34 ビショップ級になる渡り人
マンティコラ討伐…と五目鹿討伐から約1ヶ月が経過した。
あのマンティコラ討伐代とギルド素材買取金は仮パーティを組んでいたサイたちに振り分けられた。最も、二人共欲しいものがあるわけではないのでとりあえずまとめてサイのギルド口座に預けている。
尚、五目鹿の素材もギルドに買い取って貰い、肉はミッツが調理した。ギルドの調理場を借りて試行錯誤したミッツ曰く「牛に似てる…かもしれん…?」と色々作り、最終的には五目鹿のローストに落ち着いた。量も多かったのでその場にいた料理人と冒険者に振る舞い、大好評だったおかげでミチェリア冒険者ギルドの食堂のメニューが一つ増えた。
「ナビリスちゃーん!帰ったでー!あの依頼完了やー!」
「あらーやっぱりミッツさんでもこのクエストは無、ぅえええええ?!本当にミッツさんだけで成し遂げたんですか?!サイさんでも駄目だったあの、永久に誰も出来ないだろうと言われた領主直々の迷依頼『ミチェリア偏屈婆の立ち退き案件』を?!」
「うん!今日別クエストのサイにも『……あの不屈婆か…まあやれるだけやってみろ…』て言われたから覚悟決めとったし、くっそ面倒な婆さんやったけど…まあ何とかした!これ領主さんのサインね」
「ほ、本当に領主さまのサインと御礼の言葉だ!よくぞ!よくぞやってくれました!一生ダメかと思ってましたよこの案件!」
ナビリスもすごく喜ぶ今日の依頼は、この30年誰も達成することのなかった干されかけの依頼である。
内容は『新しい必須施設を作るために町の領主が立ち退きを要請し代わりの住居も用意しお詫びもたんまりあるにも関わらず、30年ずっと立ち退きを拒否し続ける老婆の説得』である。
簡単そうに見えるし老婆も随分な歳であり最悪実力行使すれば大丈夫だろうと思われた。
が、老婆が想像以上の魔法で冒険者や兵を撃退したことによって調べた所、エルフの血を遠縁に持つかなりの魔法の使い手であることが判明。『契約者』であるかも不明、年齢不明のためいつ寿命が来るのかも予測不能。
キング級・A級以上の冒険者であればおそらく実力行使可能ではあるものの、そんな説得のために受けるような冒険者もおらず、ミチェリアに来た時に暇潰しとして受けたゴッド級冒険者がとぼとぼ帰ってきて『とても 厄介』とコメントを残した。冒険者最強の一人が厄介とするこの依頼は、ミチェリア初の『違約金が発生しない、クエスト失敗でも冒険者として傷はつかない』唯一のクエストとなった。
この30年間下級冒険者が試しに依頼を受けそして失敗してきた、非常に厄介な案件であった。老婆についたあだ名は『地縛婆』『あの婆』『偏屈婆』その他である。ろくな名前がついてない。
「うっそだろ?!あの渡り人やりやがった!」
「マジか!冒険者引退するまで絶対達成されないと思ってたぞ…!」
「あいつ…裁縫だけの冒険者じゃなかったんだな」
「たりめーだろ渡り人だもんよ、んなこと言ってるとお前の奥さんにぶん殴られっぞ」
「渡り人でもまさかあの婆がなー」
「俺ビショップ級の頃あの婆に髪の毛刈られて坊主にされたわー」
「俺なんて空中に固定されてケツ叩きされたぞ」
「俺はポーン級の時先輩に無理矢理連れてかれて婆と目があった瞬間組み敷かれて貞操が危うかった…」
「「こわっ」」
このように、被害は数十件では収まっていない。いなかった。現に一人トラウマを植え付けられている。
悪夢に終止符を打ったミッツは、このクエストを機に冒険者たちに本格的に受け入れられることとなる。
「えーと、この依頼は元々高ポイントですし領主さまからのポイントアップ推奨もありますので…おめでとうございます!ミッツさん、ビショップ級に余裕で昇格です!一人前の冒険者さんですよ!」
「やったー!」
「あら、すごく嬉しそうですね。いや分かりますけど。なんたたって一人前ですし!」
「それもあるんやけど、ビショップ級になったらってサイと約束しとることあってな」
「ん?」
「ちょっとな、俺の武器を作って貰いに旅行行くねんて!」
ミッツは年相応の笑顔で言い切った。