167 大遊戯場とハズレウオ
「うはははは!今日は調子が良いぜ!赤に30だ!」
「ぐわぁーむかつく!俺青に20や!」
「ミッツ、その辺にしとけ」
「イヤやー!金ならある!…人生で一回は言ってみたい台詞やなこれ!」
「賭博は嗜む程度にしとけって…」
ピピビルビの屋敷で巨大ロボットを見学した翌日、宿ロイヤルローズのロビーで待っていたのはギルバートだった。
昨日の内に誰がどの順番で観光するかを決めていたらしく、ギルバートが最初に案内することになったという。ラロロイとキーラは同行を遠慮したようでロビーにはいない。
そうして意気揚々とサイとミッツが連れて来られたのが、ユラ大陸最大級の娯楽施設である『シャグラード大遊戯場』であった。王都シャグラードの西側にある。
遊戯といっても遊園地のようなものではなく、賭博系の遊戯がメインである。いわゆる、カジノである。あとは珍しい動物がいたり、軽食を楽しめたりする。そちらは主に家族や子供たちが楽しんでいる。
賭博がメインといっても巨額のユーラが動くようながっつりしたものから子供のお小遣いで楽しめるようなものまでが揃っている。
もちろん違法な賭博などはない。やばい物を賭けてるとか薬物取引とか。
そんな違法なものが発見され次第、走って10分の距離にある兵団本部か騎士団本部から正義の精密監査が3分で走ってくる。こわい。
そんなしっかりとした複合型賭博施設で、ギルバートとミッツは今気楽に楽しめるタイプのルーレットを楽しんでいた。
途中までは景気よく勝っていたギルバートだったが、最後に大きな賭けに出て、普通にその賭け分を失ったのでちょっとだけ黒字となり終わった。
ミッツはまあまあ負けて終わった。日本円で100万ほど負けている。相当贅沢な遊びだったが今のミッツの総資産は1億円を越えている。楽しかったのでヨシとする。
「うん、競馬…競輪に競艇、あとオートレースにハマるおっさんの気持ちがよーーーう分かった…これは…うん…」
「ケイバ?ケイリン?キョーテイ?」
「何でもない」
ギルバートのギャンブル直感が反応したが、この魔法世界に向いていると思えなかったので説明するのはスルーした。
厳密には競馬だけはなんとなく採用されると思うし、競艇とかも魔法の乗り物とかで代用は出来るだろう。競輪は自転車が必要だし、オートレースはバイクが必要となる。ミッツにバイクの開発はさすがに出来ない。あと魔法でインチキ出来そう。
何より、ダメ人間を自分の手で増やしたくないミッツはとりあえずスルーを選択した。ギャンブルは程々が良いのだ。
ちなみに元々見に行くと約束していた虹色爆毛ライオンだが、一昨日の王城エリア襲撃の異様な空気を感じ取った王都内全ての動物が未だに情緒不安定であるということで、動物は全部公開を控えられていた。
実は動物好きなギルバートは落ち込んでいたが、動物のことだもの。仕方ない。ミッツはそう納得して今日は賭博などを楽しむことにしているのだった。
ミッツが日本の公営ギャンブル、もとい四大賭博に思いを馳せていると、ルーレットの隣にある賭博コーナー担当スタッフが袋を持って負けた客の元へと行くのが見えた。
「はい、参加記念のハズレウオだ」
「あ?ハズレウオ!?いらねー!捨てるとこどこだ!」
「せめて何かもうちょいマシなもんにしてくれよ…!食えない魚なんて渡されてもよ!」
「俺たちもハズレウオが手違いで大量に入荷されて困ってんだよ!」
ぎゃいぎゃい言い合う客とスタッフを見て、ミッツは2人に質問する。
「ハズレウオ?って何や?」
「ああ、ハズレウオというのは主に川で採れる魚…と分類される蛇みたいな魚でな。海にもいる。なんか大量に採れやすいんだが、いかんせんぬるぬるしてるし食べれるような見た目じゃないからハズレウオってあだ名がついてんだ。実際食べても泥臭いしなぁ」
「確かカワヘビって名前だったよな。つーかサイ、お前食ったことあんのかよ。元王子サマなのに?」
「冒険者に王子関係ないだろうが」
「…待って、待って。それ、黒っぽくてうねうねしてヌルヌルしとる…?」
「あ?おう」
「…待て待て待て!そこの2人!ゴミ箱に捨てるな!待たんかい!どっちや!ウナギか!?アナゴか!?それ以外か!?」
ゴミ箱に捨てようとしていた客2人はビクリとし、ハズレウオを回収したミッツは引き換えにチョコを一掴みずつ渡した。
客2人は冒険者だったようで、冒険者情報網によりチョコの存在は知っていた。ハズレウオよりも何倍も嬉しいとウキウキ気分になっている。
一方でミッツはハズレウオを見てウキウキ気分になっていた。
「うわアナゴや!いやでもウナギにも見える…?どっちでもええわ『鑑定』カメラ………ええっウナギとアナゴのハイブリッドやと?!」
◆ハズレウオ (カワヘビ)◆
ユラ大陸のほぼ全域の河川など水域に生息する、ヘビのような水生生物。魚に分類される。一応可食である。臭みが酷く、そのまま好んで食べる者は少ない。血に毒あり。地球でいうウナギとアナゴのハイブリッド。
尚、捌き方はウナギやアナゴと同じ。正しく捌けば似たような味がする。
鑑定は今日もミッツの食欲に親切だった。
ちなみに地球のウナギやアナゴの血にも毒はある。食べると死ぬというような毒ではなく、目や粘膜部に血が付着すると炎症を起こすタイプの毒である。
しかし毒性は弱く、たまに居酒屋などでお刺し身として出されることもある。火を通すと毒性は無くなるのでさほど気にすることはない。要するに、血抜きや捌くのに慣れてなかったらプロに任せようね、ということだ。
あと滋養に良い。そして関西風蒲焼きは美味しい。これは個人の意見である。
「あの、このハズレウオが何か…?」
「あんたスタッフさんか!?このアナ、ウナ、えーハズレウオ!これどんだけおるんや?いつ入荷したんや?どんだけやったら買い取らせてくれる?全部買い取りたいんやけど?」
「えっ、全部?!いくら安いからって全部だと割と金額がかかりますが…」
「もしくはありったけの…は言い過ぎやけど大量のチョコを渡す!渡り人のお菓子やで?どや?」
「すぐ支配人に確認します!」
大遊戯場スタッフも商売人であった。
すぐやってきた支配人の許可もおり、300匹を越えるハズレウオがミッツのものとなった。ミッツはうぞうぞ畝るハズレウオたちの箱を学生鞄に押し込んでいく。
ミッツは支配人の要望でスタッフたちが持ってきた複数の大樽にチョコをざらざらざらざら入れて支配人へと渡した。
それにしても手違いが過ぎる。よく分からないヘビみたいなぬるぬるした魚がビッチビッチと蠢いている箱がいっぱいの倉庫はきっと入りたくなかっただろう。
「で?それ本当に美味いのか?」
「泥臭かったしピリピリしたぞ?」
「あーサイそれ血抜きしっかりした?生きたまんまキレイな水に何日か晒した?してへんやろ?」
「そんな面倒なこと、冒険者の、しかも男がすると思うか?」
「思わんなあ!」
「あの、もしよろしければハズレウオの調理など…この場で出来ますか?あちらの軽食広場に調理室もありますし、今後の参考に是非…」
「ええよー、たぶん出来る!」
大遊戯場の軽食広場は、ミッツの知るフードコートに少し似た雰囲気だった。屋内なのに広場には露店が並び、奥の調理室で作られた軽食を各露店で売っているらしい。
ミッツはあとでじっくり見ようと思いながら、支配人に着いて調理室へと入っていった。なんとなくサイとギルバートも着いていく。
ミッツはまず手洗いをし、全員にも促した。大事だから。
まずお湯を沸かす。ハズレウオを1匹取り出し血抜きを施す。火傷をしないようにしながらハズレウオにお湯をかけていく。
お湯により皮が白っぽくなったところで、調理室で借りた包丁の背でぬめりを落とす。
ハズレウオの顔を掴み、学生鞄を漁ってふと考える。
「サイ、短剣貸して」
「ん?はい」
サイの短剣アルデバランをハズレウオの目辺りにぶっ刺して目打ちしようとする。
「おまっ…それ神々の短剣なんだろ!?ハズレウオなんかに何しようとしてんだ!」
「ヒィッ!そうなんですか!?」
「そういやせやった。でもちょうどええ針とか串とか持ってへんしなー……せや!神々の短剣ならちょっと針みたいにならんかな?」
神々の作りたもうた神秘の短剣はググッと細くなった。成長に合わせて大きくなる短剣と共に育ってきたサイも、こんな形状変化は初めて見た。
たぶん神々のゴーサインだと思ったのでミッツはハズレウオに目打ちする。ギルバートと支配人の悲鳴が上がった。
固定されたハズレウオをしっかり伸ばし、ミッツはお腹側に包丁を入れる。今更言わなくてもいいがミッツは関西育ちである。ウナギはもちろん関西風蒲焼きが好き。
ミッツは目打ちしたハズレウオを良い感じに切り分け、そこで針がまだ必要なことに気づいた。
支配人の悲鳴と会話を聞いていた料理人が様子を見に来て、料理に使う串を貸してくれた。
身を開いたハズレウオに思い出す限りの記憶を元に串をぶっ刺していく。
テレビで見た京都のウナギ名店の手捌き、家にあった雑誌で読んだウナギの蒲焼きの写真、そしてプロ料理人だった5軒隣のおばちゃん内藤さんのうんちく。全てを余すことなく思い出した気がするミッツは串を刺し終えた。
おそらくプロ料理人の内藤おばちゃんは甘めに及第点を出すギリギリの出来映えだった。が、ここは異世界。ミッツが伝えたウナギ…じゃなかったハズレウオ料理はやがてユラ大陸の料理人たちが発展させていくだろう。
そんなことを思いながらミッツは調理室にあった砂糖やショーユヤシを借り、なんちゃってウナギのタレを作り出す。それっぽい味になった。満足。
火で炙りながらタレを塗りつけ、予想以上に出てくる煙と戦い、うちわが無いのでルーズリーフで扇ぎ、なんやかんやすると完成した。その辺りはネットにレシピが転がっているはずなので調べてもらいたい。
ハズレウオの蒲焼きらしきものが完成した。その匂いは調理室外まで広がって、客とスタッフたちがなんだなんだと集まっている。
「さて試食…サイ、何してんの?」
「うん?回毒出来る薬の準備だが?」
「めっちゃ疑っとるやん、鑑定したらええんちゃうの」
「あ、確かに。『鑑定』」
◆ハズレウオの蒲焼き◆
ハズレウオと呼ばれるカワヘビの異世界料理。血の毒は下処理時点で消えている。滋養に良い。香ばしい香りはこの世界の住民の食欲をも唆る。白米との相性が大変によろしい。
「知っとるわい!!!んなこと!!!」
「ミッツ?」
「…ハッ!鑑定に煽られたか思った…まあこれで毒入ってへんの分かったやろ?食べよ食べよ俺は食べる絶対食べるというかまず俺食べなあかんやろいただきます」
「落ち着け落ち着け。そうだな、是非食べてくれ。でもその後俺たちも頂いていいか?さっきから調理室の料理人たちが作りたそうに、そして食べたそうに見てるから…」
「あ、うん。…せや!いっぱい買い取ったしこれ全部食べられへんし…集まっとる人らにも振る舞ったって!俺の買い取ったハズレウオここに置いとくから!試食や言うてちょっとずつ配るんやで!」
「えっ試食…いえ、かしこまりました!我々で食べて問題無ければ、無料で提供します!」
こうしてミッツが感動しながらゆっくりと味わう間に、初めて見た料理にやや苦戦しながら料理人たちがどんどんと焼き上げていく。
試食、いやガッツリ一人前ずつを調理室内メンバーが食べ、あまりにも美味しかったのでつい「どうする…?」「これ無料で?惜しくない?」「でも渡り人のお達しだし…くっ…」と囁きあい、結局様子を見に来ていた人々にも新メニューの試食として配られた。
後ろで貴族や庶民がわいわいと感想を言い合う中、ミッツは調理室の隅でちょっと泣きながらゆっくりと食べる。
「あかん、ほんまに白米欲しい……王様早うくれへんかな…ほんまにくれるんやろな?いつになるんや…?」
半年白飯を食べていないミッツは、ちょっと限界気味であった。