73 渡り人からもたらされる新鮮な恐怖
避難日の夜、つまり緊急速報が鳴って2日目の夜、冒険者ギルドにいたミッツのスマホがまた鳴った。
今度は不協和音ではなく、ピロロンという電子音だった。
今の時間帯は余裕のある冒険者が武器の手入れなどをする時間だったので、ミッツは弓使いに紛れてクレインを拭いている所だった。そのため、弓矢の手入れをしている最中だった周囲の冒険者たちが即座に反応した。
「あ、お知らせやて」
「渡り人、今度は何だって?『パレード』が明日にでもなったか?」
「馬鹿お前そんな不吉なこと言うなよ」
「んー?いや、なんか魔物の内容が一部判明したって。でもこれそんなお知らせすることなんかいな?」
「ミッツくん、チキュウとユラ大陸では認識に違いがあるのは分かっただろ?知らせるぐらいだから、良くも悪くも必要な情報なんだろう。さあ教えろ、腹は括ったぞ」
「私も覚悟決まってるわ」
「俺もだ」
「ほ、ほな……なんか、スライムがおるって」
「……………は?」
呆気にとられたような顔をする冒険者たち。少し離れた所からサイもやってきた。
「やんなぁ!なんでそんなスライムでお知らせするんやろな!」
「ミッツ」
「スライムいうたらあれやろ?ぷるぷるのんちゃうの?!地球では架空の有名な雑魚魔物やねんけど実物見たことないねん!ここにもおるんやな!うわー!青いのおるかな?合体するかな?!転生してるのおるんかな!?」
「ミッツ」
「はい」
「読み上げ」
「あ、はい」
【『ナイトパレード』に関する情報を更新しました。
魔物の一部にスライムが複数含まれる可能性が高いです。念のため、しっかりと備えて下さい。
繰り返します。魔物の一部にスライムが複数含まれる可能性が高いです。念のため、しっかりと備えて下さい。
他にもワイバーンやミノタウロスなどが無法帯中心部で発生してこちらへ向かって来る可能性があります。注意しましょう】
「え、ワイバーン!?ミノタウロス?!こわ!」
「待った、スライム?」
「ん?」
「私の覚悟砕けたわ」
「俺も」
「スライム…じゃと?」
別の意味でざわつく冒険者の顔はさっきより明確に青ざめている。ギルド内に用があって滞在していた兵や騎士も顔が青くなっている。
「なあサイ、もしかして」
「この大陸のスライムはとても厄介な魔物として有名だ」
「え」
「サイ!今度は何の情報だって?!」
「スライム」
「げぇっ!!」
スライディングしてやってきたクロルドはその勢いのまま倒れ込んだ。仰向けになりながら「このまま気絶してぇ…」と呟いている。
ミッツは皆がスライムに対して何故ここまで騒いでいるのか分からず困惑している。
「よし、ミッツ。明後日まで時間あるし俺たちはもう拠点をライラックにしてあるし、明日早朝からスライムの実戦予習講座をしてやろう。無法帯に行くぞ」
「え、行ってええの?『パレード』の前の無法帯に?」
「本来『パレード』は突然来るんだぞ?前日どころか、来る2時間前に無法帯でクエストしてたって冒険者もいるぐらいだ。行くぞ」
「はーい」
翌日、明光星が出る前にサイはミッツを連れてミチェリアを出て無法帯を歩いていた。無法帯の警備兵はいつでも逃げられるように準備を進めつつ、いつもの勤務をしている。
モモチはまだ幼いので、ミッツのリュックと学生鞄の隙間にすっぽりと入って運ばれている。決して甘やかしているわけではない。たぶん。
本フェンリルはリュックから顔だけ出して、ふすふすと無法帯の空気を鼻で感じ取っているようだ。
「久々の無法帯やぁ」
「そっか、ここに落ち…いや降ろされて以来だったか」
さくさくバキバキと草をかき分け細木を折り、サイが時々手書きの地図と明光星の方角を見比べながら進んで行く。
どうやらスライムのよくいるポイントがあるようだ。
「まずスライムとは、約2メトーの透明な球体のようなクソ野郎で、移動速度はまあまあ遅いんだが、ぷよぷよした体は実に刃物が通りにくく、体液というか粘液成分のせいで魔法が通り辛く、触れ過ぎると武器や装備が熔ける。肌も熔ける」
「厄介過ぎん?あとでか過ぎん?」
「クロルドサイズの球体だ」
「でか過ぎん?」
「横幅もクロルドだ」
「嫌な例えやなぁ」
ギルドマスターのクロルドは身長2メトー越えである。例えに出された本人はギルドでくしゃみをしている。
「ほなどうやって倒してんの?倒すことあるやろ?」
「熔ける前に武器を離して連打、高威力の魔法で無理矢理攻撃し、核となっている魔石を狙う。魔石に攻撃が少しでも届いたらスライムはどろりとなって息絶えるんだ」
「なるほどゴリ押し」
「幸い向こうから攻撃することはないんだが、向かってくること自体が攻撃というか…。言ってたらほら、あれだ」
1メトーほどの小さい個体が2匹、ぷるぷる震えながらゴブリンを木陰に追い詰めてゆっくりと取り込んだ。透明な体内でじゅわじゅわ骨まで熔けていくゴブリンは見ていてなかなかグロテスクである。
「こっわ」
「あれはプチスライムだ」
「プチ?!あれが!?モモチと同じプチ?!」
「くぁん!?」
「もうすぐ進化してスライムになりそうだな、本当はもうちょっと小さいかな」
ミッツはとりあえず撮影してみる。
◆プチスライム◆
透明な体をした魔物。何でも熔かす粘液を持ち、結構厄介として冒険者に不人気である。弱点は今のところ見つかっていない。
「うわあ」
「あ、こっち見た。ミッツ攻撃してみろ」
「見てんのあれ?目ぇないけど?」
ミッツはクレインを構えてとりあえず水魔力の矢を放つ。
矢はスライムの1匹に突き刺さったが、体内に埋まった魔力はさらっと消えた。もぞもぞしたスライムたちはそのままこっちに向かってくる。
「消えた」
「その矢が魔力そのものだしな。よく分かってないがあの体内に詰まっている粘液?水分?が特殊らしく、それによって魔力を押し潰す?らしい」
「んで物理攻撃にも強いんやろ?」
「そうそう」
ずるずるぽよんぽよんと小さく跳ねて這い、跳ねて這いを繰り返してこっちに来ている。
すごく顔をしかめたサイがお手本にもならないお手本として、プチスライムの1匹を高威力の雷魔法、飛落雷で倒した。ゴブリンだったら黒焦げどころか魔石も残らないような威力のはずだが、プチスライムはゆっくりと体を崩壊させていった。
ゴッド級でも嫌な顔するんだと思いつつミッツが眺めていると、這った跡の草も熔けている。落ちている石もついでに取り込まれては熔けていく。
後ずさりしながら様子を見ていると、ある石を取り込んだと思ったら、ぶるんと震えてその石をぺっと吐き出した。
「ん?」
「どうした?」
「今、ちっこい石吐き出したで」
「そうなのか?スライム自体が嫌過ぎて特に見てなかった」
「おおう…あの石なんやろ」
ズームして撮影した。
◆小石◆
よくある小石。少しだけ岩塩が混じっている。
「岩塩?」
「岩塩って、塩か。この辺りは岩塩が採れるのか…無法帯だから危険過ぎて無理に採掘出来ないな、残念だ」
「岩塩…塩……水分?」
「どうした?」
「…いや、何でもない、と思う」
プチスライムはとりあえず相手にせず帰ろうとサイがさっさとミチェリアの方角へと歩いていく。
ミッツはふと腰につけた普通のポーチに仕舞っている調味料ケースから塩をひとつまみ取り、まだこちらへ向かってきているスライムの軌道上に置いてみた。
しばらく歩き振り返ると、プチスライムはスマホのバイブレーション並みにぶるぶる震え、少しだけ縮んでから反対方向へと去って行った。