172 お墓参りって大事
歴史博物館の翌日、宿ロイヤルローズ宿泊6日目の朝。明日はいよいよ王都に住む平民たち、そして離れた領地から急いで来ることの出来た貴族に対する諸々の説明の日である。と言っても民も貴族たちも基本的には何か準備することもなく、いつも通りに過ごしている。
今日は誰かと会う予定もなくのんびり過ごすかフリー観光するか、のはずだった。
「え、王城に帰るん?」
「ああ、元とはいえ第一王子の特権ということで国王陛下の今日の予定に捻り込んできた。義親子の話し合いをしてくる。縁を切るわけではないから認めてもらえ、いや認めさせる…。あと俺の実家は正確には神ノ島だからな?」
「それ言うんやったらサイの生まれた村?が実家ちゃうの?いや、それは今どうでもええわ。今も第一王子やってメノーラ王女言うとったけど」
「元、にしてくるんだよ…!」
「へー。たぶん言い包められる、に2000ユーラや」
「きゃむきゃむ」
「えーモモチも言い包められるにクッキー賭けるんー?賭けにならんやんー」
「おい勝手に賭けをするな」
「では私は言い包められた上に王位継承権もサラッと戻される、に5000ユーラですね」
「ラロロイお前も賭けるな!交ざるな!」
歴史博物館観光の翌日、今日はどうするかをサイと話し合おうと思っていたミッツはサイから別行動であることを伝えられた。
ミッツが寝ている装著に王城へ行って、エルバート国王たちの昼食に同席するという約束を取り付けたらしい。きっと王城の厨房は張り切っていることだろう。久しぶりの王族全員集合だし。
絶対あやふやにされるだろうなーねーモモチーとミッツが言い、その後ろで通りすがりのラロロイが賭けに乗ってきたのだった。
「まあ、そういうわけだ…悪いがミッツ、今日はフリーで頼む。1人で大丈夫か?」
「まあ…のんびりするか、観光とかかなぁ。あっいや出かけたいとこあるわ。ラロロイさんは今日は何かあんの?」
「私は今日、王都にいる『非契約者』上位冒険者たちとお茶する予定なんですよ」
「おー、楽しんできてな。賭けの結果は夜確認しよなー」
「さっきの賭けほとんど成立してねぇだろうが。というか明日の準備しておけよ、民への説明は明日の予定だぞ」
「定例会の綺麗な冒険者服、昨日ランドリーサービス頼んだから大丈夫や」
そういうわけで、サイは今日1日王城へ行くこととなった。ラロロイがさっさと去り、サイもささっと身だしなみを整えてから迎えに来る王家の馬車に乗るということで去った。
「モモチ今日どうする?お出かけ一緒に来る?さっきも言うたけど、俺ちょっと行きたいとこあるねん」
「きゃふきゃふ」
「あ、着いてくる?ええよー買い食いもしよな!」
「きゃう?」
「うん、そうそう。それまず行かなあかんからな」
モモチとミッツの会話は成立している。事件の影響かモモチとサイは何らかの成長を遂げたらしく、お互いの言いたいことがはっきりと分かるようになっていた。
ロビーで残りのお茶を飲み干したミッツは、モモチを肩に乗せて宿を出た。
先日王城を訪れた時に国王側近から貰ったメモを片手に王城…をスルーしてその北側、高級商店街や貴族街のあるエリアへと向かう。
もう歩いている人々の雰囲気からして気品溢れセレブリティかつゴージャス…要するに一味違う場所を堂々と歩き、ミッツは目的の場所寸前のところまでやってきた。
貴族街の更に北側には、広大な森が広がっていた。やや楕円状に広がる森を囲うように鋭い柵がぐるりと存在し、侵入を阻んでいる。
この柵を無理矢理越えようとしたり空から侵入しようとすると、その場で雷に撃ち落とされてから石化してから氷漬けにされ、大概が問答無用で即牢獄入りとなるらしい。怖いね。
その柵沿いにてくてくと歩き、ミッツは柵に嵌まるように作られた小屋へとやってきた。ここに森の門番がいるのだ。
「誰だ、ここから先は王族の私有地であるぞ!勝手な真似は許されぬ場だ」
「あ、これエルバート国王陛下の許可メモ。この子は俺の契約獣です」
「む?ちょっと確認する。おい、彼らを見張っておいてくれ」
「了解」
小屋にはドラゴニュートの門番とごつい門番とごつい門番その2といかにも歴戦ぽい門番がいた。
ミッツは話しかけてきたドラゴニュートの門番に、エルバート国王から貰った地図と入園許可メモを渡した。入園許可メモには、『シャグラス王家が存在する限りにおいて、ミツル・マツシマとその契約獣に『静寂の森』への出入りを許可する。国王エルバート・シャグラス』と書かれて、国王の魔力印も押印されていた。
ドラゴニュートの門番がミッツのメモを確認する間、他の門番がミッツとモモチを囲んでジッと見つめてくる。実にむさ苦しい。歴戦ぽい門番は何か話したそうにしている。
「…間違いない、陛下の許可状だ。許可状というには小さすぎるが」
「許可メモって言うてた」
「なるほど。マツシマというとあれか、新しい渡り人か」
「うん」
「噂で聞いたことがある。獣人を雇って辺境にハーレムを作りあげたとか『パレード』を食い止めたとか」
「いやそれはモフモフカフェのことだろう?ハーレムの噂は確か改革派貴族の流したデタラメと聞いたぞ」
「モフモフカフェ…」
「あとチョコレートを生み出せると聞いた」
「無限に生み出せるとも聞いた」
「モフモフ…」
「『獣使い』で準神の子との契約をしたとか」
「準神をお救いしたんだったか」
「モフモフ準神…」
歴戦ぽい門番があまりにもモフモフ言うのでミッツは少しだけ撫でさせてあげ、学生鞄からあるものを取り出した。
「門番さん…えーと、グスタフ!」
「見た目から名前を言い当てようとするな、ラガースだ」
「それはそうやな。あ、手ぇ出して!あげる!」
「?」
歴戦ぽい門番ラガースが両手を差し出すと、ミッツはそこに白いふわふわしたものを置いた。
モモチの抜け毛を少し詰め込んだ、モモチを模したぬいぐるみである。王都に来るまでに発案してもらったアイデアを現実にしたものだった。これがプロトタイプとなる。ゴールデンレトリバーのパピーぐらいのサイズ。かわいい。
王都の商店で買った布とコットンシープの抜け毛を使って王都滞在中に暇になったとき作り上げたもので、ラガースは両手を差し出したまま固まってしまった。まるでプロレスラーが手の中のハムちゃんを潰してしまわないか固まるがごとく。
「それ、今後狼吼里フェリルで売る…かもしれんモモチぬいぐるみ、の試作品。何個かあるから1個あげる」
「えっいいのか!?」
「こんな任務就いとるんやったらなかなかフェリルにもモフモフカフェにも来られへんやろ?試作品で悪いけど、これは誰にも…王家にも渡してへんプロトタイプや」
「王家にも…いいのか?俺は…こんな見た目だぞ?」
ラガースだけでなく他の3人の門番も思わず息を飲んだ。おそらく今まで見た目やオーラ的なもので損してきたのだろう。ここにいる全員が。
「俺はな、出会いを大切にしたい。ラガースさんみたいな大きくて動物には馴れ合わへんぞみたいな外見の人だろうが、そんな目ぇした人に悪い人は…まあおらんことはないけどラガースさんはええ人や、たぶん。王家に関する仕事しとるし」
「うむ…」
「なので、モフモフの代わりに大事にしてくれそうやなと直感した」
「うむ」
「ちなみにこれは試作品…とはいえ、布は王都で買った既製品。中の綿は俺が王都に来るまでに遭遇して狩らせてもろたコットンシープ毛100%、それからモモチの抜け毛が入っとる。抜け毛入っとるから100%ちゃうな、だいたい97%コットンシープや」
「そ、そこはどうでもいい!これに準神の御子の抜け毛が?!」
「しかも1週間以内に俺がモモチを撫でてる時にごそっと取れた抜け毛や。換毛期でな、そらもう柴犬のどえらい換毛期ぐらいごっそり取れた。これには拳くらいの抜け毛を詰めた」
「なんと…!シバイヌは何かは分からないがご利益がありそうだ…」
松島家の柴犬フウマは年に3回くらいすごい換毛期が訪れるタイプの柴犬であった。毎回もう1匹フウマが出来るぐらいごっそり抜け毛の山が出来ていた。
分身の術としてSNSに投稿したらバズったこともある。
ミッツが見せたスマホの待受画面を見て「これがシバイヌ…これのぬいぐるみも欲しいものだな…」とラガースが呟いたので、これもフェリルで売れたらいいなとミッツは思った。
そんな商売の話はともかく、無事に許可が出たということでミッツは門番たちに手を振り森へと入った。
ぬいぐるみを抱きしめたラガース他、門番全員が力いっぱい手を振って見送ってくれたが、どうせ帰りもここを通るので今生の別れではない。
後日、門番詰め所に置かれていたモモチぬいぐるみが何故か動き出して簡単な意思疎通が取れるようになって大騒ぎになることをまだ誰も知らないし、それはまた別の機会にミッツは知ることとなる。
さて、ここは王都北部、貴族街を抜けた先にある広大な森、王族私有地『静寂の森』だ。
異世界の宇宙技術によって囲まれた王都の北側にあるにしてはやけに広く感じるが、これは王族お抱えの魔法使いがなんやかんやで空間が歪めている広大な土地ということらしい。元々は王族の持つ庭園くらいの大きさだったらしいのだが、なんだかんだで空間をどんどん広げ今に至る。
ミッツはそんな森をてくてくと歩き、15分ほど歩いた所で目的地のひとつに辿り着いた。
森が一度途切れ、小さいが見事な花畑が広がるそこには墓石がいくつかあった。
ミッツはその墓石に刻まれた名前をきちんと確認していき、右端から2つ目の比較的新しい墓の前で立ち止まる。
「えーミノリちゃん、初めまして。俺は松島光って言います、ミッツて呼ばれてて、ここで冒険者しとる。ほとんど同じ時代の日本から来た関西人や、五月蝿いかもしれんけどごめんな」
「きゃふ」
「こっちはなー俺の契約獣のモモチ!プチフェンリルや。モモチ、ご挨拶は?」
「くふん」
ミッツとモモチが頭を下げたのは、ミッツの前にシャグラス王国へと渡って数年で命を落とした少女 ミノリのお墓であった。
渡り人の死後は基本的には渡ってきた時に保護した国が埋葬するらしく、ここシャグラス王国には初代渡り人ユウヤ以外のお墓が揃っていた。
「ミノリちゃん、小さいのによう頑張ってみんなにクッキーの作り方教えたんやってな?えらいわーすごいわー、俺もサイに会わへんかったら絶対パニックなってたもんなー」
「きゃむ」
「ああ、せやな。ミノリちゃん、これお供えな。プリンと、アイスと、パンケーキと……あっこれ本邦初公開!クレープ!」
「きゃふ」
「多いって?ええねん多い方が!たぶん!」
ミノリの地球における宗教はわからないが、一応般若心経を唱えておくことにした。仏教校出身なのでサラサラと唱え上げる。
キリスト教だったらどうしよう。ミッツはなんとなく覚えてる十字の切り方をしておいた。あとの宗教は知らん。
「さて、お供えもんが腐らんように保冷魔法かけて、明日下げに来てもらお。食べといてなーミノリちゃん!他の人も!またお墓参り来るからな!」
ミノリ以外のお墓にもお供えをし、ミッツは手をぶんぶんと振って渡り人たちの墓から帰宅…はすぐにしなかった。
この渡り人墓地から少し離れた敷地に抜け道の守護者を祀る石碑があったので、ミッツはそこへと向かう。