171 ラロロイとシャグラード歴史博物館
「おはようございます。サイ、ミッツ。それからモモチ」
「おはよう」
「おはようさんです」
「きゃん」
昨日は王城に呼ばれるという予定外のことが起きたが、今日こそはラロロイとの用事を済ませられそうである。
ミッツたちが支度をしてロビーに向かうと、既に軽装のラロロイがロビーに座っていた。軽装とはいえ、数少ないハイエルフである彼はそれはもう儚げで神秘的な雰囲気がある。そこに加えて神々の銀色を持つサイもいるし、準神の子モモチまでいる。あと珍しい渡り人もいる。
貴族らしき人々や『非契約者』であろう冒険者たち、だけでなく通行人のほとんどが二度見していた。
「今日は一緒にお出かけ出来そうで何よりです」
「いやほんまに。でも昨日は王さまに聞きたいこと聞けたりしたから良かったわ」
「俺は結局陛下に会えなかったけどな…!今度こそ問い詰めて…」
「今度会うのって民のみんなへの説明の時やろ?間に合わへんで、先にみんなに言われるわ」
「…そういやそうだな…」
「何があったかは分かりませんが、とにかく行きましょうか」
「はーい」
高級宿ロイヤルローズを出て、一行は目的地であるシャグラード歴史博物館へと向かう。ミッツは場所を知らないので2人に着いていってるだけだが。
今回はギルバートやキーラと違って、モモチが一緒である。モモチも今日は着いていく!ときゅんきゅん主張したのだ。可愛い。
「でも博物館ってモモチ入れるんかな?動物やないけど…あかんもんなんちゃうの?」
「いえ、おそらく大丈夫だと思いますよ。私が軽く説明しますし」
「ラロロイさんが説明したらどうにかなんの?オーナー?」
「オーナーではないですが…」
「ラロロイはこの博物館創建当時からの名誉会長…の1人だ」
「そうなん!?」
「いやはや、たまにしか訪れないのでお恥ずかしいですがね。毎年寄付はさせて頂いてますし、保管庫の一部に創建から…550年弱ほど保存魔法をかけ続けているのは私です。ここの品はハイエルフにとっても重要なものが多くありますから、大事なことなのです」
「はーすごい」
そんな話をしている内に、3人と一匹は目的地へと辿り着いた。
シャグラード歴史博物館。ジャグラス王国建国に建てられてからほぼ建て替えられていない立派な建物には、当時よりも前の文化と文明の遺物などが数多く保管されている。
一部は王族ですら見ることが出来なかったり、呪いが込められてこそ完成している宝石などもある。危険であるため、保管品の全てを見ることは出来ないが、展示されているものは一般来館者にも見ることが出来るため歴史学者にはたまらない有名スポットである。
ちなみに保管品の全てを見ることが出来る例外が数名いるのだが。
「ハッ!ラロロイ会長!ようこそお越し下さいました!!」
「「お疲れさまです!!」」
「どうも、今日は友人の案内をするために来ました。帰りに保存魔法の様子も見て帰ります」
「「はい!」」
「彼は私と同じ四頂点のサイ。お隣が渡り人のミッツです」
「「ご来館ありがとうございます!」」
「ミッツの腕の中にいるのは、ミッツの契約獣であり狼吼里フェリルの準神・神狼王グランドフェンリルの子供モモチ。謂わばこの国の歴史そのもの。このまま入館を私が許可します。異論は?」
「「ございません!」」
「よろしい、では入りましょう。ああ来館料は不要です、私の関係者として招きますので。何か異論は?」
「「ございません!」」
その数名の1人が、創建メンバーで名誉会長でもある、不可視の里のラロロイであった。
入館受付スタッフが全員立ち上がり、声を揃えてラロロイに返答する様はまるで軍人のようであった。その目には恐怖ではなく忠誠とかそんな感じの感情が見えるので、圧政じゃなくて信仰だろう。ミッツはそう思って考えるのをやめた。
「さてさて、案内もするのですが…実はお二人を誘ったのは理由がありまして」
「はい?」
「少し見て頂きたいものがありまして……まあそれは後ほど。まずは館内をゆっくり見て回りましょう。私自身も久しぶりに見たいですし」
「はーい」
「分かった」
「きゃむ」
入口から順路通りに歩く間に、ラロロイが簡単な説明をしてくれた。
博物館の展示品は大きく分けて2種類の特徴がある。常時展示品か、時々展示される特別展示品かの違いだ。
その中でも、神々に関連する物は民の目にいつでも触れられるように常時展示品指定となっていることが多いので、営業時間内であればいつでも見ることが出来るケースが多い。もちろん、寄贈されたものの博物館に飾れないような貴重なものや危険なものは博物館奥でしっかりと保管されているらしいが。
ミッツはふむふむと頷きながら、試しに目の前のガラスケースに展示されているハートの耳飾りにスマホを向けた。
◆『親愛とビザエロからの愛を込めて』◆
愛神ビザエロが愛する子のためにデザイン、設計、そして自らの手で作り出したピアス。この片耳しかないピアスは『もう1つのピアスと繋がっている』と解釈され、神を崇める人間たちに絶大な人気を誇る。
現在はこのシャグラード博物館にあり、色んな芸術家によって模倣され続けているがオリジナルを超えるものは存在せず、それはそれとして人気のデザインとなっている。
「うん、どう見てもハートマークや。ハートマークとかこの世界にもあるんやな」
「あ、これは俺がビザエロ父さんから貰ったピアスを寄贈したやつ。ビザエロ父さんのオリジナルデザインだが…そっちにもあるんだな」
「寄贈者ここにおるぅ!プレゼントされたやつここにあってええの!?」
「これなー父さんたちと上手く連絡出来ない頃に作ってくれたやつなんだよ。今はもう父さんたちと連絡は気軽…とはいかないが連絡取れるから、ビザエロ父さんに寄贈していい?って聞いたんだ」
「ほんで?」
「いいよーって」
「かっる…ほならええけど」
「この寄贈品はそんな逸話が…!保存備考欄に書かないと!」と聞いていたスタッフが早足でバックヤードに入ったりすること数回、ミッツがスマホを翳して時々サイが寄贈エピソードを話す度に起きた。
約30の展示品中、8つがサイの幼少期に使っていた神々お助けキッズセットだった。
ゆっくり見て回ること数十分、ミッツの腕で展示品をキョロキョロ見ていたモモチが抑え気味に鳴いた。
ミッツたちの前には柵で囲まれた、白銀で迫力満点のポーズをとった大きな狼、のような生き物の剥製が飾られている。柵がなければ今にも襲いかかりそうなくらい、とてもかっこいい。というか襲いかかってる最中で時を止めたかのようなポーズである。
「きゃう!きゃわん!」
「ん?おお、こーれはかっこええな!」
「おや、これは…100年ほど前に王都シャグラード近くで暴れ回り捕獲されたハイフェンリルの剥製ですね。前回は無かったのですが…ああ、特別展示品ですね。それにしてもこれはかっこいい」
「確かにこれは見事な毛並み。かっこいいな」
「きゅふん!ふす!」
「もしかしてこれ見たかったんか?モモチ?」
「きゃん!」
なんとなく朝からそわそわしていたモモチの目的は、何故かここにあると知っていたハイフェンリルの剥製だったようだ。何故知っていたかはモモチしか知らない。きっとフェンリルの念とかそんなものを感じ取ったのだろう。知らんけど。
ゆったり見て周り、一行は2階へと上がった。
2階にももちろん展示品がたくさん、しかし圧迫感を感じさせないような配置をされていた。
ラロロイは案内と見学をしながら、奥にあった小さいガラスケースで歩みを止めた。
「ああ、相変わらずですね」
「これ?ラロロイさんが見せたかったってやつ」
「ええ。私の探している原初のエルフ、初代女王ナージェードさまの残したものです。」
他のガラスケースよりも年季の入ったケースの中には、古いがどこか厳かなオーラを感じさせる気もする指輪が飾られていた。
黒い金属には複雑な模様が刻まれ、その溝には細い木が嵌め込まれているようだ。ミッツに価値は分からないが、おそらく歴史ある指輪ということは分かる。
「ナージェードさまのことは既にお話ししましたよね?」
「まあ。飲み会の時に軽く。ずっと探してはるんやろ?」
「ええ。…この指輪は、ハイエルフにとって特別な意味のあるものです。両手の中指に嵌めておくものなのですが、私が旅の途中で手に入れた数少ないナージェードさまの痕跡でしてね。私がずっと持っておくよりも、ここに在る方が、『同じものを見かけた』という声を聞ける可能性が少しでもあるかと思いまして」
「ほーん」
「サイも誘ったのは、ミッツの保護者だから、というのが大きな理由です。あとはまあ、お二人は国や貴族に縛られていない身でしょう?サイは王族に戻れば話は別ですが」
「戻らねぇよ、自由に行き来する冒険者のままだ。しばらくの拠点は辺境町ミチェリアだろうがな」
「でしょうね。何も探してくれとは言いません、見かけたら…即連絡をして頂きたい」
宜しくお願いします、と頭を深々下げるラロロイに2人は快く承諾する。依頼や冒険のついでに見かけたらいいな、と思ってここでラロロイからのお願いは受け取った。
その後は何事もなく博物館とラロロイの説明を楽しみ、出口近くにあるお土産屋へとやってきた。
さきほど見た愛神ビザエロのアクセサリーレプリカやシャグラード歴史博物館の文字と建物の絵の入った木製コースターなどが売られている。
美術館でもちょっと思っていたが、お土産屋として考えることは地球とほぼ変わらないのだとミッツはしみじみ思った。
「シャグラード歴史博物館クッキー…」
「ああ、中はシンプルな丸型クッキーです。『箱に博物館と書いているだけでなんとなく特別感がする』、渡り人ミノリの言葉です。実際なんとなく買って帰るお客さんは多いですよ」
「ミノリちゃん…入院中に貰ったりしたんやろうか。こっちは…シャグラード歴史博物館魔法カップ…」
「それはちょっと面白いですよ。見本を持ち上げて魔力を通してみてください」
「こう?」
ミッツが水の入ったカップを持ち上げて魔力を通すと、カップの内側の底が光り、水面に『シャグラード歴史博物館』と赤く光る文字が浮かび上がった。
「えーこれおもろ!」
「俺もこれは知らなかった。ふむ、見た感じそこまで複雑な構造はしていないな」
「博物館に常駐している技術者たちが昔、暇な時に作った一種の魔道具もどきです。一部のファンから喜ばれる一品ですよ」
「え、おもろ。買お、いくら?」
「5000ユーラです」
「まあまあ高いな、ええけど。あとこれ技術って門外不出?」
「え?いえ、そんなことは。何かありました?」
「ちょっと技術者さん紹介して欲しいかも。あ、サイも一緒におってな」
「お前また何か思いついたのか」
シャグラード歴史博物館には、貴重なものを細かに修繕したり保持させたりする技術者が常駐している。博物館のものや運び込まれた寄贈品の絵を補修したりする絵付師などもいる。
技術に関してはジャグラス王国でも優秀なのだ。ちなみに一番職人と技術が集まっているのは鉄錆塔マブオーロという王国西側にある職人街である。真ん中に鉄塔があるのが有名。
ラロロイに連れられて技術者たちの部屋へとやってきたミッツは、軽く紹介された後にサイとラロロイを放置、いや抱えていたモモチをサイに預け、技術者たちの元へと早歩きで寄っていった。
アクリルもどきの存在と価値を話し、そしてモフモフカフェの優待券をそっと技術者たちに握らせて色々と相談するのであった。
主に、底が光るカップの原理の応用とか、あとモフモフカフェのことでやいのやいの騒いでいるらしい貴族を黙らせるための作戦とか。
技術者たちは渡り人の考えや知恵に興味津々でミッツにもそれはそれはとてもすごく協力的で、サイとラロロイは3時間ほどお茶をしながら待つことになる。
そのあとは普通に解散し、その日の予定は終わった。