76 悪魔という存在
「辺境町はほぼ行ったことねぇから新鮮だな、住民はいねぇけど」
「そうなん?冒険者って色んなとこ行くもんや思ってたわ」
「オレが辺境町に行くって大体強制召集とかで『パレード』に参戦する時とかだな。今まで大規模『パレード』に参加したのは1回だけだがあの時まだクイーン級だったしよぉ」
「近年で大規模『パレード』は20年前に起こったきりだから、俺は参加してないんだよな。まだゴッド級どころか冒険者でもなかったんだ」
「そうなんや」
ライラックにギルバートを案内し、まだ昼ごはんを食べていないということで食堂にて仕込んでいた料理を提供した。
ミチェリアの市場にある八百屋でイマイチ人気がなく、片隅に追いやられていた生姜を目敏く見つけたミッツが鼻歌を歌いながらすりおろして作った豚のしょうが焼きである。これもミチェリアの商業ギルドでレシピが絶賛発売中だ。
余談だがミッツがこの大陸で一番先輩渡り人に感謝したことは、醤油によく似た味の液体を持つ植物の発見である。低木のヤシみたいな植物で、名前はショーユヤシ。どう考えても同郷の渡り人命名である。
「んだこれ、旨い。豚か?」
「せや。俺の故郷で人気やねん、豚のしょうが焼き」
「アベニアールにレシピ買って帰っていいか?あそこはファジュラ豚が有名でな、料理が増えるとオレが嬉しい」
「それは『パレード』終わったら商業ギルドに言うてや、俺は構わへんけど」
しょうが焼きの香りに釣られてライラック拠点の冒険者がぞろぞろと食堂に集まり、ゴッド級が二人いることに驚きながら食べてまた部屋へ戻って行く。夕方の集合まで一休みするようだ。
食後でお茶を飲んでいると、ふとミッツが呟いた。
「ギルさん、『悪魔憑き』やねんな?」
「おう」
「俺、じっくり悪魔見たことないねん」
「ナルキス村で天使は見せて貰ったもんな」
「おっ、そうか!『獣使い』同士のパーティなら悪魔見る機会もなかなか無いよな。メシの礼だ、時間もあるしちょっと教えてやるよ」
ミッツはルーズリーフを当たり前のように取り出した。
天使と同じように、悪魔にも階級が存在する。基本的に悪魔は全員蝙蝠のような羽を必ず1対と尻尾を持っている。
地球でいうルシファーだのベリアルだのサタンだの、そういう悪魔はもちろんおらず、〈良き隣人〉世界独特の悪魔階級がある。
悪魔の階級は上から順に、特位、一位、二位、三位、それ以下の野良、と順位がある。
悪魔の順位変動は至ってシンプルで、一つ上の位の悪魔を5体倒せば成り上がる。逆に自分より下の位の悪魔に5回負ければ自分の位が下がってしまう。要は強ければ偉いということだ。
野良悪魔たちはあまり頭が良くなく、ただ暴れたり命令通りにしか動けなかったり、単純な性格をしていることが多い。
三位悪魔は少し知能がつき、野良より少しだけ上手く戦える。
二位悪魔は三位よりも更に知能がつき狡猾になった存在で、『悪魔憑き』を悪友だと思うようになるそうだ。たまに反抗する者もいる。
一位悪魔はプライドを高く持つようになり、自分の『契約者』以外の言うことは基本的に無視したり攻撃的になったりするらしい。例外はある。
あと、自分と契約出来そうな者を誘惑するために容姿の整った悪魔が多いらしい。
これは天使にも言えることで、天使の場合は契約出来る者に親しみやすいように柔らかい印象を与えるために容姿が整っている、らしい。
「うーんイメージ通り。特位悪魔は?」
「特位悪魔はオレの契約しているヴェザバルドしかいねぇよ」
「天使と一緒なんやな。ヴェザバルドって名前?」
「おう、今呼んでやるよ。普通はわざわざ見せることはねぇがメシの礼だ。こっち来いヴェザバルド!」
ギルバートが食堂の真ん中辺りへ声をかけると、煤のような粗く黒い霧がどこからともなく吹き出た。
黒霧が渦を巻くように密集すると、そこに人影が現れる。
すらりとした長身で成人ぐらいに見える、色気ある男の姿をしている。3対の蝙蝠羽を背中に持ち、頭に山羊のような角が生えた悪魔は、威圧感と存在感を放ちながら整った顔で静かにギルバートを見た。
「何用だ、ギルバート」
「あ、声もイケメンやな」
「ヴェザバルド、悪いな。特に用というわけでもねぇんだがこいつに悪魔を見せてやろうと思ってよ。
ミッツ、こいつがヴェザバルド。悪魔の頂点に立つ特位悪魔だ」
「ほぁー」
「ヴェザバルド、こいつ渡り人のミッツ。悪魔をちゃんと見たことないらしいからな。ったく、初めてじっくり見るのがヴェザバルドってのも、お前は運がいいなおい!」
「痛い痛い、えっと、ミツル・マツシマです。渡り人で『獣使い』、こっちは契約しとるプチフェンリルのモモチ」
「きゅわん」
背中をバンバン叩かれながらミッツがヴェザバルドを観察している。モモチも気になるのかヴェザバルドの足元をぐるぐると回って見上げている。
「羽根3対ある!角もぐるんってなっとる、かっこええなぁ」
「そりゃどうも、3対の羽と暗黒山羊の角は特位の証でな。俺はギルバートの契約悪魔ヴェザバルドだ。ギルバートと契約して…30年ぐらいか…?」
「んなわけないだろ、まだ10年だ」
「そうだったか?」
「ミッツ、〈良き隣人〉世界の住民は時間にあまり捕らわれない奴が多いんだ。契約していなければ、馴染みの町に久しぶりに来たつもりがもう町は50年前に無くなっていた、なんてこともあったそうだ」
「へー」
「天使も悪魔も神獣も精霊も、マイペースが多い。あと仲は悪くないらしい」
「俺らの世界は時間の流れってのがイマイチ分かんねぇからな……ん?」
何かひっかかったのかヴェザバルドもミッツを観察するようにじっと見ている。
「………」
「…え、何ですのん?」
「お前、この前天使に何か渡した渡り人か?」
「へ?天使…?」
「ミッツ、あれじゃないか?ナルキス村のサリヤの天使」
「あー、テンか。何かって、お土産に地球のお菓子…甘味渡したけど」
「いや、最近こっちでそいつの食ってたのがちと話題になっていてよ」
どうやらテンが〈良き隣人〉世界で食べていたのを誰かが見て、そこから「あれは何だ?」とざわついているようだ。
「その天使が甘味食ってすぐに階級が上がったんだよ。だからあれは何なのかって各種族のトップで話しててよ。別に嫌な気配もしてないし」
「ほんまに階級上がっとるやん。帰り際に食べて感情ちょっと豊かになった気したけど、それでかな?」
「ふん、甘味ならあまり害は無さそうだな。帰ったら放っておくよう伝えておこう」
試しにテンに渡したものと同じクッキーと飴とチョコの袋を渡し、その場で納得したヴェザバルドは土産にもう5袋包んで貰い、ひとまず用は終わったので帰ることになった。
「ああそうだ、ヴェザバルド。明日『ナイトパレード』なんだってよ、久々に全力出せそうだからまた呼ぶぞ!」
「おっそりゃ良いな、俺も気合い入れとくぜ!明日ってことはすぐだな?楽しみにしているぞギルバート!」
呼ばれた時と同じような霧を発生させ、ヴェザバルドは消えた。
悪魔とはなんぞやをちょっとだけ知れたミッツは満足そうにルーズリーフを仕舞い、ギルバートはまだ食べていなかった地球のお菓子をねだった。
この世界で、甘味は貴重なのだ。色んな所でぽこぽこチョコやクッキーを出すミッツの魔道具お菓子袋が異常なだけで。




