169 休憩と光の石工房、あと美術館
白い花に埋もれるように建つ建物はガラスや鏡によってとても神聖な、まるで心が洗われるような雰囲気を出している。
実際、鏡というのは本来神聖なものであるというのはどこでも変わらないらしい。鏡には聖属性魔力が宿りやすい、とキーラが教えてくれた。
美術館に入ってすぐのところにカフェがあり、騒ぎで少し疲れていたサイたちは吸い込まれるように入った。
白を基調とした店内は客があまりいなかった。閑古鳥というわけでなく、カフェからも見えるベロアチェリーを見た客たちが慌てて会計を済ませて出て行った後というだけらしい。今は数組の貴族や裕福そうな客がいるだけだ。
全員がそれぞれ注文を済ませ、カフェの外側に取り付けられた大きなガラス窓から見える満開のベロアチェリーがぶわぶわとサクラ吹雪を巻き起こしているのを眺めていた。その度にキャーキャーと歓声が聞こえ、心なしか人が増えているように聞こえる。
サクラアレルギーの人にとっては地獄のような絵面、それ以外の人にとっては綺麗…を若干通り越してる気もする光景である。
数十年ぶりに異邦の魔力をもぐもぐしたベロアチェリーのテンションは、まだまだ高そうだ。
「あれはもう1日くらい続きそうですわね」
「まき散らし過ぎちゃうか?」
「久しぶりの渡り人の魔力にテンション上がっているのでしょう」
「ミッツだって…えーと、オコメ?が目の前に現れたら嬉しいだろ?」
「太陽、はこの世界に無いから明光星に向かって五体投地して渡り人としての敬意を亡き渡り人に示すべく感謝の踊りを捧げるわ。出来もせぇへんブレイクダンスを捧げる」
「そこまでかぁ」
「でも、この世界に『ある』という事実が分かってるだけありがたい。あとはお好み焼きとたこ焼きを復元して…ああ鯛焼きもええな。ほな小豆が要る…くっ!小豆はまだ見つかっとらん!ずんだ…大豆…大豆もないんか!?あ、いや待てまだ夏やからな、せやな、あんことかあってもまだ早いな。そうやなー帰ってからモフモフカフェでひやぷるスライムフェアもええな!間に合う!せやお客さんこれでまた増やせる!ひやぷる言うたらどこかにわらび餅粉みたいな代わりになりそうなもんとかないかな…!」
「多い多い、欲望が多い」
そうこうしている内に注文していたハーブティーやケーキが届いた。優雅な手付きでスタッフが配膳を済ませていく。
「お待たせ致しました。カモミールティー、ラベンダーティー、レモングラスティー、セージティー、そして本日のパウンドケーキになります。本日はレモンを使用したものとなります」
「どうも」
「ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
各自注文したハーブティーを楽しんで、レモンのパウンドケーキも食べながら雑談をし始めた。パウンドケーキはお菓子渡り人のミノリが一生懸命に伝えたレシピの1つで、今や地球のパウンドケーキと変わりないぐらいに仕上がっている。
優雅な仕草でレモングラスティーを味わうキーラを見て、セージティーを啜るミッツは何気無しに喋った。
「んー、レモングラスも夏はさっぱりして美味しそうやなぁ。あ、ローズヒップとかは無いん?キーラさん頼みそうなもんやけど」
「ローズヒップ?ありますが、何故わたくしが?」
「え?女の人やし貴族やから…?」
「?」
「美容にええし」
ガタリと音を立ててキーラが思わず立ち上がる。
店内に僅かにいた客の一部も思わずガチャンガタンと音を鳴らしながら聞き耳を立て始めた。
「ローズヒップにはそのような効果が!?ただ甘い香りなだけではなくて!?」
「ハーブというのは香りを楽しむものだろう?」
「えー、ハーブティーって香りも楽しむけど、それよりもリラックス効果とかを重視するもんちゃうん?日本…地球ではそんな感じやったけど」
「ほ、他には!?例えばこのレモングラスなどは!?」
「えー、俺も専門家ちゃうから…あっせや」
ミッツはほぼなんでも鑑定機に任せることにした。
案の定スマホ鑑定はミッツの聞きたいことに特化して答えを出してくれる。キーラと客、あとカフェスタッフはミッツの読み上げるハーブティーの効能を必死にメモしていった。
地球のハーブと同じ効能で助かるなぁ、とミッツは1人安心した。
ちなみに皆がメモしているのはミッツが辺境町ミチェリアで商業ギルドに卸し、職人によって加工され、王都や各地でちょっと高めに売られているルーズリーフ加工品……メモ帳である。
手のひらサイズで80ページ。お値段おひとつ850ユーラ。手のひらルーズリーフ1枚10ユーラと冊子加工代50ユーラ也。
メモ帳にしては高いかもしれないが買いに来る客はほとんどが富裕層。普通に持てる、というかメモ帳と専用のインクペンを携帯することが今のトレンドになりつつある。ミッツもニッコリ、商業ギルドもニンマリ、職人もニッコリ、消費者はニッコリかは分からない。
まだそこまで普及もされていないし、王城などの正式な場では格式高い羊皮紙などが用いられている。が、いずれは製紙技術も上がるだろう。そうなれば商業ギルドと製紙職人、林業関係者はニコニコである。
ちなみに裏稼業の人々もニコニコである。薄くて書きやすいから機密情報を書き写しやすい。やったね。
そう、ミッツはサイも知らないところで商売の手をどんどん広げていた。いや最終的にサイに報告はして「……まあいいか」とゴーサインを貰えているから問題ないのだが。
「えー、全体的にリラックス効果。レモングラスはお腹の調子を整え、ラベンダーは不眠解消と血の巡り症不順に効果あり。ローズヒップにハイビスカスは美肌美白と貧血予防に…お通じ改善……ここはしっかり目立たせておきましょう」
「へえ、ローズマリーは集中力の向上…息子のお勉強時間に飲ませようかしら」
「お待ちになって?ハイビスカスの効果をもう一度……むくみと便秘と美肌と眼精疲労?ハイビスカスすごいですわ!ハイビスカスティーの茶葉頂きますわー!最近目が疲れている夫にも飲んでもらいますわー!」
「まああくまで役立てる、やからね?!絶対にとは言うてへんよ!?」
メモしている内にもう立ち上がってこっちに集合してきた奥さんたちは詳しく聞き、カフェに併設されたハーブティー茶葉専門店のスタッフに詰め寄って行った。てんてこまいである。
なんか悪いことしたなぁ、とミッツがカフェスタッフをチラッと見る。視線に気付いたカフェスタッフはゆっくりと頷き、とても笑顔であった。
奥さんたちがキャアキャアと言ってる間に手早くハーブティーを美味しく頂いたサイたちは今の間にカフェを出て行った。
カフェを出た4人はここに来た目的、ライスターの用事を済ませてから美術館を見学することにした。
ライスターがぷかぷかと浮きながら美術館受付に声をかけると、慣れた様子で受付スタッフが横にある部屋へと案内していく。
「お連れ様もどうぞ」ということで普通に着いていった。ついでに何も知らないミッツのために案内しながら説明も軽くしてくれた。
スタッフいわく、光の石美術館はガラス発祥の地である。
王都シャグラード近くの村に落ち、ガラスを知らないという人々のために試行錯誤して作ってみせた拙いガラスを王族に献上した時、「まるで光の石だ!」と騒がれたことで別名が『光の石』となったそうだ。
本職のガラス細工師であったキャメロンはその出来に納得はしておらず、『このユラ大陸にガラスを普及してみせる!』と目標を立て、当時ガラスに魅了された王族によって工房を与えられた。
既に亡くなっていたクラウスの大庭園内に工房を作ってもらい、ただひたすらにガラス技術を向上させ、弟子も取り、なんやかんやあって出来たのが『光の石美術館』となった。
工房部分の上、つまり2階から増築されたのが美術館だ。
「──そしてこちらが、キャメロンが使っていた工房となります!もちろん当時のままとはいきませんが、極力原型は残すように改築されているのです!」
「ほあー」
「今は職人が作業中ですので、この隣の部屋で受け渡しを行います。壁はガラスですので、その間に作業をご覧頂いても大丈夫ですよ」
「やったー。…で、ライスターさんは何をしに来たんやっけ?」
「ん?言ってなかった?ボクたち人魚族はウロコを時々売りに来るんだ。なんか人気らしいよ」
受付スタッフとライスターの話によると、人魚のウロコというのはいわゆる『ラッキーアイテム』のような扱いらしい。キラキラしていて透き通っていて、なんとなく幸せになれそう。
商売的な付加価値なのか、言い伝えなのか、それとも本当に幸運をもたらすのか。ともかく持っているとなんとなく幸せ、かもしれない、らしい。そんな人魚のウロコを光の石に閉じ込めて売る。とても商売……じゃなかった素敵なことだ。
その昔、珍しさや伝承によって人魚のウロコを採るために乱獲されていた人魚族と海の生き物たち、採る側の人間たちで争いはあった。もちろんあったらしい。
が、その攻防戦も海賊渡り人バルバーロによって治められた。すごいなバルバーロ。
「人魚のウロコにも生え変わりがあるらしいからそれを待て。そして人魚にとって価値のある対価を払え。じゃないと私も向こうにつくぞ」
これが静かにブチギレた海賊紳士が魔道具海賊船の砲台を人間たちに向けて言った言葉である。穏便に暴力が一番、ということもあるんだよ。
「ちなみに砲台を人間たちに向けたとありますが、実際は2発ほど撃ったし貴族にも瓦礫がぶち当たったと人魚族には伝わっているよ」
「えっ…」
そんなわけで人魚族はここで自分の生え変わり抜け落ちそうなウロコを定期的に渡すことに。対価は…そのウロコに適した金額とキラキラしたもの。
ガラス工房から臨時収入を得られる。その上、人魚はキラキラした綺麗なものが好きなので、ガラス工芸品などをついでに見て帰れる。工房はウロコが手に入り貴族に売れる。貴族は命が助かりラッキーアイテムが手に入る。
Win-Win関係の構築である。
そういうわけでサメ系人魚のライスターが右腕の内側からプチッとウロコを取り、スタッフに渡した。
ライスターの続けた説明によると、花言葉ならぬウロコ言葉なるものまであるらしく、ライスターたちサメ系人魚のウロコ言葉は『強靭』『野望』『齧りついてでも果たす恋』らしい。怖い。
ちなみに、普通のサメにもウロコはある。詳しくは調べて。
ウロコの状態を見て支払い金額を決める間に、ガラス壁越しに大声が聞こえてきた。どうやら職人が怒鳴っているようだった。
「おい!これはガラスじゃないだろ!もっと魔力を添わせるようにするんだよ!何年やってンだお前!」
「さーせん!2年目っす!でもここからがむずくて!ほん、ほんとさーせん!」
「ああもうまた劣化ガラスになった!」
「劣化ガラス?つかガラスって魔力でどうこうするもんなん?」
「お客様は…なるほど、渡り人でしたか。ええ、硝子細工師キャメロンもチキュウのやり方でガラスを作ろうとしていたらしいですが…魔力を途中で加える独自の方法を編み出したと言われています」
「へー。そんで劣化ガラスってのは?」
「お恥ずかしながら、簡単に割れてしまうガラス…のように見えるチープな物質です。ガラスとはまた違うのです」
「……なあそれ見せてもらえる?」
「え?は、はあ。構いませんが…」
受付スタッフが作業室の職人たちに声をかけ、サイたちは隣の部屋へ入室を許可された。
怒鳴っていた職人ドワーフと怒鳴られていた若い職人がサイたち客人にお辞儀をし、ミッツは早速劣化ガラスを見せてもらいたいと願う。
「俺、冒険者で渡り人のミッツ言います。さっき言うてた劣化ガラス、見せて!」
「へ?いやでもあんなの…」
「馬鹿!客人の言う通りにすンだよ!」
若い職人は捨てる寸前だったガラス試作品をミッツたちの前にあるテーブルへと乗せた。
一見すると分からないが、ガラスよりも脆くて手でも割れるくらいの強度。透明感はあるもののガラスほど透明ではない。
「チキュウのやり方とは違うらしいが、ガラスは石から魔力抽出したガラスの素を魔力で伸ばし、固めたものだ」
「ほう」
「だがこいつの作ったガラスは、透明は透明だがガラスのような美しさと頑丈さがない。素人目にも分かると思うが、厚みも重みもねぇし貴族向けにはどうにも出来ねぇ」
「……」
「な?ガラスの劣化版だろ?」
「俺、どうしても魔力の添わせ方にクセがあるらしくて…でも職人は諦めたくないんすよ!何回かに一度はちゃんとしたガラスも出来るし!」
「…え?ああ、いや、別に呆れてるとかちゃうよ?むしろ逆や」
「はい?」
まじまじと劣化ガラスを見つめていたミッツは、イキイキとした目で職人たちを見た。
「これ…、アクリルみたい!いやアクリルや!いやアクリルは樹脂やから正確にはちゃうな。アクリルもどきか…自分、これいっぱい作れるんやな!?」
「へ?あ、はい。たまに液状の劣化ガラスも出来ます!これです、しばらくすると固まるんですが…」
「レジンもどきやんけ!最高やん!自分、名前は?どこ住み?商売に興味ある?ちょっと引っ越したいな〜なんて思わへん?」
「へ?えっと、俺はジール・フルクで王都住みで…王都外か〜…」
「ミッツ、困らすな。ナンパすんな」
こうしてミッツは、アクリルぽいものとレジンみたいなものを発見した。
これらの劣化品をどうミッツが利用するのかは、近い将来にサイたちが知ることとなる。
「色々あったが美術館行かなくていいのか?」
「あっ行く!ジールさん、また近い内に来るから続きの話、させてな!損はたぶんさせへんから!」
「おうおう、師匠の前で引き抜きか?別に止める権利はねぇンだがよ」
「すんません」
ジールと職人ともう少し話したかったミッツだったが、美術館を巡りに来た目的もあるので一度別れることにした。
尚、このあと行った美術館では特に何か起きるわけでもなく、普通に見学して、お土産コーナーで各自気に入ったガラス細工を買い、夜に吟遊詩人としての仕事があるライスターと別れ、普通に宿へと帰った。