38 子供と私兵のかくれんぼ
「野外で食べるシチューうまー。我ながらええ出来!」
「ミッツ料理上手いもんな、シチューはこの前初めて食べたけど。今度また何か作ってくれ」
「ええでー。まあこっちの具材全然知らんのもあるけど、ある程度なんとかなるもんやなってつくづく思ったわ」
天幕の外、夜空の下、小さい焚き火を作って鍋を温めながら食べるサイたち。
周りでそわそわお裾分けを期待する冒険者たち、お裾分け期待しつつレシピも欲しい商人たち、遠くから虚無の目で見つめてくる私兵、三者三様の視線をものともせずのんびり食べながら会話を進める。
「あのさ、サイ」
「んー?」
「…トイレってその辺?」
「あ?あー、うん。そうか、野宿初めてだもんな。…チキュウではトイレも至るところにあったのか…?」
「そういうわけやないけど、基本的に生活圏やったら色んなとこにあったかな…。でも山に住んどる人とかは自分らの家にしかトイレないんちゃうかなぁ」
「まあいい。あそこ、野営地奥にちょっと壁で囲まれた場所あるだろう?あれがトイレの代わり。貴族も庶民も男女関係なく使わざるを得ないが、女が入ってるかもしれないから一声掛けてから入った方がいい。留守番しておくから行って来な」
「………うん…」
地球の中でも衛生水準が高い日本に住んでいた、ある程度不衛生に慣れているミッツも流石に壁で区切られただけのスペースのトイレは初めてで、しっかりハンカチとポケティと自分のスマホと自尊心を持って、野営地の奥の真ん中に存在する囲いに向かうのであった。おそらく今一番ポケティの魔道具化に感謝している。
しっかり水で手を洗い戻ろうとしたミッツは、貴族の馬車側の物陰に蹲っている人影に気付いた。
どうやら子供のようで、 貴族側にいるし、フード付きポンチョも何となく上等ということで関わらないようにした。つもりだった。
「待って!」
「ぐえっ!!!」
子供はものすごい勢いでミッツのコートをひっ掴み、ミッツも止まらざるを得なかった。首絞まってるし。
「あっごめんなさい…」
「えーと、すぐに謝れるんはええことやな。ボク、どないしたん?迷子…なわけないよな。馬車はあっちやで?」
「違うよ、あのね」
「うん」
「えーと、お手洗い…ついてきてほしいの」
「…うん?あの私兵さんは?」
「だ、ダメなの!」
「なんで?…そういやなんか私兵増えてきとるな、誰か探しとる?」
「!とにかくお手洗いに!」
小声で言ってきて必死にコート引っ張る子供。
とりあえず訳がありそうだと、トイレに入って子供をコートで隠す。
動かないように言ってからスマホに何か指示を飛ばしていきなり肩を露出させた、と同時に私兵が二人トイレに入ってきた。
「あのガキいたか?!早く見つけ出せ!」
「坊っちゃん~?俺ら怖くないですよ~ここですか~…」
【きゃーっ!!!何よあんたたち声掛けしなさいよ!乙女が入ってるって可能性考えないの?!(裏声)】
「えっうわっ!し、失礼しました!おい女性入ってた!一旦出るぞ!」
「えっあっ失礼しました!冒険者に女がいたのか…そういや新しく二人冒険者が野営地に入ってきてたな」
「本当に失礼しました!あの、子供を見かけませんでしたか?!10歳ぐらいの獣人の子なのですが」
【子供?知らないわよ、私今からここで男共に見られたくない洗濯する予定だったんだもの!ほんと信じられない!貴族の私兵ってデリカシーないのかしら!(裏声)】
「本当に失礼しました…どうぞ…えっとごゆっくり…?」
【私今から洗濯するから、そっちのお仲間にも10分は入らないよう伝えてちょうだい!ああもうやだやだ!(裏声)】
私兵たちは肩をはだけていた『女性声の冒険者』をあまり見ないように壁を出て行った。
冒険者はスマホに『声戻して』と言って元の男の声に戻り、コート越しに子供へ小声で話しかける。
「…っぶなー。スマホ持ってて良かったわ…つかボイスチェンジャーいけるん…これ魔法になるんやな、試してみるもんやわ。で、ボク、追われとるん?」
「…うん。えっと、お兄ちゃん?お姉ちゃん?」
「まごうことなきお兄ちゃんや。で、ボクどこの誰でどうなっとるん?」
「僕、僕ね」
子供はもじもじしながら、でもはっきりと小声で身分を明かし、コートと自分のフードを取った。
「僕は狼吼里フェリルを治めるダルダット侯爵家次男、ポメル・ダルダット。犬の獣人だよ。えっと、いま、誘拐されてます」
フードの下の頭にはふわふわの犬耳が生えていた。