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獣使いたちの冒険者記録  作者: 砂霧嵐
夜が来たりて
78/172

78 験担ぎって大事やん?

『ナイトパレード』前日の夜、作業を終えたミッツは厨房で一人考えていた。

近距離攻撃最前線の打ち合わせから帰ってきたゴッド級二人が背後でなんだどうしたと見ている中、神妙に一言呟いた。


「明日は『パレード』で勝たなあかん、勝つ時の験担ぎというたらカツ丼、つまり……俺は今、カツ丼食べたい…」

「かつどん?」

「なんだそりゃ」

「ご飯がないから卵とじ…カツとじならショーユヤシもあるしいける……でもそれやと絶対ご飯欲しい、うん。しゃーない、カツだけでええ…よし今日はトンカツや」

「ごはんって食事のことか?」

「んーとギルさん、ファジュラで聞いたことある?米、ライス、稲、稲穂、白米、白ご飯」

「んー?ライスターなら知ってるが」

「何それ」

「アベニアールの吟遊詩人ライスター」

「流石に人食べる趣味習慣はないねん」

「人間族じゃねーぞ、人魚族だ。大昔は人魚族の魚部分を食べると万病を癒すとかいう迷信があったみたいだが」

「人魚おるの、そんで八百比丘尼みたいな伝承あったんやな。…なんで俺米持ち歩いてなかったんや!!いや学校帰りの道頓堀で米持ち歩いてるてどういう状況か知らんけど!」


平気でお好み焼きと白米をしっかり食べる民族、炭水化物の暴力の都である大阪生まれ大阪育ちのミッツにとって、というより日本人のミッツにとって、白米を食べられないのは結構ストレスなのだ。

どうしても食べたくなったら、某番組の真似をして小麦粉を捏ねたものをちねちねしている。見た目だけでもちょっとは満足出来ているらしい。


話しながら学生鞄を漁り、豚肉の塊を取り出して厨房のまな板へどんと置くミッツ。緊急速報が鳴った日に市場へ走って買ったものである。

避難優先で生物(なまもの)を持って行く余力のない生鮮食品商人たちは、腐らせるぐらいならと喜んでミッツに肉や魚や野菜を半額で売り付けた。

ミッツは学生鞄(ストレージバッグ)に入れれば腐らせることがないので、笑顔で生物(なまもの)を買い取った。Win-Winである。


「結局カツ?トンカツってなんだ?」

「厚めの豚肉を小麦粉とパン粉と卵につけて揚げたやつ。俺の故郷で勝つための験担ぎによく食べられとる」

「へえ」


豚肉の塊肉を1センチの厚みにライラックの厨房にあった包丁でぎっこぎっこ切り分ける。ちなみに部位的にはロース。ミッツ個人はヘレ肉が食べたかった。有名な話ではあるが、日本の大部分ではヘレ肉はヒレ肉と呼ばれている。


脂身と赤身の間に切り込みを数ヵ所入れ、両面に地球の塩とこしょうをなんとなくふりかける。なんとなく。適量。


大量に切った豚肉をひたすら小麦粉、溶き卵、市場で買ってきたバゲットをすりおろしたパン粉の順につける。バゲットは地球のバゲットよりも固い。スープに浸して食べられているパンとなる。


厨房にあった鍋に油を惜しみなくドボドボ入れて加熱する。この油は乾燥地域に生息する油サボテンという植物から採れる油だ。トゲを抜くと油が噴き出す。


パン粉をパラッと入れて細かい泡が出たら豚肉を油に入れる。入れ過ぎると温度が下がるため気をつける。油の温度が測れないのが地味に不便だが、スマホ魔法で火の温度を一定に保てるので問題ない。


ツチギツネ色になったら豚肉を取り出し、網の上に置いてしっかり油を落とす。ツチギツネとはシャグラス王国全域にいる茶色いキツネ。他にユキギツネ、ハナギツネ等がいる。揚げながらキツネもモフモフカフェにいたらええなと思った。


油を落としている間に、食堂にいる暇そうな冒険者にキャベツを手渡し千切りにしていくよう指示をする。包丁使いの上手い者を選ぶと良い。ゴッド級の二人は戦い専門の刃物使いだったとだけ記す。


「以上がトンカツのレシピや。海鮮でも出来るで」

「へー」

「あ、ミッツくん。今日もなかなか良い匂いさせてるね、何だい?」

「シェラさん!今日はカツ!俺の故郷の料理やねん!」

「なんか俺たちと対応違くないか?」

「シェラさんは癒し担当やからええねん」

「は?」

「僕、癒してるの?よく分からないけど役に立ってるなら嬉しいな」

「ほら見てみぃこれが癒しというやつよ」

「オレには分からん」

「俺も」

「まあええわ、とりあえず夜ごはんや!」


ミッツは横に置いてあったフライパンとお玉を両手に持って厨房を出、ライラックの客室が並ぶ廊下からガンガンガンガン打ち鳴らした。


「野郎どもー!夜ごはんやぞー!」

「うっせーぞミッツ!こちとら寝てたんだぞ!」

「お前呼ぶのはいいけどなんでいつもフライパン鳴らすんだよ!」

「定番やからや!はよ来いや!今日のは自信あるで覚悟せぇよ!」

「うっせーいつも美味いわありがとうな!」

「どういたしまして!」


文句を言ってる割にさっさと集まってきた冒険者たちは食堂で席につく。

2日前から集まった冒険者だがすっかりミッツの食堂方針に慣れてしまっている。お残しは許されていない。


食堂の中央の机にある大皿にはこんもりと盛られたトンカツの山がある。ミッツは一人2枚のトンカツを各皿に取り、横にいる冒険者(キャベツスラッシャー)にキャベツをどっさり盛らせた。更にその横にいる冒険者に塩を皿の隅に盛って貰い、今日のメインは配られた。パンと水は既に配られている。


「はい、今日はトンカツ。俺の故郷では勝ちたい時とかに験担ぎで食べられとる。ほんまは卵とじしたかった。ほんまはカツ丼が良かった。でも今これが限界や……無念」

「いいから早く食わせろ!」

「そうだそうだ!」

「感傷くらい浸らしてーや!まあええトンカツは塩ちょっとだけつけて食べてや。あとキャベツ残したら明日の朝昼用意せんからな!いただきます!」

「「いただきます!」」


何故か日本式の食前食後の挨拶が根付きつつあるライラック泊まりの冒険者たちであった。

シャグラス王国で食前食後の挨拶は特に定まっていない。


「トンカツだったか、これまだ作れるんならここ以外の拠点にも配って、いや売って来いよ。やべーよこれ美味いよサックサクじゃん」

「キャベツって大事なんだな…さっぱりする」

「そうか?俺はまだ野菜嫌いだ。ちょっとで良いのに」

「私も。こんなにキャベツって要るの?」

「そこのルーク級お姉さん、キャベツは栄養豊富疲労回復、あと肌荒れと便秘に効果あるでー」

「ミッツ君、キャベツおかわり」

「はいよー、でも食べ過ぎはあかんでー」


ミッツも食べた後、商業ギルドに行って事情を説明し、ギルド前に露店置かせて貰うことになった。商業ギルド職員にも追加のトンカツを作って貰い、トンカツ2枚500ユーラで即売会を急遽開く。買うも買わぬも自由である。


既に夜中といって良い時間だったが良い匂いに惹き付けられてどんどんと売れていき、完売間近になった頃にあの嫌味な騎士が部下と共にやってきた。

ぐだぐだ文句を言いながらも買いそうな気配を感じたミッツが瞬時に値段表示を2000ユーラに書き換えた。価格詐称はこの大陸でも犯罪ではあるが、この時は誰も何も言わなかった。ほら非常事態だし。

嫌味騎士は自分の分だけ買い、部下たちは悲しそうな、諦めたような顔をしてついていった。後で騎士団と兵団にトンカツ差し入れしよう。ミッツは心に決め、追加で揚げまくることにした。

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