164 そしてサイは今に至る
「と、いうのが俺のざっとした生い立ちだ。その後はなんやかんや頑張って、ゴッド級になった。そこからはまあなんやかんや生きてミッツと出会った。ミッツと多少被ってるだろ?」
「いやどこが…?重っ!ごっっっつ重い…!俺の100倍重いやんけ!!!」
知らなかった者たち、そして忘れさせられていた者たちは無言になり、部屋は静まり返っていた。幼いガルーダ王子も全てを理解したわけではないが、なんとなく理解して泣きそうになっている。ミッツはモモチを抱っこさせて一時的な安心を取らせている。ちなみにアメリア王妃は既に泣いていた。
サイの後ろで改めて生い立ちヒストリーを聞いていた、既に知っているはずの神々も何故か泣いている。
「あっ!そういや抜け道ん時にどの神さん信仰してるんやって聞かれて一瞬吃っとったな!?あれって…」
「そう。自分の親のことだなんて言えないし、あの中だと一番偉いのは万能神ゼノンだろ?だからゼノン信仰と伝えたんだ」
「えぇ…私たちそんな不敬な質問を…」
「知らなかったのだし、父さんたちも特に何とも思ってないはずだよ」
「ああ、別に何とも」
「神々の代表はゼノンだし、あなたたちは何も知らずにいたのだし。その場面では真っ当な質問だわ」
神々から直々に許され、抜け道冒険者一同は酷く安心した。
「ええと、聞きたいんはまだまだあるんやけど、とりあえずその…えっと、エサイアスも言うてたしサイも言うてたしアメリア王妃さまも言うてた、あれ何?」
「ん?ああ、えっとな」
サイは答える前にキョロキョロして、ラウール王子に目を止めた。
「ラウール殿下」
「いやです。思い出した以上、兄上は兄上ですので呼び捨てがいいです。血の繋がりは無くとも兄上に変わりありません。敬語もいらないです」
「…ではラウール。今から、そうだな。左手を上げて右手はずっと膝の上に置いといてくれ。俺が何を言っても、『いいぞ』と言うまではそれを貫き通してくれ」
「? はい、分かりました!」
ラウール王子は左手をバッと上げ、右手はきちんと膝に添えた。サイは頷くと、一言発する。
【10秒だけ左手を横に広げて右手を上げろ】
「…えっ!?」
ラウール王子は自分の意志に反して、体が勝手に右手を上げて左手を横へ伸ばしたことに驚いた。
「な、なんで!?僕はずっと左手だけを上げようとしているのに、勝手に!」
「ミッツ、これのことか?」
「あ、うん。それやけど。ほんまに願い叶ってまいそうな声やな。魔力込められとる?」
「んー。あ、ラウール、もう動けるはずだから降ろして楽にしていい」
「は、はい」
ラウール王子が困惑しながらも両手を揃えて降ろし、不思議そうにしている。
今度こそサイが答えてくれるようでミッツは姿勢をなんとなく正した。
「これはな、正式名称は分からんが神々は『従属させる言葉』と呼んでいる。よね?」
「そうだね、私はそう呼んでいるよ」
「『魔力の言葉』と呼んだりもする」
「『指令の魔法』と呼んだりもするわ」
「他の神も別称で呼んだりするぜ」
「バラバラやんけ。うーん、『言霊』みたいなもんか?」
「コトダマ?」
「日本でな、言葉には不思議な力…霊力的なのが宿っとるって信じられてることがあってな。今でも信じてはる人おる。俺はたまに信じる。端的に言うたら…『言うた通りになる』って感じ?」
「あー、似たようなもんかな?こちらのは『言う通りに従わせる』という感じだ。だがコトダマか。スッキリしてて良いな」
「そうね、じゃあコトダマに統一しましょ」
「決め方それでええんか…?」
なんとなくの流れでコトダマという名称になった『従属させる言葉』あるいは『魔力の言葉』もしくは『指令の魔法』は、魔力を言葉に含ませることで従わせる従属指令の魔法である。らしい。
含ませる魔力の質と量によって効果は変わり、足りなければ条件を付け足す。らしい。基本的には人間や亜人に出来ることしか叶えられなく、プラス面にもマイナス面にも使うことが出来る。
「随分ふんわりした説明やな」
「悪用されるととても困るので、基本的には使えないものなんだよ」
「そこの王妃のように、自分に言い聞かせることで暗示になったりする。此度は暗示で済んだが、サイがやったのはほぼ洗脳だからな。悪用されると本当に不味いこととなる。」
「そうねぇ、我々のような存在でも簡単に使うものではないわ。でも人は時々自力で使えちゃうのよねぇ。勝負事の時とか、告白の時とか?王妃の暗示はたまたま言葉に魔力を宿してしまった故の、事故であろう」
「ふーん」
「それで、俺はそのコトダマをある程度操ることが出来るんだ。やり方は秘密、というより俺もよく分かっていない。なんとなく使えるんだ。ああ、もちろん普段は使わないぞ?」
「へぇ…まあやり方分からんし、使うこと無いかな」
なんとなく理解したようなしてないようなミッツに、癒神ローロアが話しかける。
「ミッツくんだったかな。君ならおそらく分かると思うんだが、[この世界を作り出しているシステムの管理コードを直接弄れる力]、といったところだ。たまに[コードに綻びが起きたり]すると、そこへたまたま魔力を帯びた言葉が入り込むことにより[コードを新しく入力したり訂正したりする]。それがコトダマの原理のようなものだよ」
「[コードの書き換え]!?つまり…[ハッキング]か。はー、そらすごいわ」
「ミッツ、今なんて言ってるんだ?聞き取れなかったんだが」
「え?何って要は[管理システムのハッキング]みたいなもんって話を…」
「よく分からない金属音のように聞こえるんだ」
他の皆もうんうんと頷く。説明をしてくれた癒神ローロアはミッツにもう一言だけ説明する。
「この言語と内容ね、神々でも理解出来るのは今は2柱だけなんだよ。あとは地球の一定の年代以降の人間、それと特定の異世界の者くらい。技術の違いによるものかは分からないけど、理解の範疇外にあるんだと思う。君がなんとなく理解出来たらそれでいいよ」
「なるほど…?まあ神さんがよう分からんのやったら俺も分かりませんわ」
「それもそうかもね、神もある程度万能ではあれど全てを知るわけでもなし、何でも出来るわけでもない。まあ人間族たちに出来るコトダマなんて所詮一過性のものだし、歴史が永遠に書き換えられるなんてそうあることじゃない。今回のサイのようにね。その辺りは安心してくれ」
「よかったー」
ミッツがなんとなく納得し、それでも納得していなさそうな周りの者に向けてサイは手をパンと打った。
「まあ昔から言うやないか。本気で願えば願いは叶うって」
「そない無理矢理願わせること…があったんだな」
「あったんだな…そうだな」
「あるんやったらしゃーないやろ。よしこれでちょっと疑問解消や!いやなんでエサイアスが使えたんかは疑問やけど!」
ミッツがそう言い、ルーズリーフに書いた疑問の分かった箇所を線で消した。
と言ってもサイとサイード王子の関係、エサイアスと国王に実は面識があったことについてが分かっただけなのだが。
・王城の被害状況
・無法帯の王エサイアスとトードルドのこと
・昏き海ってどんなとこ?
・そもそも無法帯ほとんど知らん
・それ言うたらあいつら目赤くなかった?魔物?
・なんで俺とサイだけあいつの目見ても動けたん?
・アメリア王妃さまの呪いについて
現にまだこれだけ疑問が残っているし。
「で、分かることから聞こう。サイの話を聞く間に大 体分かったであろう。ベルサッチェ、被害状況を報告せよ」
「はい。…王都全体に被害は広がっていないという点、そして王族に被害はほぼ無いという点はまず良かったです。が、王城の被害は…勤める者の約半数が重症ならびに死亡。特に外にいた者は大半が死亡しています。王城への被害もなかなか…これの復興及び人員の補充ならびに遺族らへの諸々経費には、単純計算で国庫3分の1ほどになります」
「それで済むのならば良い。そのための国庫である。生きた者、死者の遺族への対処、頼んだぞ」
「はっ」
「で、後は何だったか?」
「えーと、あとは…主にエサイアスたち関連。あと王妃さまの呪い?について」
「ああそれか。もうミッツが解いてくれたけどな」
「我ら神々も困っていたのだ。あれは我らにもよく分からなくてな…。精霊たちが消せたということは、おそらくこの世界とは別のもの、あるいは事象だったのだろう。一応我々でも消せそうだったんだが、かといって叩き潰して人間の体に影響があってもいかぬし…」
「ああ、そうだった。それについては王族から改めて礼を言わせてくれ」
そうエルバート国王が言うと席を立ち、ミッツに深く頭を下げた。
アメリア王妃、ラウール王子、メノーラ王女、そしてガルーダ王子も国王に続いてミッツに頭を垂れる。ミッツはものすごく慌てて応対する。
「や、俺はなんや黒いのやばそうやなって思って精霊に頼んだだけやし、そんな頭下げられることでもあらへんです!」
「いや、精霊に好かれているミッツがいなければ例えアメリアの呪いが判明したとしても解けたか分からない」
「サイやったら解けたんちゃうの?」
「俺が今まで何故解かなかったと思ってんだ」
「え、サイも出来へんことあるん?」
「俺を何だと思ってんだよ。一応人間だぞ?ちょっと神の血を持ってちょっと『獣使い』として成功してちょっと顔が良いだけの人間だ」
「腹立つなー、でも全部ほんまのことやからなんも言い返されへん」
「俺は解呪とかは苦手なんだよ。やろうにも、その頃には『獣使い』は義母上…アメリア王妃に嫌われている代表のようなもんだったし、近付いて解呪ということも出来なかった」
「それについては…本当にごめんなさい。どうかまた母と呼んでちょうだい、サイード」
「…俺はもうサイードではなくサイですよ、アメリア王妃。ですが義母上であることは事実。公の場でなければ、呼ばせて頂きます」
サイはそう言うと、顎に手を当てて少し考える。
「あの時、明らかに様子がおかしかったからひとまず正気に、もしくは正気と見せかけられるようにしようと思ったんだ。そうしないとサイードがいなくなってからも『獣使い』嫌いのままでは困るからな」
「結局、嫌いなままでしたけどね」
「いや、エサイアス襲撃の時よりかは遥かにマシだったよ。あのままだったら本当に『獣使い』の皆殺しまで発展していたかもしれない」
「怖ぁ…。でもどうやって呪われたんやろ?これもエサイアスが関係しとるんかな?」
「おそらく?」
「少しよろしいですか?」
ラロロイが手をあげ、発言を求める。エルバート国王はすかさず許可を出した。
「王妃の自己暗示の後に体調が崩れ、確か占い師に黒ヤギの人形を渡されたとか?」
「ええ、そうです。一緒にいれば不思議と落ち着いて…でもいつの間にかどこかに消えていましたわ」
「だとしたら、その人形が呪い…ミッツの言う黒いモヤの根源または媒体ということでしょう。エサイアスが立ち去る前に王妃さまの元で何やらしていたと言っていましたよね?きっと人形を回収したのでしょう」
「なんのために?そもそも何故アメリアを呪ったのだ?誰でも良かったのではないのか?」
ピリピリした空気になりそうな気配を察知したミッツは手を鳴らして次の疑問へと移らせた。
「はい呪いの件は俺も分からん!サイもよう分からん!神さんも分からん!分からんもんはしゃーない、次や次!はい、エサイアス関連!」
「やっと本題というわけだな」