39 誘拐現場24時
「ちゅーわけで、なんとか連れてきた、ポメル・ダルダットくんです。俺のことはもう自己紹介済みや」
「ごめんなさい…」
「まさか誘拐の真っ最中とは…」
あの後すぐ、風魔法を駆使して貴族側の灯り火を全て消し、騒然となった私兵たちの横でポメルを俵抱えにして忍び足ダッシュしてきたミッツは天幕に入るなり入り口をぴったりと閉め、サイに防音魔法と気配隠蔽魔法をかけて貰ってから「いや俺悪ないからな」と報告をした。
「ダルダット侯爵家……ああ、狼吼里フェリルの獣人貴族の」
「そう。そのフェリルから連れられてきたの」
「ふむ、冷静なのはいいことです。紹介が遅れましたがポメル様に直接お会いしたことはなかったのですが、ダルダット侯爵邸には行ったことがあります、『獣使い』のゴッド級冒険者サイ・セルディーゾと申します。ポメル様以外にダルダット侯爵家で誰か襲われたり、フェリルで被害などは分かりますか?」
「様も敬語もいらないよ。誘拐は僕だけ。僕が色々きいちゃったから…他に被害はないと思う」
ポメルの話を纏めるとこうだ。
普段通りに狼吼里フェリルにある侯爵家の屋敷で過ごしていたポメルは、物置部屋から物音が聞こえたので様子を見に気軽に入った。中には密談をする知らない大人と屋敷のメイド長がおり、隠れて聞いているとどうもとてもきな臭い話をしており、こそっと出て行って家族に伝えようとした所を見つかった。
頑張って談話室まで逃げたものの、家族の目の前で捕縛され、怒り狂った侯爵の攻撃魔法を受けつつもメイド長たち裏切り者一行はポメルを侯爵家所有の馬車に押し込み、1日かけてここまで来たらしい。
馬車から獣人対策の強烈な臭いをむやみやたらに撒き散らしたらしく、おそらくフェリルから馬車の匂いだけを追うのは困難だと考えられる。
「ああ、ミッツ。狼吼里フェリルは獣人や動物が多く住む里ね」
「なるほど。俺にとっての楽園ね」
「?お兄ちゃん、フェリルを知らないの?」
「あーこいつは1ヶ月前に来た渡り人なんだよ」
「渡り人!?すごい!」
「俺はただよう分からんまま来ただけやねんけどな…。ポメルくん、お腹空いとらん?シチュー食べる?あっチョコレートドリンクのがええかな…」
「待てミッツ、チョコレートは飲み物になるのか?防臭魔法も張るから俺にもくれ。ポメルさ…ポメルくんもちょっと待ってしっぽ振らないで落ち着いて」
初めて聞くものに興奮してしっぽを全力で振るポメルを落ち着かせ、しっかりと匂いが天幕から漏れないようにしてからミッツがささっと作ったチョコレートドリンクをサイとポメルが啜る。
その横でシチューの残りを温めていると、ふと疑問に思ったことを二人に訊ねる。
「なあ、獣人って俺なんとなく分かっとるつもりなんやけどさ、タマネギって大丈夫なん?」
「?大丈夫だが?」
「いや、地球の犬猫はタマネギとチョコレートあげたらあかん………あっ」
「…飲んだな」
「飲んじゃったよ」
「………なんか異変あったらこっちのお兄さんに言うんやで」
「俺かい。でもタマネギは大丈夫だと思う」
「そうなん?それにしても…緑のタマネギなんて案外綺麗なんやな。炒めて一層緑になるとか不思議やったわ」
「「ん?」」
不思議そうな二人に、地球の一般的なタマネギは白くて炒めると半透明になるのだと伝えると、サイとポメルがすごい顔をした。
「偽タマネギか。チキュウは修羅の世界か何かか?」
「え、ちゃうけど、偽タマネギ?」
「外皮はタマネギと同じで茶色いが、剥くと白く、切ろうとすると目に呪いをかけてくる恐ろしい植物だ。タマネギに似ているから偽タマネギと言われてる。確かに偽タマネギは動物も獣人も駄目だし、人族も食べられるが無理して食べるのは飢饉の時ぐらいじゃないか?呪いがかからないタマネギがあるんだしわざわざ食べる奴はいないぞ」
「いや…地球に緑のタマネギなんてあったかな。とりあえずその呪いは呪いちゃうで。説明は出来んけど、地球では科学的に解明されとる、こう……タマネギの防御反応みたいな」
「…野菜ひとつ取っても、色々あるのだな」
「とにかくどっちのタマネギも味は変わらんのやし、緑のタマネギが食べられるんやったらどうぞ!ミルクスープにとろみつけたみたいな料理やでー」
「わあ!」
ポメルがシチューを頬張り終わる頃、外が騒がしくなってきていることに気付く。
短剣を構えたサイを制して簡単に質問をし、学生鞄を漁ってある物を身に付けスマホを手に取ったミッツが、この場をひとまずやり過ごすように取った行動は
「おい!貴様ら!冒険者二人が中にいるということは分かっている!子供を隠しているのではないか!?」
「我々はとあるご子息を護衛している私兵である!他は調べたぞ、あとは貴様らの天幕だけだ!防音魔法なぞかけよって怪し…」
【うっさいわね!またあんたたち?!そりゃ誰だって夫婦の営みなんて聞かせたくもないし聞かれたくもないわよ!今ちょっと脱ぎかけなんだけどそれでも見せなきゃいけないわけ?!(裏声)】
「うわっさっきの方だ!女性じゃないか!あの冒険者め男二人などと嘘つきやがって…!」
【失礼しちゃうわね、女に見えないの?(裏声)】
「度々申し訳ありません!でもさっきの子供をまだ探してまして!中を調べさせて頂きたく…」
【仕方ないわね、3分待ちなさい(裏声)】
さっきの女冒険者寸劇の続きだった。
今度は天幕から直々にウィッグを被ってのご登場である。