30 五目鹿の討伐
風下になる茂みから様子見する二人。
地球でいうところのヘラジカサイズの五目鹿は額に3つの目が加わった鹿で、呑気に草を食べている。
「いいか?動物相手だと、まず匂いで気づかれにくくするために風下に隠れる。次に隙を伺う。攻撃出来そうならそのまま攻撃。出来ないなら待機だ」
「ふむふむ」
「五目鹿は基本的に大人しいが、流石に攻撃されると角で反撃してくる」
「ヘラジカのツノで」
「ヘラジカはこちらで聞いたことないが、そのツノで。魔法でコーティングしながらこっちに突進してくる」
「怖」
「でもミッツなら命中率もいいから気付かれずに一撃で討伐出来るかもな。五目鹿は皮膚が薄いから、狙いは頭か首だ。自信がないなら動けなくするために脚」
「やってみる」
スマホを耳に当て、五目鹿の様子をしっかりと伺う。
「…今や!『ヘラジ…』ちゃう、間違えた、『五目鹿の首に向かって水斬』」
「ヘラジカに引っ張られ過ぎじゃないか?」
ミッツが魔法を放つ直前、突然何かに反応して慌てたようにキョロキョロする五目鹿。
そこへ鋭利な風の刃が五目鹿の首に直撃し、ゆっくりと首がズレつつ五目鹿は地面に倒れた。
「これでこの森の鹿の生態は守られた」
「意外と深刻な問題なんやなぁ」
「ミッツは…もう仕留めるのは大丈夫そうか?」
「心苦しいんは変わらんけど…嫌っててもしゃーないし。人相手とか喋るのとかが相手やったら…ちょっと無理かもしらへんけど」
「まあ…慣れない冒険者だっているから大丈夫だろ。それに…チキュウに帰れるんならいらん殺生はしなくていいだろうよ」
「…せやな」
今回の依頼は討伐と死体を持って帰ることなので、解体はせずにさっさとストレージバッグ(ギルド貸与品)に五目鹿を入れる。あとは窓口に提出するだけだ。
「それにしても、この鹿めっちゃ勘良かったんやな」
「ん?何故?」
「俺が一撃当てる直前、キョロキョロしとったやん。気付かれとったんやなって」
「……」
サイは難しい顔をして少し考える。
五目鹿は鹿を連れ去ることには執着はするものの、普段は大人しく、己が勝てないような危険が迫った時は周囲を見渡して安全な方角に一目散に逃げる。
サイは一つの可能性に思い至り、すぐさま簡易契約を行った。
「来い!『ブラックドッグ』!警戒態勢!」
「がうっ!!」
サイの隣に突然黒く大きな犬が現れた。
しきりに地面の匂いを嗅ぎ、しばらくして一方向に向かって低く唸り出す。
「ぐるる…」
「ミッツ、これが喋ることが出来ないがコミュニケーションはなんとなく取れる幻獣というやつだ。一つ勉強になったな」
「な、なんかよく分からんけど……すごくかっこええドーベルマン…。で、なんで唸ってんの?」
「あのな、五目鹿が周囲を警戒するのって、自分では太刀打ち出来ないムリ!って相手が近くにいる時なんだ」
「へー………ん?え、待ってまさか…」
ブラックドッグが唸る方角の木が一つ薙ぎ倒された。
殺気を放ちながら堂々と現れたのは、一匹の魔物。獅子の身体を持ち、醜悪な老人のような顔を歪ませ、サソリのような尾から紫色の毒を滴らせる魔物──
サイが冷静にミッツへ解説する。
「ご覧ミッツ。あれがマンティコラ。クイーン級・B級ソロ以上の緊急クエストでお見かけする、尾毒が非常にやばく獅子の爪で切りつけてくるし獅子の身体表面も硬い、俺も面倒くさいなーと思う魔物さまだ」
「ありがたない情報~!!!」
「顔の種類によって嫌な特性があってな。爺さんみたいな顔だから、あいつは口臭がやばい」
「もっとありがたない情報~!!!」