59 ドワーフのマロノ爺
あれから1時間ほどで露店は切り上げることとなった。
毎朝売ると告げていたにも関わらず、今日買わなければもう一生買えないかもしれないという主婦の執念を感じたミッツが引き気味になったからである。
「いや、まあどの世界でもセールとか限定品って好きよな」
「そういうもんか?」
「そういうもんやで。俺も北海道物産展とかめっちゃ好き。せや、もうちょっとお昼やけどどうする?」
「うーん、いつもなら適当にどこかで分けて貰うか携帯食齧るか、そんなとこだがミッツ作るか?」
「もしここで作ってみ?自慢やないけどまた主婦の皆さん集まってまうわ」
「よし、裏小屋に戻ろう」
また主婦に声をかけられる前に、二人はビーマと母親に礼を言いそそくさと小屋へ戻って行く。
サイがウルスの様子を見に行っている間にミッツは昼ごはんを準備し始める。今日はフェリルの店で見つけて思わず買った小麦粉の団子らしきものを茹でている。ショートパスタみたいだけどこの国ではどう料理されているのか分からず、サイに聞いてから調理しようと準備も万端である。
とりあえず味見がてら一つ食べてみたが、もちもちした食感が食べたことある気もする。
「お、今日はノッキか」
「ノッキ?」
「茹でてるの、ノッキだろ?」
「ノッキ……これ、ニョッキか!なるほどニョッキかぁ!ショートパスタにしたら丸いなぁ思っとったしお団子にしたらもちもち少ないなぁ思ってん!」
「チキュウではニョッキというのか……いやこっちで訛ったのかな?ニョッキ…ノッキ…うん、なるほど。言葉の違いも面白いな」
「こっちやとノッキはどう食べられるん?」
「うん?茹でてパンの代わりに食べたり焼いたりしているが」
「味付け無し!?じゃがいもでも団子でももっとバリエーションあるで!?」
この後ミッツは急遽クリームソースとミートソースを作り出し、黙ってサイの前でノッキをぶちこんで煮込み始めた。
結果としてサイの好物が一つ増え、匂いにつられてやってきたウルスの好物も増えた。あと数日後のミチェリア商業ギルド販売のレシピも増えることになる。
「食事をありがとう。久しぶりに食べたと実感したよ…一人暮らしなもんで、餓死しなければ大丈夫とついパンと水だけで済ませたりしちゃうんだ」
「あかんで、栄養もしっかりつけんと。冷蔵庫みたいなんとかある?あるんやったらミートソースとか作りおきしとくけど」
「レイゾーコ?」
「おっとこれは生産系チートというやつの出番か…?」
冷蔵庫とついでに冷凍庫の概念を説明すると、村の奥に洞窟があり、その内部が天然の氷室となっているらしい。痛みやすい食材や職人が作った作品を冷やし固めるのに使われるそうだ。
洞窟入り口は野生動物や盗難防止の罠が仕掛けられており、氷室にも各家庭分の壁を土魔法で作っているため、しっかり自分のものを管理出来ている。
「ほな、氷室ない村とかはどないしてんの?」
「痛みやすいものは早く食べる。あとは氷魔法とかだな」
「あー…生産系チート不発。この話は終わりや」
「いや魔力が少ない者もいるし、家にそのレイゾーコとレイトーコがあると便利だ。いちいち氷室まで行かなくて済むし魔力の節約にもなる。ちょっとその説明、マロノ爺に伝えて来て」
「どちらさん?」
「ああ、ナルキス村で唯一商業ギルドに行くことのある職人兼代表のドワーフだ。魔道具職人でもあるが、俺は直接依頼したことないな」
「マロノ爺も喜びそう…ちょっと3日前からスランプになったらしいけど、渡り人の話なら喜んで聞いてくれるでしょ。あ、お酒とか持ってる?」
「やば、料理酒しかないわ」
「俺は持ってるけど…ドワーフに通じるかどうか」
「僕の合言葉みたいなものだよ、お酒があればいいのさ」
「なるほど、行くぞミッツ」
また工房に籠りに戻ったウルスを見送り、サイとミッツはまた村へと歩いていく。
ビーマの家を通り過ぎ、染色職人らしく表で彩り豊かな布を干す家や陶器を表で破壊している職人を見つつ村の入り口へと向かう。陶器破壊は良いストレス解消になりそうだなとミッツはこっそり思った。
そうして着いたマロノの家は村の入り口すぐ横にあった。代表の家だからかなかなか立派な、他より少し大きい家である。
扉を叩くと赤髪の体格がいいドワーフが出て来た。
「失礼、マロノ殿。冒険者のサイと申します」
「ごめんください、同じく冒険者のミッツて言います」
「なんじゃ、お主ら冒険者露店のか。俺の嫁さんも色々買いに行ったらしいが何の用じゃい」
「弓矢職人のウルスから言われまして」
「異世界の技術の話、聞きません?」
「聞く。入れ。あ、酒あるか?」
「酒は取るんや……」
「はいどうぞ。冒険者の混成酒ですが一応『あたり』です」
冒険者ギルドでも売っている気付けの『薬用混成酒』を渡すと素直に中へと案内してくれた。
薬用混成酒はギルドの酒場で余った酒を色々と混ぜている、地球で言うとちゃんぽんしている酒である。良い組み合わせの混成酒は『あたり』、吐くほどアルコール度がきつく不味い混成酒は『はずれ』と呼ばれている。
ミッツも予想している通り、ドワーフは酒が大好きで、酒であれば『あたり』でも『はずれ』でも飲むがやっぱり旨い方が嬉しい。
「改めて、俺はマロノ・クディムじゃ。皆からはマロノ爺と呼ばれておるからそれで良いぞ。堅苦しいのもいらん」
「改めて、ゴッド級冒険者のサイ・セルディーゾだ」
「ミツル・マツシマ、やけどミッツで活動してます。つかドワーフは姓あるんや」
「ん?ああ、エルフに姓が無いとは教えたもんな」
「俺らドワーフも昔は姓が無かったんじゃがな。戦争で先祖のドワーフが散り散りになってしまって、根付いた土地に合わせていつしか姓を名乗るようになったとか。俺の場合は嫁さんと結婚した時に嫁さんの姓を名乗ることにしたんじゃ」
マロノが奥に声をかけると、人間族の女性がお茶を運んで来た。
この世界では平均的な身長の、おっとりとした中年の女性である。
「俺の嫁さんだ」
「初めまして…いえ朝にお会いしていますね。マロノの妻のマーナ・クディムです」
「人間族なんやね」
「今の時代は異種族での結婚が許されとるからな。もちろん異種族結婚を異端とする種族や土地はあるから気をつけい」
「分かった、おおきに!」
お茶をすするとマロノが本題に入る。
「で?何しに来たんじゃったか」
「冷蔵庫と冷凍庫の説明をしに」
「レイゾーコ?レイトーコ?何じゃそれ、魔物とその亜種か?」
ミッツは先程ウルスに説明した内容をより詳しく話し始めた。