42 大蛇と人の友情
結局冒険者たちは「ちょっと…この蛇…いや蛇様と一晩一緒は…」と怯えたので冒険者は野営地全体の見張りを交代ですることにし、ルージュバジリスクがとぐろを巻いて私兵もどきたちを睨みつけることとなった。そうしている間に明光星が出て朝を迎えた。
もちろん私兵もどきたちはルージュバジリスクのまばたきをほぼしない瞳が恐ろしくて一睡も出来ず憔悴し、ルージュバジリスクを気に入って一緒に見張っていたタレゾは別の意味で一睡も出来なかったがとても元気だった。ちなみにルージュバジリスクは単に『この人たちは何をしたんだろう?悪いことしちゃったのかなぁ、悪いことはいけないんだよ!』という純粋な思いで眺めているだけである。
「おや、サイ様にミッツ様、おはようございます。誰も逃げてませんし、ルージュバジリスクくんも大人しかったですよ」
「シャー!」
「おはようタレゾ。そう言える奴なかなかいないからすっかり懐いてるな」
「おはようさん。うわーほんまにでっかい蛇やな…」
「シャァッ!シャウ!」
「なんて?」
「今のは『おはようございます!ちゃんと見張りできました!ふんす!あっ初めましての人ですね!』てとこですかね」
「シャシャー」
「なんで簡易契約者の俺より解ってるんだよ。お前も頷くんじゃない。ミッツは…思ったより怖がってないな、チキュウにはでかい蛇いたのか?」
「いやここまで大きいんは…。でも爬虫類カフェとかもあったし、ちっこい蛇なら首巻いたことあるわ」
「何でもあるなチキュウ」
何故かとても打ち解けているタレゾとルージュバジリスク。
鱗まで撫でて本契約まで行きそうな雰囲気に一応サイは契約するか聞いてみたが、タレゾは『非契約者』であるため、これ以上ないぐらい悔しそうにしていた。歯を食い縛り過ぎて唇から血を出し泣いているのは多分気のせいではない。
「…まあ、契約しなくても仲良くなるケースはあるしな。うん。ルージュバジリスク、『しばらく護衛するように』」
「!!!」
「シャ!」
「いいんですか?!」
「契約出来るかどうか…こればかりは相性だもんな。友情くらいは結べるんじゃないか?友達になっていいと思うぞ、ルージュバジリスクの合意も必要だが。
その場合はミチェリアでまた会った時にルージュバジリスクの簡易契約を消して、その場で双方合意してくれたら一緒に過ごせるだろう。それまではお試し期間というやつだ」
「シャー!」
ルージュバジリスクは頭をタレゾにすりすりと擦り付けている。角度によっては襲われてるように見えなくもないがタレゾはどこか幸せそうだ。
「こういうの、ありなん?」
「簡易契約が出来て双方の合意があれば、まあ有り。『天遣い』の貴族でも幻獣のコットンシープを『獣使い』に頼んで意思疎通を図った上で愛玩目的で飼う、なんてこともあるし」
「なるほどなぁ」
のほほんと蛇と人の友情を眺めていると、憔悴していた私兵もどきがちょっと元気になったようだ。
「あっ?!お前昨日俺らを捕まえた冒険者!あの女冒険者はどこだ?!」
「そうだそうだ!セヌーヨ男爵なんていないじゃねぇかよ!」
「知るかよ、お前らが打ち合わせしてないのが悪いじゃねえか」
「そうね、ソンザーイ・セヌーヨ男爵は記憶の彼方に消えてしまったのよ」
「…ん?その話し方…?」
「…お前…女冒険者に似てるな…?」
「……」
無言で鞄からウィッグを取り出し頭に乗せ、スマホを操作して変声魔法を発動する。
【おはようあんたたち、昨日のセヌーヨ男爵ご子息は見つかったかしら(裏声)】
「てっ、て、てめえ!!」
「嘘だろ?!!お前、お前!男!?こいつの純情を返せ!」
【えっ何?タイプやった?ごめんな俺そういう趣味ないねん(裏声)】
「ミッツ、素が出てるぞ」
【ほんまや、戻そか(裏声)】
変声魔法を解除すると叫んでいた私兵もどきは疲れたように静かになっていた。心なしか一人は泣いている。儚い時間であった。
「なんやかんやあったが、この場にいる誘拐犯は全員捕まえてまだ逃走を許してない。ここからどうするか…一番近い町はミチェリア。誰か戻ってこいつら引き渡していいよって奴ー?」
「我々商業ギルドは王都へ向かう予定ですし…」
「俺たちも王都へクエスト中だ」
「俺たちはナルキス村へ向かいたいし…」
全員来た道を戻る気はなさそうだ。クエストは期限があるためこのまま向かって貰うことになる。
「…サイ様、急ぎの旅ではないのでしょう?」
「俺たち40人も詰め込みる馬車持ってないし。ところで都合よくこの野営地には割と大きい商業用の馬車があるな」
「あれには商売道具を積んでるんですよ。貴方なら大型の幻獣でも複数呼べそうですよね?」
「まあそうだが」
「なら…」
「そうか…それは残念だ。ルージュバジリスクの簡易契約を解除し」
「全力でミチェリアへ引き返させて頂きます!これは事件ですので最寄りのミチェリアへ早くお知らせしないとね!私は巻き込まれた形ですのでミチェリアでしっかり精神療養しないと!」
「うむ、ありがとう」
脅迫などなかった。あったのは穏やかな交渉だけである。