75 最強の二角と二つ名
現れた男を見たクロルドは職員を連れて奥へ慌てて消えて行った。
ギルド内にいた職員が驚き、冒険者が興奮したようにざわめきを隠せない中でサイと男は笑いあって拳を軽くぶつけ交わしている。
「ミッツ、こいつが『悪魔憑き』のゴッド級」
「よう。オレはギルバート・トランダム。肩書きはサイの言った通りだ。お前あれだろ?サイと一緒にいるんなら渡り人だろ?」
「せや。『獣使い』ビショップ級の渡り人ミツル・マツシマ。ミッツて名乗って活動してますわ。あとこっちは契約してくれとるプチフェンリルのモモチ。モモチ、ご挨拶」
「きゃわん」
「おーお利口さんだなよしよし」
ぐりぐりとモモチの頭を撫でているギルバートは気さくな感じで初対面のミッツとモモチに接している。モモチも撫でられているとごろんとお腹を見せてお腹もわしゃわしゃと撫でて貰っている。
モモチがギルバートの手をぺろぺろ舐めていると、少し緩んでいた顔を元に戻した。
「悪いな、オレ犬すげー好きなんだわ。特に小さいのがいい。もちろん猫もうさぎも虎も好きだが、まあ似合わねぇのは分かってる。隠す気はねぇんだけどよ」
「ほほう、今度ここのギルド内にモフモフカフェ作る計画進行しとるんでよろしく」
「モフモフカフェ?」
「獣人族の協力によって実現しそうな、小さいわんちゃん猫ちゃんから大きい虎まで、色んな動物と触れあえるのがコンセプトのギルド併設カフェ。有料でおやつあげられたりする予定や」
「ますます『パレード』早く終わらせなきゃならねぇってことだな」
「基本的に『獣使い』を見下げる『天遣い』と『悪魔憑き』は利用出来んようにする予定やけど、ギルバートさんは大丈夫そうって伝えとくわ」
「『パレード』終わらせたらちょっとオレも資金提供させろ。金ならあるぞ」
二人は硬い握手をした。動物好きに悪い奴はいないのだ。たぶん。
サイが咳払いをする。
「んんっ、カフェの話は終わってから存分にしてくれ。それより他に言うことはないのか?」
「え?ああ、なんか大変だったらしいな。急に知らんとこ来てよぉ。まあサイとパーティ組んでんならたまに会うこともあるだろうよ、よろしくな!あ、オレのことはギルでいいぜ」
「よろしゅうギルさん!」
「そこじゃねぇよ、『パレード』の話の擦り合わせするぞって言ってんだよ」
サイを軽く無視したギルバートとミッツが拳を軽くぶつけていると周りのざわめきもまた大きくなっていた。
「すげー…!『黒染め男爵』が目の前に!」
「『黒染め男爵』!俺初めて見た!」
「『黒染め男爵』様…!私ファンなのよね!」
「分かる!イケメンだしゴッド級だし!」
「サイと『黒染め男爵』!最強の二角がいてくれんならちょっと安心出来……いや安心は出来ないや」
「おい今『黒染め男爵』言った奴全員並べゴルァ!!」
「やべっ逃げろ!」
わーわーと逃げる冒険者。
ふんっと鼻を鳴らすギルバートを見てミッツが首をかしげる。
「サイ、『黒染め男爵』て?」
「ん。ギルは数々の功績からファジュラ国で男爵相当の地位を貰ってるんだ。あと戦闘スタイルのせいでよく返り血を浴びたまま人前に姿を現して、血が黒ずんだ姿を見た民衆が呼び始めたのが『黒染め男爵』ってわけだ。本人は呼ばれるの嫌がってるけど」
「厳密に男爵ではないんやな」
「ファジュラは貴族制度ないから。本人も不本意だったけど実際に男爵ってわけではないから放置している」
「おう。お貴族サマってのは性に合わねーからな。だから男爵って呼ばれるとどうもゾワゾワしちまってな」
「二つ名ってことやな!かっこええわー」
「…そ、そうか?」
「うん」
「…カッコいいか…そうか…!」
「サイ、もしかしてこの人単純…?(小声)」
「純粋と言ってやれ(小声)」
「おい聞こえてんぞ」
「悪い悪い。でもギル、お前なんでここに?強制召集でもなかったろうに」
「おー。オレ、ファジュラのアベニアールでダンジョン潜ってたんだけどな。いいとこで切り上げて冒険者ギルド戻ったらミチェリアの『パレード』予知の話で持ちきりでよ。よく聞いたらサイと渡り人がいるっていうじゃねーか!中規模ならオレも行くぜ!ってロギアを脅し…じゃなかった善意の協力をしに転移して来た」
「今脅しって言うた?」
「言ってねぇ」
その時、クロルドが再び走って戻ってきた。
「おいこらそこの『黒染め男爵』、お前ロギアさん脅迫して無理矢理転移させたんだってな?!ロギアさんから連絡来てるぞ!戦い終わったら絶対アベニアールに帰って謝れよ!?」
「えー即戻るのかよーせっかく来てやったのによー」
「…まあ、俺的にはミチェリアに来てくれて感謝してるから、ミチェリアの転移魔方陣は『ナイトパレード』のごたごたで送還が出来なくなったことにしてやろう。お前はその内ファジュラに帰れ」
「おっ、いいのか?」
「その代わり、アベニアールにはちゃんと行けよ?俺さっきロギアさんにすげー申し訳なさそうな連絡聞いたんだからな?でもミチェリアの心配もして貰って、こっちの心が痛んだわ」
「サイ、アベニアールて?あとロギアさんて誰?」
「アベニアールは浪漫の国ファジュラの首都だな。ロギアさんはアベニアールの冒険者ギルドのギルドマスター。いい人なんだけどちょっと気弱な所があるんだよ」
「へー」
「『パレード』落ち着いて、シャグラス王国巡ってからファジュラとアルテミリアも行ってみるか?」
「行く!王都も行きたい!というかファジュラとかってシャグラスとの間に無法帯あるのにどうやって行ってんの?強行突破?」
「あー、まあその内な」
サイとミッツがいつになるか分からない約束をしている間に、クロルドの説教は終わった。
「なんにせよ、こちらとしては来てくれて助かった。サイがいてくれて有り難くはあったんだが、中規模だとちょっと不安があってな。でもどうなるか俺も分からねーんだよ」
「そりゃまあ事前に分かることなんてなかったんだ、オレも知らないぜ」
「だよな」
「ところで、拠点はどうすりゃいい?」
「ギル、俺たちの宿来いよ。宿の主人には許可得ているし、高ランク冒険者を中心として拠点を作ってるぞ」
「そうか?ならサイたちのとこに行くわ」
ライラックには既にサイとミッツ、そしてキング級・クイーン級を含むパーティとA級ソロ冒険者が拠点を築いていた。今なら渡り人の異世界料理を食べられると言えば素直にライラックへ向かい、あっという間に高ランク冒険者専用拠点となった。
まだ部屋は空いていたはずなので大丈夫だろう。
「先に荷物置いて少し休んで来い。サイとミッツ、案内してお前らも休憩、夕方にまた来てくれ」
「了解、『黒染め男爵』行くぞ」
「その名で呼ぶな、『銀の魔王』」
「お前も呼ぶな」
サイはギルバートを連れてライラックへ向かう。
魔王なんだ…と思いながら、後で理由を聞こうと思いながらモモチを肩に乗せて後を追いかけた。




