168 クラウス大庭園と恋果ての樹
久々に白飯を思い出してしまい、その夜に牛丼チェーン店とうどんチェーン店と天丼チェーン店の様子を外からじっと眺めるだけの夢を見たミッツは目覚めがちょっと悪かった。自業自得な気もするが、ほぼ半年ぶりに見たウナギ、いやアナゴ、いやハズレウオだもの。仕方ないよね。
「サイおはよー…」
「おう、何か元気ないな」
「気にせんといて、もう吹っ切れた」
「そ、そうか。今日は…ラロロイかキーラの誘いだったな」
「せやね」
結局誰がどの順番かは聞いていないし、一緒に帰ってきたギルバートは今日1日を寝て過ごすと言って別れた。なので今日はサイとミッツ、そしてラロロイもしくはキーラだけのお出かけとなりそうだ。
ちなみに今日もモモチはお留守番らしい。おねむである。
宿ロイヤルローズのロビーへ向かうと、気品がありつつも賑やかな雰囲気の中でソファから立ち上がってこちらへ向かう人影を見つけた。
「おはようございます。今日はよろしくお願い致しますわね」
「今日はキーラさんやったんや。よろしゅう」
「ん。キーラってことは、今日は大庭園か」
「ええ!それと時間に余裕がありましたら光の石美術館にも!」
「まあ併設だし、ちょうどいいんじゃないか?では…どうぞ」
ロビーで朝のお茶を優雅に楽しんで待っていたのは、キーラだった。
動きやすそうでとても質の良い黄色のワンピースを着たキーラに、さり気なく距離を詰めたサイが腕を向ける。キーラも当たり前のように腕に手を回し、宿のエントランスへと向かう。今日は冒険者ではなく侯爵令嬢のキーラとして過ごすらしい。ある意味オフである。
ミッツは本物の貴族っぽいエスコートを目にし、そういえばキーラは侯爵令嬢だったしサイは元第一王子だったなーと思い出した。思い出しながらミッツは2人の後をてくてくと着いていった。
行く手段は昨日のように徒歩…ではなく馬車である。
侯爵家が手配したという馬車はとても豪華だった。すごい。ミッツが冒険者ギルドに渡したコットンシープのミニソファがもう貴族向けにも売られていたらしく、全ての座席に備えつけられていた。もふもふ。
華美でもふもふな馬車に揺られること数分、ミッツたちは大庭園の入口で馬車を降りた。
『クラウス大庭園』と綺麗な文字が刻まれた看板の下には、緑に覆われた建物があり、その両隣は長く高い生け垣と柵で囲まれている。中の様子が見えないように、かつ閉塞感を与えない生け垣もまたクラウスが計算して配置したとされている。らしい。
蔓に覆われた綺麗な建物が入口となっていて、そこで入園受付と支払いを済ませる。そこそこお値段のする入園料はキーラが当たり前のように3人分買ってくれたので深く丁寧に礼を言う。感謝の気持ちを忘れてはならない。特に奢ってくれた人には。
ミッツたちがいざ大庭園に入ろうとすると、声をかけられた。
「おや、獣の王さまに貴き聖女さま、それに獣の救世主じゃないか」
「あれ?ライスターさんや」
「ここで会うだなんて奇遇だ!あ、王城の件は大変だったそうだね。話せる範囲でまた聞かせてくれると嬉しい」
「それは時間があったら…というかお前はどうしてここに?」
入口を入ってすぐのベンチで出会ったのは、サメ系人魚で吟遊詩人のライスター・メッサーハだった。今日もぷかぷかと水球に浮いている。
しばらく王都にいると言っていた彼だったが、広い王都でたまたま会うのは確かに奇遇だった。
「ボク?ボクは光の石美術館に用があってね、大庭園も見つつ向かおうとしていたところさ。良かったら一緒に巡っても?渡り人視点で見る大庭園というのも気になるところだし」
「まあミッツにとっては同郷の渡り人が作ったものであるし、それは気になる」
「同郷言うてもなー…クラウスさんやっけ?その人、イギリス人なんやろ?国もちゃうし、ピピちゃんの話やと時代もちゃう感じやしな…」
「だがピピビルビのよく分からんデカいのよりかは分かるのでは?」
「それは確かにそう」
違う世界線の宇宙人の文明より、同じ世界の同じ星のちょっと国と時代が違う者の庭園の方がそりゃ分かる。
ミッツは理解し、4人はクラウス大庭園にやっと足を踏み入れた。
庭園の改革者クラウス・ジョンソン。
庭師を名乗る彼は幸運にもユラ大陸の王国ど真ん中、王都シャグラードに渡ってきた。明光星がまだ2つ出ている昼時、急に商業ギルドの前が光ったと思ったら男性…クラウスが倒れていたらしい。
商業ギルドにひとまず運ばれ、起きたクラウスと話をした商業ギルド員は『渡り人』であると断定。そのまま当時の国王へと話が進み、保護が決まったという。
混乱していたがしばらくして事態を受け入れたクラウスは王都でユラ大陸の常識や知識を学び、庭師として何か出来ることは無いかと考え、徐ろに旅に出ることにした。なっっっがいフィールドワークの始まりである。
とっとと冒険者ギルドで身分登録を済ませ、長期間クラウスを守ってくれそうな冒険者を探した。右肩に治しきれない傷を負って引退しようとしていた女冒険者を運良く見つけ、長期の護衛同行クエストにねじり込んだ。ほぼ旅行気分であったとされる。
余談だが、後の奥さんである。
ハーフドワーフのC級女冒険者ベロア、そして渡り人庭師のクラウスはコンビを組み、シャグラス王国を練り歩いた。まず『見知らぬ土地の植物を観察する』ため、そして『植物たちを美しく魅せる技術』を広めるためにめちゃくちゃ練り歩いた。慣れてからはファジュラとアルテミリアにも行った。この辺りでベロアと恋人になっていた。
色々と満足し、各地で庭園の概念を植え付けてきたクラウスは4年ぶりに王都へと戻ってきた。王国各地に渡り人として貢献したことに対する褒美を聞かれ、クラウスとベロアは顔を見合わせた。
「そして出来たのが、このクラウス大庭園だ」
「ほわー」
渡り人クラウスの功績を讃える石碑を読み込んだミッツたちは、大庭園の中心へ抜けるフラワーアーチを歩いていた。
細い鉄を組んで作られたトンネル状の通路には小さな野花や地味だとされる花が巡らされていて、『どんな花でも美しくなれる』というのをコンセプトとしている通路らしい。まだトンネルだけなのに敷地が広いのは感じ取れる。
赤や青や白のグラデーションになった綺麗な花のトンネルを抜けると、大庭園の中央部へと辿り着いた。
そこには、大庭園以外から何故見ることが出来ないのか不思議なほど大きな樹がどっしりとあった。
「ここが大庭園の中心部であり、最大の見所だ」
「ええ、いつ見ても美しい樹ですわ!」
「本当に。ボクも何度詩に取り入れたことか…」
「でっか!綺麗やなー!桜みたい!」
『恋果ての樹』、正式名称はベロアチェリー。
大庭園メインの大樹であり、ここ以外で生息を確認出来ない固有種である。日本でよく見かけられるサクラと似た姿でありながら、その幹は大人5人が両手を広げて囲んでも足りないぐらい太い。
今は花を少しつけている程度で、8割方青々とした葉っぱが広がっている。
「ニホンジンは全員サクラと呼ぶようですわね」
「そもそもこのベロアチェリーは、渡り人ユーヤの遺した手記にあったサクラという木を再現しようと、クラウスが頑張って生み出した新種の植物ですわ」
「そう、未だに他では見ることは出来ない固有種さ。『あのサクラ吹雪を見ることが出来ないのが唯一悔しい。オハナミがしたかった。サクランボも食べたかった。アメリカンチェリー食べたい。』と、クラウスが来るよりも先に亡くなった渡り人ユーヤの晩年の手記に書いていたことを再現したかったようだよ」
「ユーヤの手記なんてあるんや」
「博物館にありますし、写しも博物館で閲覧出来ますわよ」
「へー」
サクランボの実るサクラを再現した、魔法などをめちゃくちゃ駆使して生まれた植物の木の下でクラウスはベロアにプロポーズ、サクラ吹雪に包まれ感動の余り泣くベロア、そしてそのまま結婚までこじつけたので『ベロアに捧げるサクランボの木』ということでベロアチェリーと命名。
ベロアチェリーを中心に大庭園を展開、建築しつつもクラウスとベロアの仲は大変よろしく子供は6人生まれた。ラブラブである。
そういった経緯で、このベロアチェリーは『恋果ての樹』恋愛成就、商売繁盛、そして子宝祈願の効果があったりなかったりされている。
現にミッツたちの前でも青年が想い人に告白してカップル成立したり、大きなお腹の妊婦さんらしい貴族女性がベロアチェリーから落ちてくる花びらを掴んでは祈っている。
「実はわたくし、この大庭園にミッツさんをお誘いしたのはこのベロアチェリーについて試して頂きたいからですの」
「この木がどないしたん?」
「このベロアチェリー、何でも渡り人が魔力を通すとたくさん実をつけるらしいのです。いえ、毎年春に実は生るのですが…渡り人クラウスと渡り人キャメロン、そして渡り人ミノリが魔力を通すとその年は毎日のように実が生るのです!わたくし、是非ともミッツさんに試して頂きたくて!」
「へー、クラウスとキャメロンとミノル……あれ?ユーヤ…はクラウスん時には亡くなっとるんやったな。あの、えーと、海賊王バーバババは?」
「海賊紳士バルバーロな」
「彼はあまり庭園に興味がなかったようで…当時の国王に嘆願され一度だけ魔力を通したそうです」
「事務的やなー」
ベロアチェリーは魔力が栄養となるらしい。渡り人の魔力はよく分からないが格別に美味しいらしい。
ミッツはとりあえずスマホで撮影することにした。
◆ベロアチェリー◆
渡り人クラウス・ジョンソンが妻ベロアへの愛を込めて作られた、通称『恋果ての樹』。品種改良どころか新種開発した植物。挿し木などの栽培は不可。この土地でのみ育つ。
水も必要とするが、魔力さえあれば半永久的に成長する。渡り人の魔力では豊作となる。サクランボは美味しい。
備考:魔力ちょうだい。久しぶりの渡り人の魔力早く。はやく。
「備考?!」
「それで、魔力を流して頂けますの?」
「ああ、そらもちろん」
えいや、とミッツはベロアチェリーに魔力を水滴状にして流した。ジョウロのごとく撒かれた魔力はベロアチェリーがどんどんと吸い取っていく。
そこそこあるはずのミッツの魔力をたっぷりと吸い取ったベロアチェリーの変化は割とすぐに訪れる。
まず、近くの精霊たちがハッとしてベロアチェリーに集まった。ぐるぐると周りを飛び、ベロアチェリーは一気にピンクの花をぶわっと咲かせた。
おおっ!と来園者たちがどよめいていると、花が一気に吹雪のごとく舞い、ベロアチェリーはどんどんと実をつけていく。
普通は見えないはずの精霊たちが今は見えているらしく、来園者がそちらにもざわめいていた。特に気にしていない精霊たちはベロアチェリーから実をプチプチと取ると、ミッツの元へとどっさり運んできた。
「ミッツ!ミッツ!これね、ベロアチェリーがね、おれいだって!」
「魔力おいしーって!まだまだサクランボ生やせそうだって!」
「アト5年はサクランボ豊作だッテー!」
「待ってそんなに吸い取られたん?…まあええわ、サクランボは貰っとこ。残りのサクランボは別に普通に収穫してもええんやろ?」
「ウン!大庭園の管理人がいつも収穫したり掃除したりしてる!」
「いつもアリガトーって言ってる!」
「せやて。えっと…管理人さん?」
いつの間にかミッツたちの後ろで呆然と眺めていた管理人たちは、精霊越しに聞くことが出来たベロアチェリーの感謝の気持ちに涙を流した。
「あっでも掃除する時、幹のところもうチョット強めに擦ってホシイってー!」
「洗髪か何か?」
意外と庶民ぽい要望にミッツはツッコんだ。
何にせよ、ベロアチェリーは満足し…ているらしいし、来園者たちは珍しいものが見れた。
遠目に開花を見た他の来園者がベロアチェリーの元へと駆け込んで来るのを見たサイは、全員をひとまず他エリアへと避難させることにした。すごい走って来ている。バーゲンセール、いや道頓堀に世界的野球選手がいたみたいな反応である。その勢いにキーラはちょっとだけ叫んでしまった。
サクランボを学生鞄にぎゅっぎゅと押し込みながら走り、ミッツは移動したエリアを眺めた。
サイがライスターの水球を押しながら走ってきたのは、大庭園の東側にある白い花エリアだった。
百合や鈴蘭のような花やミッツの知らない白い花がたくさん咲いており、清楚な雰囲気に包まれていた。
ベロアチェリーの騒動で人はおらず、サイたちはゆっくりとベンチに座ることが出来た。
「まさかあんなにベロアチェリーが喜ぶなんて…喜んでいるんですわよね?」
「おそらく…あの光景は歌にしなければな。ミッツ、歌にしていいかい?」
「え、うん。にしても、ここもキレイやなー」
「そうだな、久しぶりに大庭園来たが実はこの白エリアが好きなんだよな俺」
しばらくのんびりしているとミッツはあるものに気づいた。
「なあ、何あれ?」
「今気づいたのか?ここなら割と目立つのに?」
「…花を愛でてたから、うん」
「愛でてたなら仕方ないな、うん。あれは光の石美術館だ」
ミッツが指差したのは、白い花に囲まれて溶け込むように佇んでいた白く透明な建物だった。
光を反射してキラキラする建物は大庭園に比べると小さいが、ガラスをふんだんに使われていて現代地球でも観光スポットになりそうな建物だ。
「光の石美術館…、硝子細工公キャメロンが大庭園内に建てて貰った工房兼美術館だ」
「相変わらず美しい建物だよね…そうだ、今なら空いているだろうからここで休憩しないかい?」
「休憩?空いとる?」
「ええ!大庭園で収穫されたハーブを使用したお茶やお菓子を楽しめるカフェが光の石美術館にありますの。そちらでお茶でも致しましょう!」
「やったー」
「ライスター、貴方もご一緒なさい。美術館に用があると言ってましたし、ここまで来てわざわざ別れるのは不作法ですわ。わたくしがお代を出しますわ」
「おや、よろしいので?では是非!」
こうしてサイたちは自然と光の石美術館へと入って行った。