29 森の五目鹿
「さて、森に着くまでに五目鹿について簡単に説明するか」
「はーい」
「まず鹿は見たことあるんだな?こっちでか?それともニホンでか?」
「日本!俺が住んどった大阪の横にある奈良って地域に、でっかい公園があってな、そこに鹿めっちゃおるんや。俺も時々行って鹿に囲まれたり鹿せんべいあげたりしとったわ」
「ナラ…また新しい土地名だな…ということは鹿の狩場の名所か何かか?」
「いやいやいやあかんあかん!!…せやった、こっちやと保護動物って概念なさそうやな」
「奈良の鹿は…えーと、天然記念物やったかな?国が『この動物はこれ以上数減らしたら絶滅の恐れがあるからむやみに傷付けたりしたら法的に許しまへんで』って決めとる、ちょっとやんごとない鹿なんよ」
「鹿が?ニホンでは鹿を食べないのか」
「奈良以外の…北海道とかやったら普通に食べたりしとるみたい…やったかな?知らんけど」
「ホッカイドウ」
「日本の中でも更に食と自然の宝庫の地域や」
「楽園の中の楽園…だと?」
「んん、話が脱線したな。この世界の野生の鹿は普通に狩られ食卓に出る。五目鹿も目が5つあるがちゃんと食べられる。なんなら普通の鹿よりずっと旨い。大きさは普通の鹿の3倍程かな」
「契約は出来るん?」
「相性次第だが…今回は討伐依頼だからな?」
「討伐ってことは五目鹿、何かしでかしたん?畑荒らした?」
サイは急に押し黙った。
何でかよく分からないがミッツが返答を待つと、ぽつりと呟いた。
「…ぃんだよ」
「なんて?」
「その…五目鹿はな…」
「うん」
「…五目鹿の雄雌関係なく、森の普通の鹿にな、その、求愛をしに来るんだよ、時々」
「求愛」
「五目鹿同士でも繁殖はするんだが、何故か普通の鹿とも交わるというか……それだけならまだいいんだが」
「まさかとは思うんやけど」
「一度森に1頭現れると…例えば雄の五目鹿が群れの前に現れると…そこにいた雌鹿が全頭連れて行かれる。五目鹿が現れると1日で50頭ぐらい森から片方の性別の鹿が全て消える」
「うわ」
「ちなみに一般的な森に生息する鹿の頭数は約120頭程とされる。あと鹿肉は地元の住民にとって大事な食糧だ。もしこれが、雌雄の五目鹿が現れたとかだったらもう森に鹿がいない未来は確定となる」
「うわあ」
「なので1頭目撃されたら、鹿ハーレムを作られる前にこちらで食卓ハーレムになって貰う。具体的には鹿肉になって貰う」
「なるほどなぁ」
五目鹿についての説明が終わると、依頼紙にあった五目鹿の目撃ポイントに辿り着いた。
サイは短剣を構え、ミッツはスマホを耳に当て、周囲をくまなく見て行く。
「『もしもし、この辺で鹿おったら教えて』………西の方角に1頭、北に群れらしいわ」
「ミッツ、スマホからどうやって情報得てるんだ…?」
「具体的に聞きたい時は、なんか…音声で知らせてくれるで。お天気予報みたいな」
「お天気」
「ちょっと待ってな……『もしもし、このあとの天気教えて』」
サイの耳に押し当てると、スマホから冷たい感じの女の声が流れる。
【今日のミチェリア近辺の天気は、青空が広がり洗濯物が乾きやすいです。宵待星前に少し雨が降るでしょう】
「な?」
「いや、な?って。誰だこの女性?天気まで当てるのか?予知魔法じゃないか」
「多分架空の声や。地球のお天気予報は結構的確やったからなー。その技術がこっちに適応されとるみたいで……ああでもスマホで出来たこと全部出来るわけちゃうねんで?ネットの調べもんとかはまだ出来なさそうやし。周辺情報とか簡単なこと聞くだけや」
「その周辺情報を調べるのもなかなか難しい魔法で…まあいい。西に1頭だな?じゃあそいつだ」
「なんで?」
「鹿はあまり単独行動しないし、五目鹿が1頭じゃなくなるとすぐさま数が膨れあがるから。北の群れを独身鹿にさせないためにも急ぐぞ」
「ハーレム怖いなー」
しばらく西へ進むと、大きな鹿が悠々と草を食んでいるのを確認した。
「いやどこが3倍やねん、サイズ感ヘラジカやんけ」
ヘラジカが車に並走するって相当怖いですよね