45 お邪魔しますよ狼吼里フェリル
昼ごはんを済ませ、しばらく歩いておやつを食べたところでポメル専用冒険者体験は終了となった。
まだ冒険は物足りなさそうではあったが、ある程度は満足しているようだ。
「では…来い!『八脚大馬』」
光が弾けて、3人の前に大きい8つの脚を持つ馬スレイプニルが現れる。ミッツによるとばんえい馬サイズ。
黒くどっしりとした面構えでサイを見ると鼻をふんっと鳴らして何かを催促している。
「あっ。ミッツ、リンゴちょうだい」
「ええけどサイも持っとるやろ?」
「時間の経ったリンゴと瑞々しいリンゴなら瑞々しいリンゴの方がいいだろ」
「ああ、スレイプニルにおやつ?ほい」
リンゴをむしゃむしゃとちゃっかりおかわりも要請して3つ食べるとスレイプニルは満足したようにその場で伏せた。
それを見てサイはポーチから鞍のようなものを取り出す。
「それ何?」
「魔導馬鞍。馬のサイズや乗る者によって大きさが変わる魔道具だよ」
「ほーん…え、何人乗り?」
「馬にとって乗れる人数まで。スレイプニルは人族であれば5人まで余裕だ」
スレイプニルの一番前にポメル、真ん中にミッツ、後ろにサイが乗る。
サイが手綱を握り、ミッツにポメルをしっかり抱きしめさせると、スレイプニルは勝手にいくつか魔法を展開させる。
「なんでこのスレイプニル様は魔法を展開させたんですかねサイさん」
「ミッツさんそれはね、走れば分かるさ」
「え、何」
「さ、飛ばすぞー。それっ!」
スレイプニルは助走をつけると、勢いよく街道を駆け抜け始めた。パカラッパカラッとかそんな可愛い感じではなく、ドドドドと攻撃でも受けているかのような地響きを立てながら。
乗せた者を振り落とさないよう、そして風の影響を受けないようにするための『スレイプニルによるサービス』の魔法展開だったようだ。ただし振動対策のサービスはない。この世界で馬に乗ることはやや日常的なことなのである程度は皆慣れているのだが、ここに一人全く馬に乗り慣れていない異世界人がいる。
もう一度言うが、振動対策はない。
走り始めて1時間後、尻が早くも限界を越えたミッツが小休憩中に無言無表情で学生鞄から出した綿と布で黙々とクッションを縫っていた。この後の休憩でもクッションは改良され、その次の休憩でクッションが増え、サイとポメルにも配られることとなった。
スレイプニルが走り休憩を挟むこと、およそ4時間。
宵待星が沈んで闇告星が出た頃、森の中に光が見えてきた。
「見えた!あの光、狼吼里フェリルだ!」
「わー帰ってきたー!はやーい!」
「ミッツ!生きてるか?」
「尻は死んだ」
「生きろ。ここから歩くから。流石にこの状態だと馬上で人質取った誘拐犯と思われかねない」
「おう…」
スレイプニルが伏せると真っ先にぐったりとしたミッツが転がり落ちる。
サイが降りてポメルを抱えると、スレイプニルがもひもひとミッツの髪を食んでリンゴを催促する。お別れということでリンゴとブドウを提供するとスレイプニルは満足げに鼻を鳴らし、帰還していった。
ミッツが少しだけ回復すると、一行はフェリルの入口に向かって歩き始めた。
「…若様…?若様だ!!おい誰か領主様に通達!若様…と誰だ?!」
「誘拐犯の一味か!?」
「おのれ逃げ切れないと若様を盾に金銭を要求しようとするとは!」
「歩いても誘拐犯に間違えられとるやんけ」
入口の門にいた門番たちが騒ぎ始め、門の中からも私兵や冒険者がぞろぞろ出て来た。皆殺気立っている。全員に共通するのは何かしらの獣人という所だ。
「ポメルだよー!今帰ったよ!この人たちは僕を助けてくれた冒険者さんだよ!みんな怒っちゃだめ!」
「何?助けて…!」
「領主様に通達追加!若様をお救いになった勇敢なる冒険者が2名!急げ!」
「失礼しました!ささ、ちょっとこちらへ」
瞬時に掌返しをした門番たちはフェリルの入り口横にある詰所へと案内をし、一応事情聴取を行う。
「俺はサイ・セルディーゾ。ゴッド級冒険者でポメル…様の誘拐犯を捕まえた冒険者の一人だ」
「俺はミツル・マツシマ。ビショップ級冒険者でポメル…様を最初に保護した冒険者や」
「おお…!よくぞお救い下さいました!一応身分を確認次第、狼吼里フェリル内へとお通しさせて頂きます!」
ミッツが久しぶりにフルネームを名乗り冒険者の身分証明である魔石を見せた後、先に通されていたポメルと合流した二人は狼吼里フェリルへと足をようやく踏み入れた。
直後、目の前でスリップしながら急停車したダルダット侯爵の紋章入り馬車から執事のような格好をした羊系獣人が転がり出て、泣きながら問答無用で3人を馬車に詰め込み、どこかへと連れて行かれることとなった。