67 はじめての契約
「神狼王様、ミッツとそのプチフェンリルが契約出来るというのは…」
「勘。じゃが本当に出来そうだの」
サイとグランドフェンリルがミッツを見ると、膝の上でミッツの指をちゅうちゅう吸っているプチフェンリル、そして悶えながら動いてはならない葛藤と戦っているミッツがいた。
真剣な顔をしてミッツは言う。
「なんか名前付けられそうな気ぃしてきた……これが…母性…?」
「いやそれは契約出来る証なだけ」
「母性も有りきな気もするがの」
「それもありますね。ミッツ、以前にも言ったが契約というのは、こう、ビビッとくれば分かる」
「言うてたね」
「それが、それだ」
「なるほど…?なるほど」
「今回は割と特殊例ではあるが、まあ契約の手順とすれば、ビビッと来て相手にも同意を得て、名付けをして、終わりだ」
「名前な、分かった」
プチフェンリルと向き合うために何故か正座し直した。
「シンプルに『シルバー』」
「きゃんっ」
「なんかちゃう?そっかー、ほな『アルジャン(仏語の銀)』」
「きゃきゃん」
「なんで同じ意味て分かったんや、『わたあめ』」
「ぎゃう」
「『クラウド』!」
「くん」
「すごい、契約名にたぶん文句言ってる」
「我の次代ながらなかなか芯の通った子よの」
「え、普通は文句つけられへんの?!」
「まあ、大体は」
「えー!『シロ』!」
「がるる」
「我もそれはやめてやって欲しい」
「せやろな、ごめん」
プチフェンリルにクッキーを差し出しながらうんうんと悩むミッツ。
あげてもいいか、お義父さんに許可は貰っている。
「もしゃあむ」
「ぐっ、可愛ええ…うちのフウマの子犬時代見られんかったから余計にいとおしい…」
「シバだっけ?子犬から育ててないのか?」
「うん、フウマはな、多頭飼育崩壊…えーと一人の飼い主の元で犬やら猫やらを飼うてて繁殖し過ぎて、劣悪な環境でぎゅうぎゅうになった挙げ句飼育放棄された犬の一匹やってん。餌も満足に貰えんと推定3歳やった頃に保護されてうちで引き取ったんよ」
「なんだ…その奴隷のような…」
「どっちかというと虐待やな。決してただ平和なだけの国ではなかったからなぁ。もちろん動物保護団体もあるし、外国ではペット飼育の厳しい法律がある国もあるわ。というか奴隷やっぱりおるん?」
「今は奴隷禁止法があるが、裏でまだ奴隷の売買はあるらしい。全てが平和な世界はないということか…」
しみじみと語りつつもクッキーをあげる手は止まらないし、クッキーを食べる口も止まらない。
とりあえずグランドフェンリルからストップが入り、おやつタイムは終わった。
「ところでなんでフウマって名前?」
「日本には昔、『忍者』または『忍』という…えっと、密偵?諜報?あと暗殺とかを生業にしとった…そう、影の者みたいな仕事があってな。うちの弟が好きやったんよ忍者」
「ニンジャ、シノビ」
「その中でも著名な忍者は何人かおって、その中の一人が風魔小太郎…コタロー・フウマやねん。コタローやとよく名付けされてそうやからフウマになったんや」
「へー」
「まあ俺も忍者好きやねんけど」
プチフェンリルはミッツのクッキーを摘まんでいた指をあぐあぐしている。
サイもプチフェンリルのお腹を撫でている。
「じゃあそのニンジャから付ければ良いんじゃないか?ニホンにいるフウマとの繋がりということで」
「あー」
「他に有名なニンジャは?」
「え?えーと実在すんのも架空のもおるんやけど、服部半蔵、望月千代女、石川五右衛門…は忍者とも義賊とも言われとる、あと霧隠才蔵、百地三太夫、蜂須賀小六、加藤段蔵…」
「多いな」
「きゃわん」
「ん?どれかええのあった?服部半蔵?望月千代女?百」
「きゃん」
「百地三太夫?『モモチ』?」
確認のために呟いたつもりのミッツの言葉に、プチフェンリルの体とミッツの体が淡い虹色の光と淡い水色の光で包まれた。
やがて水色を強く帯びた虹色の光が収まると、特に変わらないプチフェンリルがお座りしていた。いや、心なしかちょっとだけ大きくなっている。気がする。
「きゃんっ」
「…え?!待て待て待て確定!?モモチで確定なんか!!?確認ボタンないんか!?キャンセルは!!?」
「きゃ?」
「モモチだな」
「モモチであるな」
「あん!」
「モモチか…まあええか、名前の響き気に入ったみたいやし。これで契約は終わりなん?なんとなくさっきよりモモチと繋がりがある気ぃもするけど」
「繋がりを感じるなら大丈夫。プチフェンリルのモモチは今日からミッツの契約神獣だ」
「そっか…これで俺も『獣使い』のほんまの仲間入りやな。よろしゅうな、モモチ!」
「きゃん!」
ミッツがモモチを抱っこすると、モモチは顔をミッツの胸元にぐりぐりと押し付けてきた。
また悶えていると、祠のシャッターがガシャガシャと叩かれていることに気付く。
サイがしゃがみこんで慎重に少しだけシャッターを押し上げると、しゃがみこんでいたハウダと目が合った。
「…えっと…どうも、ハウダ様」
「サイ殿、閉めきられた祠から光が何度も洩れていたと住民から聞いて飛んできたのだが今度は何が?」
「毎度俺たちが何事か起こしているかのような発言しないでください、と言いたいところですが…えっと、神狼王様の子供が生まれました」
「……………は?」
「ですから、御子が、生まれました」
グランドフェンリルに休憩の終了を告げ、サイはシャッターを開け放ち、祠から全員出てきた。
祠の下の広場には住民や拝謁者で入り乱れている。9割以上が獣人だ。
「えー神狼王様、お願いします」
「…うむ」
「今からげっそりせんといてください」
「…うむ。
聞くが良い。たった今、数百年かけて蓄積した我の魔力より次代のグランドフェンリルとなり得る者が生まれた!この者、プチフェンリルである!」
「「おおお!」」
「そして!渡り人ミッツとの契約が果たされた!」
「「えええ!」」
「ミッツ、後は頼んだ」
「はーい…」
ミッツはグランドフェンリルの横に並ぶと、とりあえず某ヒヒのごとくモモチを両手で掲げた。
ただでさえグランドフェンリルのような姿であるのに加え、ちょうど明光星が2つになりフェリルの真上に輝き、森に囲まれた広場に神秘的な光を注いでいる。
掲げられた白き狼の姿に、獣人たちは自然と片膝をつき、敬意を表していた。
「この子はプチフェンリル、進化を経て次のグランドフェンリルとなる者!名をモモチ!」
「モモチ様…!」「モモチ様か」
「モモチは俺が大切に育てる!えっと、一緒に見守ってくれたら嬉しいです!あと過干渉あかん!やで!モモチがストレスで禿げてまう!」
その言葉に獣人たちは拍手と理解の言葉を送り、これから先の渡り人の旅路と幼き次期グランドフェンリルの成長を願うのであった。
この事は神狼王復活に次いで、ここにいない獣人にも伝えられていくこととなる。
「(小声)サイ、あのな、百地三太夫って創作の忍で、高名な弟子育てたのにその内の一人に騙されて奥さんら殺された忍やねん…」
「(小声)……神狼王様とモモチには絶対伝えないでおこうな…」