雑談が行われていた。だがちゃんと手元は動かしている。
「どうやらスライムが来たみたいだ」
「あっ、あの嫌味騎士囲まれとる」
「あいつかー、どうする?放っとく?」
「いや流石に、(もう少し放置してから)助けてやろう」
「そうだな、ミノタウロスでも狙っとこ」
「というかミッツ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「仮説ですけど、まあ。というか皆受け入れたやないの」
「そうなんだけど、まさか本当に…?という気持ちがどうしてもね。とりあえずやるだけやってみよう!お願いします、ジャーグ!」
シェラが契約している悪魔を呼ぶ。ぽぽんと霧が現れ弾けて、可愛らしい顔の少年悪魔が現れた。
「やあシェラ!なんだ?ニンゲンもジュウジンもイッパイだな!」
「やあジャーグ。彼は僕と契約してくれてる二位悪魔のジャーグ。彼のおかげでキング級になることが出来たと言って過言じゃないよ」
「よせやい照れるな」
「ジャーグ、今『ナイトパレード』なんだ。君の力で皆にもよろしく頼むよ」
「任せろ!ニンゲンども!いくぞー!」
二位悪魔の契約しかしていないシェラがキング級になれたのは、恐るべき命中率にある。
元々命中率が高いシェラであったが、契約していた三位悪魔が二位悪魔へ成り上がった時に手に入れた固有魔法がシェラと上手く噛み合い、キング級への昇級を果たしたのだ。
「ここにいるミンナの命中率上がれー!」
「…とまあ、これで防壁上にいる後衛組の命中率は上がったはずだよ。大体適当に打っても当たるんだ」
「す、すげぇ!本当に適当に狙ったのにめちゃくちゃ当たる!」
「でも慢心しないでね」
「なあ、あの騎士適当に狙ったら…」
「やめとけやめとけ。じゃあそろそろ……後衛職の力を見せてやるとするか」
「最初は私から射つからね!」
ミッツが用意した物を全員装備し、無法帯を見下ろした。
騎士カナンは未だにスライムの群れから解放されていなかった。解放どころか転倒した時に手から滑り落ちた剣はとっくにスライムが熔かして跡形もなくなっている。
プライドと見栄とコネだけで分隊長になった男は泣き喚くことしか出来ない。騎士服も少しずつ熔かされて肌も痛み始めている。遠くから部下の声が聞こえる気がするが、内容まではパニックになっていて聞き取れない。きっと上司思いの部下が助けようとしてくれているのだろう。カナンはほんの少しだけ感謝の気持ちを抱いた。
そこへ、一本の矢が飛んできた。
普通なら、矢は突き刺さってもスライムのよく分からない体内の水分で瞬時に熔けて、傷もすぐ塞がってしまう。
だが、妙に白く光るその矢はスライムの体に突き刺さると、そのままぱちゅんと貫通した。
矢の軌道分の細い空洞を残したままの状態のスライムは、その空洞からみるみる内に萎んでいき、しゅうしゅうと煙をあげながらとろけ、やがて手のひらに乗せられるぐらいにまで縮む。そこに追加の矢が飛んできて、魔石のみを残して熔けた。
「ざまあみろバカナン!じゃなかった早くスライムをどかさないとな!」
「いやもう無理だ!ア…ホーク分隊長ー!貴方の犠牲は忘れま………あれ?」
「…な、に?たすかった…?ヒィィ!おいお前たち!私を助けろ!」
「チッ助かったか…じゃなくてスライムが!何故!?」
「おっしゃああああ!!!」
「っしゃー!マジかー!」
「私の矢がスライムを!なにこれー!スライムどろどろなったじゃんー!」
「すげー!本当にすげー!」
「後衛の時代来たんじゃないか!?スライムキラーだ!」
「スライムキラーか、なんか微妙な称号やなぁ」
ぽかんとする最前線の冒険者たちと、急に熔けたことにびっくりしているらしいスライムと魔物たち。その頭上から歓声と嬉しそうな会話が聞こえてきた。
その間に部下の騎士数人が仕方なく近付き、カナンを回収した。ついうっかり騎士の一人が鳩尾に鞘をぶつけてしまい、カナンは気絶している。つい。うっかり。
頭上、すなわち前線防壁の上では弓使いたちが嬉しそうに次の矢をつがえている。その鏃全てが白い。魔法を打つ者も白い何かを浮かべ、唯一の投石冒険者ハイベスも笑顔でスリングに白い物を詰めている。
「おりゃー!当たっ…てない!チッ隣のゴブリン仕留めただけか!」
「投石技術磨いてて良かった!次!次のスライムどこだー!」
「はっ!よし当たった!本当に萎んでいくわ!」
「わあ…すごいねミッツくん!まさか本当に弱点がこれだとは思いもしなかったよ!」
「やるなニンゲン!」
「やっぱりなー!いや俺絶対効く思っててん!」
ミッツは笑顔で、昨日ライラックで一人黙々と作業していた成果である壺2つを振った。
中身はトンカツを揚げる時にも使用した油、そしてミッツの塩である。
実はミッツはスライム講習の時にこう思っていた。
あれ?塩嫌がってる?それってナメクジやないの?、と。
この世界にいるナメクジもスライム程ではないがぬるぬるしていて嫌われている。だがぬるぬるする程度で倒せないわけではない。ちなみにこの大陸のナメクジは1メトーぐらいの大きさで、主に雨が降る時に畑のキャベツなどを丸呑みするため、普通に迷惑な害虫とされている。簡単な駆除方法は特に見つけられていないが、農民でもひたすら鍬で叩けばどこかへ去る。
確かナメクジは水分90%だと小学校の理科とか社会とか学外活動で習った気がする。そして塩をかけて縮むのは浸透圧がどうのだった気がする。この際原理はどうでもいい。
ならば、よく分からない成分とはいえ水分ほぼ100%のスライムなら、ナメクジ同様縮む、いやそれどころか干からびるのではないか?現に少量の塩で縮んだし。
それがミッツの導いた考察となった。そしてそれは9割正解である。
「さすがに1回で干からびることはなかったが、これはすごい」
「この大陸のやと不純物混じっとることがあるから、俺のを使ったんやけど、まさかほんまにここまでとはなぁ」
「皆、まだスライムはいるんだからね!油断しないで射つよー!」
「「はーい」」
弓使いは各々の矢の鏃部分を油の壺に浸け、次に塩の壺へと突っ込んだ。すると油で濡れた部分へ塩がたっぷりと付着している。
昨日ライラックで試した限り、これが一番塩を矢に付着出来る方法であった。あとはぶっつけ本番でやるしかないと強行し、見事スライムを討伐出来た。
魔法専門の冒険者は塩をそのまま魔法で固めてから雪合戦よろしく魔物に向けて飛ばしている。ハイベスは魔物で丸く固めた塩をスリングで射ち、スライムの上で散開させて弱体化を図っていた。
防壁後衛組が独走状態で立て続けにスライムをおよそ300匹討伐した頃、ミッツのスマホが鳴り響いた。
あの不協和音である。
「うわなんやの、ちょっと失礼」
「今の音、スマホの緊急速報って奴か!?」
「うん、でもこのタイミングで鳴るって…」
ミッツはスマホにさっと目を通すと顔色を変えて、慌てて叫んだ。
「シェラさんっ!」
「何?!」
「赤、いや黄色?!どっちもや!両方の火ぃ打ち上げて!早う!」
「え、分かった!」
緊急であることは分かったので、シェラは言われるがままに『通常緊急』の合図である赤と『今回の緊急』の合図である黄の火を同時に上空へ飛ばした。
「俺ちょっとミチェリアん中戻る!壺適当に使って!」
ミッツはスマホの文章を読み返しながら階段を駆け降りて行った。
正確にはナメクジに塩をかけても駆除はしきれないです。熱湯が一番。
たぶんミッツがお菓子をコンビニで買っていたら、中の乾燥剤も無限乾燥剤になっていたのでぶちまけていたと思う。
持ってるお菓子は松島家で各大袋開けて、別の袋にまとめてぶちこんだお菓子袋なのです。