165 種族命名
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「とは言ってもさっきまでの話もエサイアス関連ではあるが」
「他にも疑問あるやろ。結局あいつら、何なん?」
「なに、とは…敵ではあるな」
問われた周囲がちょっと困ると、ミッツはモモチを撫でながら噛み砕いて質問をする。
「んーと…、ギルさんは人間族やろ?」
「あ?おう」
「ラロロイさんはエルフ…ハイエルフやな」
「そうです…ああ、そういうことですか」
「キーラさんとサイも人間………いやサイは結局人間…?」
「たぶん人間だぞ。冒険者ギルドでも人間族って判断されてるし」
サイも改めて考えてしまったが、血と育ち以外は人間なので人間族カウントである。
ちょっと人間離れした回復力と魔力をしてちょっと遅老の加護を受けているが、人間である。本人もちょっと不安になったが、人間である。
「そういう種族的な意味でエサイアスらは何に当たるん?俺、あのでかいやつ、えーとトードルドやったか?あいつの目もちょっとだけ見たけど、あいつも赤かったで?」
「ふむ、エサイアスは知ってるがトードルドについては知らないやつだな」
「私も知らないな」
大男トードルドについて思い出していると、抜け道救助冒険者組の1人がおずおずと手を上げた。
「あ、あのよ…言ってもいいか?いや、よろしい…でございますか?」
「王族の前とはいえ、喋り辛かろう。普段通りので構わぬ。それに気付いたことであれば些細なことでも申せ」
「は、はい。俺、B級のバンナ・サルルーって言います。不冬森ジャジャルバ近くの出身でジャジャルバが冒険者登録したとこなんすけど、えっと、トードルド、あいつもジャジャルバにいたやつです」
「…は?」
「いやあんな根暗っぽいやつじゃなかったんすけど、間違いないっす。あんな状況だったんで言い出せなかったし、でも酒飲む仲ではあったんで、えっと…」
「落ち着いて詳しく話せ」
エルバート国王にそう言われ、バンナは深呼吸してから語り始めた。
シャグラス王国西南にある冬の来ない熱帯地域、不冬森ジャジャルバ。その近くで生まれ育ったバンナは冒険者になるために適齢になるとジャジャルバへ行き登録を済ませた。よくある話である。
同年代のジャジャルバ出身冒険者たちとよくつるんだりパーティを組んだりしていた。よくある話である。
その中に、同年代の中でも大柄な青年がいた。らしい。よく食べよく笑い、頑丈な体でパーティの盾として守りを固めていた。『非契約者』で魔法はあまり使わず、パワーでゴリ押しする脳筋タイプ。
「それがトードルド・ピカンっす。あのトードルドもパワー系だったけど、あんな片言であんな変なやつに従うような、そんなやつじゃないです!」
「そのトードルドに最後に会ったのはいつだ?」
「うーん、俺もずっとジャジャルバにいたわけじゃないし。冒険者って別のとこ行ったりするし。あー…最後…2年くらい前?確か無法帯に素材採取クエストだったかな…?」
「パワー系のやつが素材採取?」
「無法帯の北西あたりってやべー植物の宝庫なんすよ。危険区域で…まあ無法帯は全部危険だけど。B級以上になるとソロで行けるとこで、大マンドラゴラとか偽美人花とか、すげー襲ってきますよ」
「そんなとこあるのか…」
「サイも知らんのや?」
「たりめーだ。父さんたちでも分かっていないことばかりなのに」
「え、そうなん?」
無法帯は、シャグラス王国と同等かそれ以上の広さの土地であり、生態や実情などはほとんど解明されていない。そのため未知の大秘境としても認知されている。
国々に面した辺りはまだしも、無法帯の中央辺りは入った者の報告がほとんど無い状態である。
サイは冒険者になってから何度も無法帯に入っているが奥まで行ったのは仕方なく行くしかなかったというのが数回程度で、中央とされる付近にはゴッド級もS級も出来れば近寄りたくない。
「無法帯の辺りは我々でもなかなか視えない場所で、特に中央付近となると視ているだけでもしんどいのだ」
「あそこは澱んでいるのよねぇ」
「澱んでる?」
「ええ。この世界の神である我々が干渉出来ない何かがあるのでしょう。万能神ゼノンですら分からないのです、おそらくこの世界の理からズレた場なのかと」
ミッツは自分なりに考え、曇りガラスに見える場所があると解釈しておいた。今は他の問題があるからそちらに考えを優先させる。
「なんにせよ、無法帯の危険区域で消息不明になった可能性はあるな。そこから…何かがあって、ああなった、か」
「あくまで可能性の話だがな」
「俺、つくづく前線防壁の近くでサイに見つけてもろて良かったなぁて思う」
「俺も見つけられて良かったなって思うぞ。精霊たちに感謝だな。いや、勝手に連れてきた疑惑があるから…どうなんだ?」
「…ほんまやな」
ミッツがゾッとしている間に話は進んでいく。
「つまり、人間が洗脳されていたということか?…そういえば他にも仲間がいるかのような発言をしていた!洗脳された者が他にもいるかもしれん!」
「あれは洗脳というレベルなのか?」
「洗脳では目の色は変わらぬだろう。それ以上の変化があると見た」
「そう、『目の色』だ!何故赤い目をしている?赤い目は魔物の証であろう?」
「人間のナリで赤い目は見たことがないが…」
「二足歩行で魔物であるのは、ゴブリンなどぐらいじゃないかな」
「でもあれは遠目に見ると人間にしか見えないぞ。フードが取れるまでは本当に人間か亜人だと思っていたからな」
「ほな、魔物とちゃうの?どっちかというと『魔族』みたいな?コウモリ従えとってほんまにヒトを同類にするんやったら吸血鬼みたいやな!というか今更やけど魔族ってこの世界おらへんねんなぁ」
ミッツは漫画やアニメのノリでさらっと発言する。
魔族という単語に全員がミッツへ注目した。
「ミッツ、マゾクとは?」
「へ?うーん、魔物みたいな亜人?みたいな?」
「またチキュウの架空の話か」
「うん!」
「いい返事だ。だがそんな概念もあるんだな」
「それでミッツよ。魔族はさておき、キュウケツキとはどういう存在だ?」
「んー。小説とか漫画によって色々あるんやけど、人間みたいやけど人の血を吸うて食料にしとるみたいな奴や。大体の特徴は…鏡に写らへん、銀が苦手、ニンニクも嫌い、コウモリを手下にする、美男美女が多い、色白、空をコウモリ羽で飛ぶ、あと…血を吸うて眷属を作る」
ミッツが出来る限り思い出しながら、指を折って吸血鬼のオーソドックスな情報を述べていく。
「血を吸って眷属に?どういう原理で?」
「いやまあ架空の話やしな。血をあげて眷属にするとか、血を吸うことが快楽になって眷属になるよう仕向けるとか、色々設定はあったで。でもまあ世間一般的には…やっぱ血を吸うたりして仲間にする感じやなぁ」
「なるほど。血とは限らないが何かをきっかけに仲間を増やす。そういう感覚でいいかな?」
「たぶんそんな感じやな!せやからそのトードルドさんも…何かされて魔物みたいな目になったんとちゃうんかな。というか人間かて動物なんやから、あり得ん話ちゃうんとちゃう?」
「あ?」
「魔物はなんやかんやで動物の目ぇ赤くなって凶暴化したやつなんやろ?ほなら、人間かて目ぇ赤くなって凶暴化してもおかしないんちゃうの?」
「…確かに…」
話し合っている中で、ミッツの頭によくいる風精霊がハッとしてペチペチとミッツの頭を叩き始める。
普段からへばりついている精霊は何体かいるが、この風精霊は抜け道の時も一緒にいたのだ。王城に張られた結界が消えてからは、当時たまたまいなかった野良精霊たちもミッツや他のお気に入りの者にへばりついている状態だった。
もっとも、野良精霊がしっかり普段から見えるのは精霊の瞳を持つミッツやハイエルフのラロロイ、高魔力のサイたちだけなのであまり関係はないのだが。
そんな見える見えない存在である彼らは今、何かを伝えようとめちゃくちゃ動いていた。上級精霊ではないので話せなさそうである。
「ん?どないした?おやつ?」
「何かを伝えようとしているのかな」
「そうなん?」
ラロロイの言葉にコクコクと首が取れそうな勢いで頷いている。風精霊はミッツの知り得たことを纏めているルーズリーフの束を指差すと、風でパラパラとページをどんどん戻して行った。
最近のページと1ヶ月ほど前のページまで戻ると、風精霊だけでなくフードによくしがみついている火精霊たちもルーズリーフに降りてべちんっべちんっ、とページの一部を猛アピールした。
「えー何々、メモ。不定期報告会、喋る魔物、人間、辺境町ミチェリア、冒険者たち。喋る魔物………あっ!」
「そういやそんなこと言ってる奴らがいたな」
「あー!ほんとだ!いた!」
「ミチェリアでも噂があったんだな!辺境町スキュダムでもあったぞ、こっちのは人間の姿らしき魔物って噂だった!」
「え、何?」
辺境町からやってきた冒険者たちがわいわいと噂について語り合う。
それ以外の冒険者も、遅れて思い出してきた。そういやそんな話があったな、と。
「そういえば陛下からの報告でもあったな。人の言葉を話す魔物、人に見える魔物ってのが」
「色々あり過ぎて忘れてたな」
「あー、あった。なんだっけ、喋る魔物、占い、渡り人、だったか」
「色々あり過ぎて忘れかけてたけど確かそんなんだったな」
本当に色々あり過ぎて、ここにいる冒険者たちはすっかり忘れかけていた。
各々町に帰ったら各ギルドに報告しなくてはならないのにこの調子で大丈夫なのか。ミッツはちょっとだけ不安になったがこの状況では仕方ないかもしれない、と考えないことにした。
「ほんなら疑問分かったんちゃうの?エサイアスみたいなのは前からおって、今回たまたま見かけられてしもて噂になった。なんか今回王都に襲撃かましてきて噂のふわふわした存在が明らかになった。そんで占い云々はエサイアスたちが広めたもん、かもしれん。ほんで渡り人は俺や」
「確かに。そう考えるのが自然かもしれない。陛下、どう思われます?」
「ミッツとサイの言う通りだ、そのように仮定しよう。それに…これはもはや冒険者や騎士団、兵団だけで抱えて良い話では無くなった。これだけの被害と騒ぎだ、いずれ貴族と平民にも被害がいくかもしれん。他の国々もだ。エサイアスたちのような存在がいるということを、公表しよう」
エルバート国王がそう決めると、王に仕える者たちが礼をとった。了解の意味だろう。
「エサイアスみたいな存在、か。んー…なげぇな!」
「ギルバートの言う通りですわ。仮称…俗称のようなものが必要です」
「それはミッツの言う、なんだっけ、『魔族』とか『吸血鬼』でいいんじゃねえか?」
「ではそれで」
あっさりと魔族と決まった。全体がまだまだ分からないのでどこまでを魔族とするのか、魔族という種族の中の吸血鬼一族とするのか、これから決められていくことだろう。
「どうでもええんやけど、もしエサイアスとかトードルドみたいなのがいっぱいおって、そいつらを『魔族』とか『吸血鬼』とか呼ぶんやったら…エサイアスは『魔王』って呼ばれるんかなぁ」
「魔王?何故?」
「魔族の王様みたいなもんやん?もっと強いのがおるかもしれんけど」
「……ミッツ、魔王は何か嫌だ…」
「え?なんで?」
「…ああ、サイの二つ名は『銀の魔王』だったな。確かにそれは嫌だろう」
「そもそもその二つ名も俺は嫌なんですけど、義父上、じゃなかった陛下」
「義父上でも良いぞ。ふむ、では二つ名を変えるか」
「その辺りはおいおいで構いません。それより……」
サイはちらりとガルーダ王子を見る。ガルーダは頭がガクンガクンと上下し、とっくに限界を迎えているようだった。
他にも顔色の悪い王妃や使用人、騎士たちを見回し、エルバート国王もそれに気付く。
「そうだな、今日はもうこのぐらいにしておこう。ここにいる皆が疲労困憊であろうしな。だがまたこの場にいる者は話し合いのための招集をかける故、すまないがあと…1週間ほどは王都にて待機してくれ。要点を纏めてから国民へ説明したいからな…ベルサッチェ!」
「はっ。冒険者の皆さま、宿をこちらでご用意します。そちらで1週間前後お過ごしください。観光などをして頂いて構いませんし、離れ過ぎなければクエストなども大丈夫です。その間の経費は全て、王城からお出し致します。…これでよろしいですか?陛下」
「ああ、頼んだぞベルサッチェ。では一時解散とする!」
こうして長いようで案外長くなかった王都襲撃事件は一旦幕を閉じた。
ベルサッチェの案内で宿に着いた冒険者一行は、心配して宿に来ていたギルドマスターへの報告をほぼ最低限に済ませ、その宿が最高級宿であることも気に掛けることなく、全員がすぐに眠りについたのであった。
さらっと着いてきた神々は即寝たサイに一方的な癒しの祝福を捧げ、ついでに他の冒険者たちにも労いの祝福をかけて神ノ島へと帰って行った。