170 渡り人流刺繍講座とめんどくさい貴族たち
吹っ飛んだデータを粗方復元したのでまた続き書いていきます…!バックアップ大事…。
「はい、どうも。渡り人でビショップ級冒険者ミツル・マツシマです」
「ゴッド級冒険者でこいつの保護者、兼パーティ、兼今日のアシスタント、サイ・セルディーゾです」
「きゃん」
「こっちは俺の契約獣のプチフェンリルのモモチ」
ミッツとサイは、なんでここにいるんだろうという顔を未だ隠さぬまま、王城にて自己紹介をしていた。いや、隠していないのはミッツだけだった。
サイは元王族なので自然に作り笑顔を浮かべて挨拶しているし、モモチはとにかく笑顔でハッハッと興奮している。
目の前には貴族令嬢たちが10人ほど、そしてメノーラ王女がずらりと座ってこちらを見ている。
そしてメノーラ王女以外は驚いていた。何人かの令嬢はハッとして慌てて立ち上がろうとした。
「サイ・セルディーゾって…この前の事件で認識阻害…だか何だかが解かれたことで判明したという…サイード殿下ですの!?」
「サイード第一王子ですか!?本当に!?」
「礼は取らなくて結構。というか俺はもう王族から外れて冒険者をやっていますので。絶対外で呼ぶのはやめてくださいよ?頼むから。それはそうと、もう一度言うが俺は王子では無くなってるはずだが…どうなっているんですかメノーラ王女殿下」
「あ、サイードお兄さまは王族の籍そのままのはずですわよ。というより元々『第一王子は色々あり行方不明』というぼんやりした扱いでしたので……、例え記憶喪失でどこぞの農民であったとしても王族ではあったと思います。あと敬語は不要ですわよ、義兄妹ですもの!」
「あ、うん。…いや、なんで?冒険者やってる王子がいるか?」
「そう申されましても。でも王位継承権は渋々外しておりましたわ。それに前例とは作るものですわよ!流石サイードお兄さまです!戦えて民に寄り添える王族なんて素敵ですわ!」
「………ならいいか…いやよくない。後で話をつけにいく」
「そうしてくださいまし。ではミッツさま!お願いします!」
「あ、俺に様付けせんでも大丈夫ですよ。メノーラ王女さま」
「そう?でしたらミッツさん、とお呼びするわね」
こうしてサイとミッツが王城に来ることになったのは、少し前のことである。
サイたちは本来、今日1日ラロロイとの観光予定だった。が、メノーラ王女たっての希望ということが伝えられ、ラロロイが予定を譲ったのだ。朝から宿に伝えに来た使者はペコペコと頭を下げ、いそいそと戻っていった。
ラロロイは待機組だしいつでも大丈夫だとニコニコしていたし、あの事件から王城がどうなっていたのかサイも気になってもいたので了承したのだ。
今日は着いていくことにしたらしいモモチを抱え、ミッツとサイとモモチは王城へと向かった。モモチ連れて行って大丈夫じゃなかったら門で預かっておいて貰うつもりである。
王城は謁見の際に見た、元通りとまではいかないもののある程度の修復を終えているようだった。
とは言え、結構な人数が魔コウモリやエサイアスたちに襲われ亡くなった影響はあるようで、やや少ない使用人たちがパタパタと動き働いている。あの事件からまだ数日だし、補充はまだまだ整っていないらしい。
同伴を許されたモモチがぽてぽてと歩くのを見て少しほっこりした様子のメイドは恐ろしく早い足さばきで廊下を歩き抜けて行った。
そうして使用人に案内されて着いた部屋に入り、冒頭の挨拶へと戻る。そう、ミッツは今日の午前だけ刺繍の先生となるのだ。
メノーラ王女が一昨日に貴族令嬢向けの刺繍教室を開きたいと言い出し、貴族を募集し、素早く王城の無事な部屋を押さえたらしい。
開催理由は王都にいる貴族令嬢の事件への不安を少しでも払拭したかったから。あと前からミッツの刺繍の技術の噂を聞いて気になっていたから。
元々時間が取れたら教えてもらうつもりだったようで、『獣使い』嫌い状態の母にバレぬようこっそりと宿を訪れる計画も建てていたそうだ。
もっとも、その母であるアメリア王妃も言霊が解けたことで快くOKを出したそうだが。
王妃も異世界の刺繍に興味が無いわけではなかったが、自分が参加してしまうと令嬢たちに要らぬ緊張を与えると考えて私室にいるという。別にいても構わないのになぁとミッツは思ったが、令嬢たちがちょっと安堵の息を吐くのを見たので何も言わぬことにした。
ちなみにサイがサイード第一王子であったことは、貴族たちには既に知らされている。貴族たちも伝えられる前に行方不明の第一王子の名前をうっすら思い出しかけていて、真実を知って大方納得したとか。
それも義妹メノーラから聞かされて項垂れたが、あとで色々と義父に問い詰めることにした。今は刺繍教室…の助手に集中すべし。
「はあ、ほな始めましょか。でも俺、そんな教えることあるんかな…貴族令嬢やったら刺繍くらいやるやろ?」
「いえ、普通の刺繍なら嗜みますが…ミッツさまがどこかの村で教えたという…クロスステッチでしたかしら?あれを教えて頂きたいのですわ」
「噂を聞いて王女殿下に教えたのは私ですわ」
「クロスステッチの商品を実際に見たのは私ですの。初心者や苦手な者でも比較的やりやすいという手法で、それでもあんなに素晴らしいものが出来るのですね……あぁ、服飾都レスリーヌで見かけましたの!」
「えぇ…俺が刺繍見せたことあるん…あ、さてはナルキス村とか?ナジェロさんあたりがクロスステッチ完璧に覚えたんかな?」
「ある小人族の作品ということでしたわよ」
「ナジェロさんやなぁ!」
話を纏めると、しばらくあの引きこもり職人が多いナルキス村へ行けていない間に小人族のナジェロがクロスステッチを見事にマスターし、その作品が村外へ流れ、その作品の展示を見た貴族令嬢から令嬢ネットワークで噂が広まり、今に至る。らしい。
何はともあれ、ミッツは学生鞄に入れていたクロスステッチの見本になりそうなシンプルな作品を取り出し、皆で作業にとりかかった。
「うん、みんなシンプルなんはある程度出来たようやな。何か刺繍したいもんある?」
「あ、あの!わたくし、モモチちゃんを刺繍してみたいです!」
「メノーラ王女!私もです!」
「わたくしもです!というより…触ってよろしくて?!」
「モモチ人気やなー、ええですよ。優しくお願いします!ちなみに…こんな犬も故郷におりましてね」
「あら可愛らしい!私、その子がよろしいですわ!何という種なのでしょう?」
「柴犬のフウマです」
「シバイヌ!不思議な響きですわー!」
ふわふわの動物は、どの世界でも正義らしい。スマホの待ち受けにいる柴犬のフウマも令嬢の一部から大絶賛された。
色とりどりの布に簡単なモモチとフウマがステッチされ、全員が満足して刺繍教室は終わった。
貴族令嬢たちとミッツとサイにメノーラ王女が感想を言い合いながらお茶を楽しんでいると、扉を開けてするりと入ってきた使用人が自然な流れで王女へと耳打ちをした。
「え?…分かった。ミッツさん、少しこの使用人に着いて行ってくれる?」
「はい?」
「お父さまが話したいことがあるんですって」
「じゃあ俺も…」
「ミッツさんだけに御用のようですわ」
「えー」
そんなわけでサイとはここで一度別れ、ミッツは王族の談話室へと案内された。モモチもサイに預ける。
エサイアスと対峙した現場である部屋は既に何事もなかったかのように綺麗で、抜け道に繋がる大きな鏡も既に修復されていた。
先に談話室へ通されたミッツは、杖をつきながらやってきたエルバート国王に立ち上げって礼をする。
堅苦しくするなとエルバート国王が手振りをする。お茶などを揃えたメイドたちを退室させて、側近数名とエルバート国王とミッツだけが室内に残った。
「呼び出してすまないな、ミッツよ。早速話に入るが、王都シャグラードにモフモフカフェを作る予定はあるか?」
「はい?」
「午前の謁見で、一部の貴族たちにせっつかれてな。まだシャグラードにおると気付いて、『辺境まで行くのは大変だから王都に作れ!移転させろ!』『本店が王都にある方が渡り人としても鼻が高いでしょう!』『本店が王都にあればあの渡り人も王都に居ざるを得ない、陛下も監視下に置きやすいでしょう!』など好きに言っておったわ」
「ほーんなるほど、へー」
スンッと冷めた目でミッツは紅茶を飲む。エルバート国王も呆れた顔で紅茶にお砂糖を入れて一気飲みしている。よほど相手にするのが疲れたのだろう。
「それに、『獣人などその辺にいくらでもいる!似たような店を我々が作りましょうぞ!陛下、許可を!』などとも言っておったわ。まったく、あの事件の時は貴族街に震えて引き篭っておったくせに!」
「へーふーん」
「さて、どうする?」
「『何のための王族御用達やと思っとんねん、別に王都にこだわる理由無いわ。こちとら王族さんらに認められとんねん一昨日来やがれざまあ見晒せ』って、ええ感じの貴族言葉で返しといて下さい」
「惜しいな、『くだらん事言っとらんでさっさと帰れ』と申しておいた」
「話の分かる王さまの国に渡ってきて良かったー」
ミッツは学生鞄からチョコを出してエルバート国王たちに勧める。
チョコは辺境町ミチェリアから王都シャグラードにも運ばれてきているが、エルバート国王たちは喜んでチョコを貰った。まだ貴重なチョコを貰えるのは普通に嬉しいのである。
「でも一応、そんな声はミチェリアでも聞いとるんで何かせなあかんなーとは思っとるんです」
「ほう?」
「ああ、渡り人報酬でもう2号店オープンするんは確定しとるんですけどね?」
「うむ。既にミチェリアの北区増設は始まっているし、その一等地にモフモフカフェの敷地は用意してあるぞ。あと国内の有能なガラス職人たちに、ミッツ要望のオーダーメイド水槽を作ってもらっている」
「わあデキる王さまの国で良かったー」
心の底からエルバート国王に感謝する。ミチェリアへ帰るのが楽しみになった。国王から民衆への説明が終わったら是非とも駆け足で帰りたい。
「まあその王都のカフェについては、事件の説明会?までにはちょっと考えまとめとくんで、また何か面倒起きたらお願いしますわ」
「任せておけ」
「陛下、そろそろ次の公務が…」
「そうだな。私もこのあとまた謁見が入っている。ミッツはしばらく王都を楽しむと良い」
「ありがとうございます…あっ」
「なんだ?」
「チョコで思い出した。ミノリちゃんのお墓って王都にあります?」
「ん?ああ、案内がてらミッツに場所を教えてやってくれ。入所許可も出そう」
「畏まりました」
エルバート国王が出ていった後を、側近の1人がサイの待つ部屋まで案内してくれることとなった。
渡り人ミノリのお墓は王族の許可がないと入れない敷地にあるらしい。ミッツは側近から場所のメモを貰い、大事に仕舞った。
そんな中、どことなく偉そうに歩く集団が先の交差した廊下に消えていくのをミッツは見た。
「んー?」
「ミッツさま、どうかされましたか?」
「いや…さっきの集団の真ん中のクソガ…子供、どっかで見たような」
「あれは…ピスパ伯爵とそのご子息、伯爵と仲の良いフィルバーツ子爵、マズロ子爵ですね」
「ピスパ…ピスパ……あー思い出した。モフモフカフェに口出し営業妨害しに来とったガ…奴がピスパ伯爵の子供やって名乗っとった」
「…ほう」
「チュルノ伯爵夫人がたまたまクエストの依頼で来てくれてたんで、追い返してくれたんですわ。モフモフカフェのことで揉めたし、夫人に対してまあ大層ナマイキやったなー」
「それはそれは」
「あと狼吼里フェリルの領主の娘スコルちゃんに手ェ出しかけたで」
「どれが?」
「ピスパ伯爵のロリコン長男が。ついでにその延長線で息子のポメルくん誘拐疑惑もある。解決しとるかもしれんけど、ちょっと耳に入れさせてもらうわ」
「ほほう、ほう、へえ」
ミッツは数ヶ月前にまとめてあったルーズリーフをパラパラめくり、にこやかに読み上げる。側近はにこやかに頷きながら懐から出したメモ帳にガリガリと速記していた。
ミッツの売り込んだ例のメモ帳である。ルーズリーフもメモ帳も使われているようで、ミッツは満足である。
「あとフィルバーツ。子爵。俺は関係ないんやけど……ちょーーーっと色々あるんで…いま書いといてもらえます?」
「お聞きしましょう、何なりと」
「うちの大切な店の大切な従業員数名とお客さんがな?ちょっとあの貴族らと因縁があんねん」
「今のは洒落ですか?」
「今のはメモせんといて」
「分かりました」
「ほんでな、婦女暴行と暴行と恐喝とその他が云々」
「なるほどなるほど」
側近はメモ帳をめくり、にこやかに速記を進めた。ミッツもにこやかに従業員たちの過去されたこと、渡り人ならではの情報網で聞いたことなどを思い出せる限りチクったのであった。