32 最強の一角のちょっとした友達
光が落ち着くと、サイの隣にマンティコラより少し大きい竜が現れた。
淡い草色の艶やかな鱗に覆われた身体と翼をゆったりと動かし、優しげな深緑の瞳をゆっくり瞬きしながら竜はサイを見る。
「簡易契約、応じてくれてありがとう。『グラスドラゴン』」
「構いません。今ちょうど木竜の里に押し入った密猟者共を木箱に詰めて河に投げ入れて落ち着いていたところです」
「まーた密猟者出たのか」
「最近落ち着いていたのですがねぇ…おやなかなか大きいマンティコラ。新しく出来たお友達です?」
「なりたくもない」
「ふふ…、討伐ですね?でもそちらの人間のお友達は後でご紹介下さいね?」
「ああ、とりあえずかましてくれ!『竜の咆哮』!」
「言われずとも!」
グラスドラゴンは口を大きく開け、マンティコラに向かって大きく吼えた。
ただ吼えているだけではなく咆哮に乗って濃縮された魔力が叩きつけられ、マンティコラはそれだけで及び腰になる。
「おお!めっちゃ引いとる!」
「なかなかの時を生きたマンティコラでしょう。が、この程度でしたらサイが本気を出す必要もありませんね。ワタシが少し本気出すだけで充分です」
「そうか、適当に討伐してくれ」
「ワタシもあの臭いは嫌なので…では適当に」
グラスドラゴンはその場で脚を踏み締めると、また口をぱかっと開ける。
口に緑色の炎が灯り、瞬く間に大きな緑色の火の玉が出来る。
マンティコラは流石にやばいと感じたのか、踵を返して走り去ろうとする。しかしグラスドラゴンの火の玉の完成の方が早かった
「『翠炎放射』」
口に火の玉を集中させながらどう発音したのかは分からないがミッツには技名が聞こえた。
聞こえたと同時に緑の火の玉が弾け、放射状になってマンティコラを襲った。
不思議と森に延焼することなく炎はマンティコラだけを呑み込み、マンティコラは一声も上げることなく絶命した。
「ふー…、たまには魔法を放つのも悪くないですね」
「少しはストレス発散になったかな?なら良かったよ」
「火ぃやのに草とは…?まあええか、助かったんやし。おおきにグラスドラゴンさん!」
「いえいえ、サイのお友達さん。『獣使い』の方ですか?」
「せや!『獣使い』で渡り人のミッツて言います!」
「渡り人!これはこれは珍しい。ワタシはしがないグラスドラゴンです。どうぞよろしく」
グラスドラゴンが長い首で丁寧にお辞儀をし、自己紹介をする。
グラスドラゴンにグラスドラゴンだと言われたミッツは少し困惑する。
「んん?名前ないん?」
「シルフのことだって風妖精って呼んでただろ」
「あっほんまや」
「名前はあるだろうが…『獣使い』の場合、その名前を呼ぶ、もしくは名前を付けるとちょっとな…」
「名前が付けられてしまうと、ワタシはサイの気軽なお友達ではなくなっちゃいますからねぇ」
「そうなん?」
「ああ、本契約になってしまう可能性がある」
『獣使い』は動物・神獣等と契約を結ぶ際に、相手に名前を与えることを基本とする。
特に話せない種族であると、名前を与えた瞬間から契約が果たされることになる。グラスドラゴンのような話せる種族であれば、元々名前が付いていることがあるのでその名前を知ること、もしくは新しい名前をつけることで契約は結ばれる。例外もあるが。
「普通の『契約者』は1人に対しておよそ1体の契約しか出来ない。天使も悪魔も同じだ。契約が結ばれると基本的に破棄はお互いの同意がないと出来ない」
「へー……でもサイはシルフとブラックドッグとグラスドラゴンを…?」
「俺は色んな動物・神獣・精霊と知り合って、『ちょっと有事の時だけ呼ぶから手伝ってくれるか?』『いいよー』という、ゆるい契約…簡易契約を結ぶことが出来るんだ。こいつらはほんの一部分。普通の『契約者』はそんなこと出来ねーから実質簡易契約出来るのは俺だけだ」
「サイと簡易契約を結んでいるのは…ワタシも含めて200体は超えてますよ」
「えっ、ずる!」
「出来るんだから仕方ねーだろ。ちゃんと普通の契約も出来るし。そいつらは追々紹介する」
「おお…最強の冒険者さまの本契約…。楽しみにしとくわ」
グラスドラゴンとはここでお別れになるが、今後ともよろしくという気持ちを込めて地球のお菓子を大量にお土産に包んだ。おもてなしの心である。
甘味はどのドラゴンも好きだということで大喜びのグラスドラゴンだったが、これが後のミッツの契約に多大な影響を及ぼすこととなる。
グラスドラゴンも何も気づかず、呑気に里の縄張りへ帰ってからクッキーを頬張るのであった。