166 ピピビルビさん家の少年の夢の塊
「ミッツー!大変だったネ、王城に潜り込んだんだって?!陛下から聞いたヨー!大丈夫?無事?装甲剥がれてない?心臓抜かれてない?」
「その装甲が肌のことならほぼ無傷やし、そのコアが心臓のことを指しとるんなら今日も元気に動いとるでピピちゃん」
「ハー良かっタ!」
襲撃の翌日、宇宙からの渡り人ピピビルビが心配して宿に来た。ピピビルビだけでなく冒険者ギルド関係者や事件に巻き込まれた冒険者の知り合いも宿に来ており、きらびやかで厳かで品のあるロビーは庶民オーラでごった返していた。
その中でサイとミッツは眠そうなモモチを抱えてピピビルビと再会を喜んでいるのだ。
庶民がいつもより多いからといって宿の従業員は決して無碍にすることなく、陛下からのお達しもあって丁寧に接客している。
昨日は案内された部屋で適当に服を脱ぎ散らかして特に気にせず全員ぐっすり寝た。が、起きてみるとベッドは普段のベッドの100倍ふっっかふかで良い香りがしている。
さすがに1人につき一部屋というわけでは無かったが、5人分のベッドが入ってもまだまだ広い部屋は……そう、いわゆる貴賓室とかスイートルームとかそういう類の部屋だ、と冒険者でも分かった。さり気なく一緒に案内されていた兵士トムにも分かった。
冒険者たちはとりあえず寝ていたベッドから身を起こし、いつの間にか綺麗にされていたフローラルな香りのするいつもよりすべすべサラサラの冒険者服に着替えると恐る恐るロビーへと降り、待ち構えていた関係者と再会を喜んだのだった。
この時ようやく、ここが上位貴族や王族御用達の5つ星宿『ロイヤルローズ』ということを知った。
フロントマンによると滞在中の費用は全てエルバート国王が出すと言う。呑気に寝ていた冒険者たちは気を失うかと思った。
下手すると一泊の値段が平民の年収3年分ほどなのだから仕方ない話である。
「びっくりしたヨ!まさかワタシのべべロス鉱石が効かない状況が来るなんてネ!まさか内側の敵とは…久しぶりに本気で対策練らないとナァ!」
「宇宙人の本気とか怖…。でもあいつらに物理的なもん効くんかなぁ?」
「ああ、奴らについての情報が少なすぎる。考えるのは情報が集まってからでもいいかもしれないな」
「そっかー。一応考えるだけにしとくネ」
ピピビルビはそこまで話すと、何かを思い出したかのようにポンと手を打った。用を思い出したらしい。
「アっそうそう、今日ヒマ?ワタシの愛用機見に来ない?」
「えっ行く行く行く!絶対行く!サイ行きたい!サイが行かんでも俺だけで行く!」
「分かったから落ち着けって。俺も見たいから着いていくよ」
「きゅわぁ…」
「モモチ?…眠そうやな、モモチお留守番しとく?リュックで寝とくか?」
功労者の1人、いや1匹であるモモチも宿ロイヤルローズの部屋に用意されたもちもち犬用ベッドで一晩寝ていた。でもまだまだ寝足りないらしい。プチフェンリルだからね。
迷った仕草をした後、モモチはてってっと客室に歩いて行ったのでミッツは扉を開けてやるために後を着いていった。
残されたサイとピピビルビは待つ間、会話を静かに進める。
「あ、そうだ。サイさんって王子だったんだって?もー早く言ってよネー!態度改めた方がいい?」
「改めなくてもいいけどそれ誰から聞いた?」
「陛下からだけど。報告の流れで教えてくれたヨ」
「…そうか」
サイがサイード王子と同一人物であるということはちょっと大変な事実であるため、1週間後の公式発表の時に公表するとか言っていたような気もするエルバート国王だったが、渡り人ピピビルビにはフランクに話していたようだ。この様子だとなんとなく貴族とかにも話していそうな気がしてならない。
あとで国王とお話し合いする必要がある。サイはそう思った。
ロビーで今日の予定が決まりかけていた時、サイたちは後ろから声が聞こえた。
「あら!ピピビルビさんに先を越されてしまいましたわ!」
「本当だ、残念だけど明日以降にするしかなさそうですね」
「んだよ、じゃあ今日はゴロゴロすっかな」
「あ!キーラさん、ラロロイさん、ギルさん!おはようさん」
「おはよう、3人とも。よく眠れたか?」
「まあまあだな」
冒険者最強の四頂点と希少な渡り人2人が全揃いするという珍しい光景を周りが眺める中、朝の挨拶を済ませた彼らは会話を進める。
「それで、先を越されたとは?」
「ああ。ほら、本来だったら事件のあった日に謁見終わらせてからお前らと王都巡りっつーか観光する予定だったろ?」
「そういえばせやった…!」
「それで、今日からお暇ならゆっくり巡れると思いまして!」
「確認したところ、王城エリア以外の施設はほぼ通常営業らしいのでね。ちょうど良いと思ったのですよ。ですが急いで見るようなことでもありませんし、ええ。1週間は休みがあるようですし」
「あちゃー!ごめんネェ、そっちに譲ろうか?」
「いやいや、もうミッツが行く気満々だしよ…」
「そうですね」
「そうですわね」
「そそそそそんなことあらへん…よ…?」
「ミッツ、目を合わせてから言え」
「…明日以降にしてください…あかん、宇宙船見たい…どんな形なんやろ?お椀タイプのUFOかな?あっいや飛行船タイプもええな…」
ですよね、と四頂点は頷いた。明日の予定は今日の夜、再びロビーで集まって話し合おうということで一時解散となり、サイとミッツは出かける準備をするために客室へと駆け足で戻って行った。
その青白き光は線を描きながらキュイン…と軽やかな音を奏でた。幾多の閃光が瞬く間に上下左右へ駆け巡り、光がそれぞれの終着点に達すると赤く点滅を三度繰り返し青白い光へと戻る。
機体は銀にも見える白を基調としたもので、ところどころ無骨に見えて自然体でもあるように強い差し色の装甲が取り付けられている。
バシュッと薄く白い霧のようなものを吐き出す排気口までも実に機能的、かつ無駄の無いデザインは滑らかなシルクにも見えるほどに見事である。日本のデパートで飾られている白くお高い陶器のようでもあった。
そして、その宇宙船は、地球人の目の前で立ち上がって見せた。
「ガ」
「が?」
「ガンダ…!!?」
だらだらと記載したが、要するに宇宙船だと思ってやってきた少年が見たものは人型ロボットだった、ということである。
「えっうそっえっマジで、え?うそやん、えっ?ロボやん…???」
「ミッツ落ち着け」
「いや無理よ…地球の先進国ん中でもオタクに特化した国の少年ナメたらあかんぞ。こちとら『魔獣戦機ベルガーナイン』その他ロボアニメ真っ只中世代やぞ無理やてあかんてありがとうございましたほんまに」
「ただでさえ早口なのに更に早口になるのやめろ。ほとんど分からないが、とりあえず良いってことか?」
「大丈夫よサイさん。ここに来た地球人の半分はこんな感じで大喜びヨ」
「はっ!写真!写真撮ってええ?!」
「イイヨー。…ほらね?」
「そうみたいだな…」
宿ロイヤルローズを出て図書館裏に向かったサイとミッツは、ピピビルビの個人宅という名の屋敷の大きさにちょっとびびりながら裏庭に案内されていた。
案内された先に人型ロボットを見つけたミッツは数秒固まると、テンション爆上がりブチ上げでスマホを取り出し早口で語っている。
半年と少しでは拭いきれなかった現代っ子の反射神経でSNSにアップしていいかどうかを聞こうとし、ここではSNSに何の価値もない、そもそもSNSが使えないことを思い出した。
「はー…これがピピちゃんの…」
「ソウ。ワタシの愛用機、『べべロス式量産型ブイルポッドⅡシリーズ』だヨ」
「べべロスしきりょうさんがたブイルポッドツーシリーズ…!」
「なんで繰り返した?」
「普通にブイルポッド、もしくはブイルって呼んでるヨー」
サイの静かなツッコミを無視してミッツは立ち上がった人型ロボットの足元をぐるぐると回って見上げている。
キュインキュインと光るブイルポッドはウィンウィン動くと、ミッツに顔部分と思われる箇所の照準を合わせた。
【コンニチワ。ワタシは惑星べべロス量産型ブイルポッドMark−Ⅱ、識別番号8076機体搭載知能『ブイル』デす。初めテ会う人間、渡り人と認識しマした、ピピビルビの友人と登録しまス。】
「ミツル・マツシマだヨ。愛称はミッツ。登録してネ」
【かしこまりマシた。】
「シャベッタァアアアアアアア!!人工知能やああああやったぁーーーっ!スピーカーどこ?!!」
「落ち着け」
「これもニホンジンみんな同じ反応だネ」
人型ロボット…ブイルポッドの内部にあるらしい機械仕掛けの知能に声をかけられたミッツのテンションはマックスから振り切れてキャリーオーバー中である。
ちょっと落ち着くまでに15分かかった。
「…ごめん、なんか、めっちゃテンション上がった…」
「ユーヤも似たような感じだったし、ミノリもそこまでじゃないけど興奮してたヨ。クラウスはそうでも無かったけどキャメロンも騒いでたネ。バルバーロは全然反応無かったヨ、懐かしいナー」
「いやこれは興奮するで…。キャメロンさんは同じ時代やったんかな…クラウスさんはちょっと時代ちゃう人やったんかなぁ?バルバーロってあれやろ?海賊やろ?ほなピンと来てへんやろな!」
ひたすらブイルポッドを撮影しまくったミッツは多少落ち着き、3人は庭に設置されたテーブルセットに座っている。
ピピビルビが銀色の手を屋敷の方に振り、王城での事件について軽く話しているところだった。
そんなに時間を空けずに屋敷から人影が出てきて、ワゴンを庭に押して来た。
【お茶でス。どうぞ。】
「ああこらどう…も……ん?えっ?」
人影はどう見ても人間ではなく、かと言ってエルフなどの亜人でもない。機械生命体みたいだった。アンドロイド。ロボット。
「ア、これもブイルポッドだヨ。正確には知能ブイルが動きやすいように備え付けられてる、ブイルポッドのミニサブ機だネ。あのブイルポッド本体はもうあそこから移動は出来ないけど何故かサブ機は移動出来るんダー。つまりさっき話してたブイルとこのブイルは同じブイルだヨ」
「あかん、情報多い。すごい」
【分身とお考えクダさい。】
「サブ機のブイルやから…サブイル…あかん、ダサいな」
おそらく数回目の反応なので慣れた様子で応えるブイルはティーポットを蒸らしながらミッツと会話を続ける。
【ミノリサマは私に『サブール』と名付けてくださいまシタ。ゴ参考にドウゾ。】
「ほんならサブールさん、どうもよろしゅう」
【サブールで大丈夫でス。私はこの屋敷から離れるコトが出来まセンが、よろシくお願いイタシます。】
「そうなん?」
サブ機…サブールの言葉にミッツはピピビルビへと問いかける。
「うん。ブイ、いや統一しよう、サブールはブイルポッドのサブ機。いわば付属品だネ。あの本機であるブイルポッドが動けないのであれば、サブ機のサブールもあまり遠くへは行けないんだヨ」
「へぇ…?」
「んーと、ミッツのいた時代は…なんだっけナ、電波?はあった?」
「電波?あったで」
「ブイルポッド本機から発する電波のエリアがよく働いてるのがこの敷地ぐらい。ギリギリなんとか届いてるのが王都ぐらいってとこネ」
「分かりやすいわ、おおきに」
「これでユーヤとミノリとキャメロンも理解してたヨ!」
ピピビルビの説明によると、ブイルポッドと共に墜落するようにユラ大陸へ渡って来た際にブイルポッドの移動に必要な部品が破損したらしい。
立ち上がりなどの動作はなんとか500年近く出来ているが、その部品だけはどうしても再現が出来ずに移動することを断念。以降はブイルポッドと共にほとんど王都で住み続けているとのこと。
一度だけサブールを連れて部品の再現が出来ないかと、国一番の職人たちが住むと言われる鉄錆塔マブオーロへ行こうとした。が、王都から30歩あたりでサブールが動けなくなったのですっかり諦めてしまったらしい。
動かなくてもここで王都を守るという日課があるし。
「とまあ、こんな感じなんだけど…満足した?あ、ブイルポッド乗る?」
「のっ…乗れるん…?」
「変なボタンとか触らないようにワタシが着いて行くけどネー」
「乗りたい!サイは?」
「俺はいいや、行ってこい行ってこい」
こうして、ミッツはほぼ丸一日をブイルポッドの見学に費やした。普段辺境町ミチェリアで活動するミッツはここぞとばかりに隅々まで堪能し、
サイはなんとなく子供がはしゃぐのを見守る父親の気分を味わった。