62 天使という存在
「そういや俺、『天遣い』の冒険者には会ったことなんべんもあるけど、天使はちゃんと見たことないなぁ」
「あー、基本的に『天遣い』が見下してくるもんなぁ」
「もちろんパーティ組んどる人らもおるけどや」
「地元で幼馴染で、冒険者になる時の魔水晶診断で『契約者』が判明して、友情が勝つケースはもちろんあるからな」
「そうですわね。私は『獣使い』の執事や『非契約者』のメイドとも仲良くしていましたわ。叔父は典型的な『獣使い』嫌いでしたけど」
「サリヤさんも、天使と契約しとるん?」
「ええ、私は14歳で契約しましたわ!お見せ致しましょうか?」
「ええの?お願いしたいです」
サリヤはナジェロに一声かけて、サイとミッツを連れてビーマの家の横手にある空き地へと向かった。
「では喚びますわね」
「はーい」
「来てくださいまし!私の天使様!」
サリヤの前にキラキラとした虹色に煌めく靄が現れた。
靄は人間一人分ぐらいの大きさで、中から風が発生すると靄は晴れ、純白であるがやや小さめの羽を持った人間のような姿が現れた。少し幼い感じのする少年だ。
「こちら、私と契約して下さっている第三階級天使テン様です!
テン様、御用は無いのですがお喚びして申し訳ありません。天使様をきちんと見たことのない渡り人さんの為にお喚びしました」
「構わない。テンも渡り人を直接みるのは久しぶり。ちょっと嬉しい」
少し固い口調の少年天使テンはサリヤといくつか会話をし、ミッツに向きあった。
「渡り人。テンは第三階級天使のテン。宜しく、でいいのか?」
「俺はミツル・マツシマ。ミッツって名前でビショップ級冒険者やっとります。『獣使い』です、よろしゅう」
「うん。渡り人ミッツの体から神狼王の気配がする。神獣が力を授ける。すなわち獣に愛されているということ。理解した」
「えーと、天使さんは、獣は嫌いなん?」
「?そんなことはない。少なくともテンは獣も好き。悪魔も好き。同じ天使も好き。でも一番の好きはサリヤだ」
「なんというか…天使様も悪魔様も獣の皆さんも、特にお互いが嫌いということはなさそうなんですの。『契約者』がいがみ合ってるだけみたいですわ」
「なるほど、ますますモフモフカフェを作る気力が湧いてきよった」
「そうだなぁ」
ミッツは初めて見る天使をまじまじと眺め、この際だからと色々聞き、サリヤとサイからも説明を受けることになった。
またルーズリーフの出番である。
ざっくり天使といっても、階級が存在する。
地球でいうラファエルだのミカエルだの、そういう天使はおらず、〈良き隣人〉世界独特の天使階級があるらしい。
天使の階級は上から順に、特殊階級、第一階級、第二階級、第三階級、それ以下の下級、と分けられている。
天使は特定の条件下で階級が上がることもあれば、階級が下がることもあるらしい。
下級天使たちはあまり頭が良くなく、単純な言葉を話して単純な動作しか出来ないらしい。
第三階級天使は少し人間らしいというか、下級天使より心を持った存在。
第二階級天使は第三階級よりも更に感情豊かになった存在で、『天遣い』と友達のような関係を結ぶ者もいるらしい。
第一階級天使はほぼ完全に心を持ち『天遣い』に寄り添い、意見まで述べたりするほど頭が良いという。
「ふんふん。えーと、特殊階級ゆーのは?」
「特殊階級天使は現在、〈良き隣人〉の世界でも1体しかいない、準神に匹敵する力をお持ちの天使様らしいですわ。確かゴッド級冒険者の方が契約なさっていたような…」
「その通り。『天遣い』トップのキーラ・クリアノイズが契約しているよ。確か名前は…いや、これは本人に会った時の楽しみにしようか」
「サイとおったらほんまに会いそうやしな、楽しみにしとくわ」
楽しみが一つ増え、色々話も聞けたということで天使テンは帰ることとなった。
〈良き隣人〉世界にも物は持ち帰ることは出来るし、天使も飲食を娯楽とすると聞いたので、クッキーと飴とチョコを袋に詰めてお見送りをする。
「渡り人ミッツ。感謝。テンは甘いのとても好き。サリヤ。テン帰る」
「ええ!テン様ありがとうございます。またお喚びしますわ!」
「分かった。いつでも喚ぶ。テン来る」
天使テンは袋からチョコを食べ「何これうま」と呟きながら靄に包まれて帰って行った。
なんとなくこの瞬間に感情が増えたような気がするのはこの場にいる全員の気持ちである。そのうち階級が上がるかもしれない。
「…と、まあ、こんな感じですわね」
「はあ~、なるほど。勉強なりましたわ。これさっきテンさんに渡したんと一緒やねんけどどうぞ」
「あら、ありがとう。ナジェロと頂くわね」
「ナジェロさんまだ見てはるんかな」
ビーマの家前に戻るとナジェロはまだ刺繍を眺めていた。
クロスステッチ作品もじっくりと見て、ふむと頷き、フェリルの復活祭でグランドフェンリルが生やした花を刺繍したストールを広げて眺めている。
「あらやだ、このストールすごいわ。染めたらもっとすごいわね!」
「狼吼里フェリルの復活祭で見た花を刺繍したやつだな」
「せやで。我ながら上出来やろ!染色かぁ、それもええなぁ。今度染布買お」
【~~~*──】
「え、買い取りたい?流石にこんな大作簡単には売って貰えないわよ、諦めなさいな」
【──…】
ナジェロはちらちらとミッツを見、ミッツがさりげなく視線を反らし「今日も空キレイやなぁ」と言っているのを見、しょんぼりと諦めてストールを置いた。
ミッツもかなり頑張ったストールなので、しばらくは手元に置いておきたかったのだ。
その他の作品はナジェロが買える限り買って帰った。