163 セルディーゾ
神ノ島では、1ヶ月ほどゆっくり滞在させられた。滞在した、ではなく、させられた。
サイードの名は一時的に失われ、シャグラスの王族に王子は2人と王女が1人しかいない…というある意味元に戻った状態であるので、大きな混乱は起きていないらしい。神々の恒例行事に向かった万能神ゼノンがそう言うので間違いないだろう。それとなく聞いたが王族も側近たちも普段通りに過ごしていたようだ。
サイードの痕跡に関しては無意識ながらも片付けられたりそのままにされたりしているらしく、なんとなく処理されているそう。
サイルはしばらく島でのんびりするようにお母さんに言われ、日々せっせと世話をされている。また一緒に暮らせることが余程嬉しいらしい。
「サイルちゃん、しばらくどころかずっといてくれていいのよ?ね?」
「そうだぞ、人間族は寿命がそんなに長くないのだからここで過ごすが良い!」
「いや、まだ隠居には早いよ」
「だって…寿命なんてあとたった60年前後でしょう!?いやここで私が加護を強化するからあと100年はやや若々しく健康でいられるようにするわ!今したわ!」
「あっこらっ勝手に強化しないでアリアーゼ母さん!」
「そんな…人間の感性を一生懸命考えてずっと若く在ると怪しまれるからやや若いよねって言われる程度で済むようにお母さん頑張ったのに…これが反抗期…?お母さん嬉しいわ!」
「嬉しいんだ…。とにかく、ちょっとはゆっくりするけど一生はいないから!」
釣りをしたり島で狩りをしたり、島でのんびり過ごして2ヶ月を迎えた頃、サイルは旅に出ることを決めた。決めたからには一番上の保護者に早速相談しに行く。
「そうか、旅か」
「うん、ゼノン爺ちゃん。神ノ島でもゆっくり出来たし、今度は人間の国と他の国も色々見て回りたくて。冒険者がちょうどいいかな?」
「そうだのう。冒険者は危険なことも多いと聞くが………まあ我らが育てたサイルなら大丈夫じゃろ。たまに帰って来るのであれば私は応援しよう。いつから行くんじゃ?」
「んー、明日」
「明日か………明日?!」
思い立ったら即行動のサイルである。即行動しないと女神たちの遅延妨害が入るかもしれないし。男神の一部からも入るかもしれない。
その日の夜、島に寒色の花が咲き乱れ瞬時に枯れ土砂降りになり雷が鳴り響き獣たちが怯えたのは、無理もない話であった。
翌日、押し付けられそうになった不死薬や大量の特級薬草や希少鉱石や伝説クラスの武器などは島に置き、サイルはシャグラス王国へと戻ってきた。
戻ったと言っても王都ではまだ追われているかもしれないので、適当な辺境町の近くに転移した。
そうして入った辺境町アマレードで冒険者ギルドを探し、『サイ』という姓もない新たな名前で新生冒険者が誕生したのだった。
冒険者サイはどんどこクエストを受け、めきめきとランクを上げて行った。
あっという間にクイーン級となったサイは辺境町を中心に活動し、いずれはゴッド級になる冒険者有力候補として有名になっていった。
王都に何度か戻ってみたが、見回りの兵士たちに「あの時の不審者!」などの反応をされることは無かったので記憶操作による弊害はないと見ている。サイはひとまず安心した。
半年が経ったある日、依頼でファジュラ国に向かうことになった。
広く危険な無法帯が国々の間にあるとはいえ、実は安全にシャグラス王国、ファジュラ国、アルテミリア国を行き来する方法がある。
これは今後ミッツが体験するので、割愛しよう。
ファジュラ国へ無事に辿り着いたサイは首都アベニアール…ではなく、依頼主が指定したファジュラ国東部の美酒街アプサスへと向かった。
「ようこそ、冒険者ギルドアプサス支部へ。依頼ですか?」
「シャグラス王国で依頼を受けた冒険者のサイだ。クイーン級。依頼主クオミン殿の知り合いから詳しく聞けると聞いたが…」
「依頼書を拝見します。…ああ、クオミンさまの依頼でしたか。確か酒場の方に…、ラオヒンさまー!おられますかー?」
ギルド受付員が声を大きくすると、酒場にいた1人が手を振った。美酒街アプサスはその名の通り、美味しい酒が有名な街である。作られた酒も有名だが、酒の湧き出るダンジョンがあることでも非常に有名だった。
自然と至る所に酒場があり、冒険者ギルドの酒場も他よりとても広い。そして下手するとシャグラス王国の貴族の飲む酒よりも良い酒を平民が飲んでいる。その良い酒を飲んでいる中で、1人が声に気付いて手を上げた。
サイがそちらへ向かうと初老の男が待っていた。男は冒険者の格好をしていたが、足に包帯を巻いていた。怪我をしているようだ。
「クオミン殿の関係者?」
「おう、ラオヒン・イードだ。C級冒険者だが見ての通り、活動は控えているとこだ。あんたがクオミンの指定した冒険者か。あいつは従兄弟でな、元気そうか?」
「俺が見る限りは元気でしたよ。それで、どんな依頼で?」
「どの程度聞いてるんだ?」
「ダンジョンに潜って探し物を、と」
「ほぼ何も話してねえじゃねえかあいつ!まあいいや、ざっくり言うとだな…」
依頼主のクオミンは少し前にラオヒンと会い、久しぶりに酒を交わして穏やかな一時を過ごした。無事に二日酔いになった彼らは酔い醒ましのために、近くのダンジョンへと潜ることにしたらしい。
ファジュラ国の冒険者は酔っ払いでも二日酔いでもダンジョンに潜って憂さ晴らししたりすることはよくある。そしてそのダンジョンでまた酒を飲み、歴史は繰り返す。だって目の前に美味しい酒があるのだもの。
そのダンジョンはフルーティな味わいのある酒が湧き出る代わりにそこそこ卑怯な罠がありそこそこ強い魔物が生息しているタイプのダンジョンだった。クオミンとラオヒンは酔い醒ましに倒しまくっていた。魔物はバタバタと倒れ、調子に乗った彼らはハイタッチをし、よろけて壁にもたれかかり、分かりやすい罠のスイッチをしっかりと押した。
直後に強制転送罠で謎の部屋に飛ばされた彼らは苦手な虫の魔物がぎっちりいる部屋で悲鳴をあげながら暴れ、記憶のない状態でダンジョンを脱出していた。どうやって倒したのか、どうやって部屋を抜け出したのか、全く覚えていない。
その後酔いの醒めたクオミンはシャグラス王国に帰り、娘に貰ったペンダントが無くなっていることに気付いたらしい。
心当たりを探したクオミンは、転送罠辺りからペンダントを見なかったことに気付いて慌ててラオヒンに連絡を取った。
自分で取りに行けばいいのだが、娘にペンダントのことを勘付かれ、無くしたのではないかと疑い見張られているためにファジュラ国へ行くことが難しくなったのだ。
手紙は送ることが出来たため、ラオヒンへ探して貰えるように頼んだ。が、そのラオヒンは前日に足を怪我したという。
具体的には別ダンジョンで囮宝箱に引き千切られた足を現在回復魔法によりくっつけている最中で、絶対に冒険者活動はするなと術士からしつこく言われているらしい。
「ざっくりの割にはやたら詳しかったな。つまり、俺はそのペンダントを回収してきたらいいのか?」
「ああ。俺らはアプサス西地区の第4ダンジョンに潜ったのは覚えてんだが…どこの仕掛けでどう部屋に入ったのかが…その…あっでも地下3階だった…気がする」
「…覚えてない、と」
「ああ、すまん。だがクイーン級以上のやつならもしかして…こう…探し物が得意なのと契約してたりしねぇかな、と。あとは単純に第4ダンジョンは強いからな!」
「ふむ。精霊にでも痕跡を辿らせようかな」
「すまねぇな!頼んだ!悪いが3日以内に探して貰えると非常に助かる。青い石が埋まった白い石のペンダントだ、頼むぞ」
「善処はする」
サイはさくさくとクエスト受理を済ませ、さっさと必要な物を買い、第4ダンジョンへとやってきた。
アプサス西地区には第8までのダンジョンが見つかっている。西地区のど真ん中にはご丁寧に謎の技術によって各ダンジョンまで行ける転送魔法陣があり、サイはその中の第4ダンジョン行き魔法陣へと直行する。
『ダンジョンというのは、主にファジュラ国に密集して存在する謎の魔法空間のことを指す。
塔の形だったり洞穴のようだったり家かと思えば野原が広がっていたり、様々なタイプが存在している。中で手に入るアイテムも現れる魔物も様々で、ここ美酒街アプサスのダンジョンには酒にまつわる物が多くある。』
そんな基本的なことがアプサス冒険者ギルドの入口に書いてあったなぁ、とサイは休憩中になんとなく思い出していた。
サイは今、危なげ無く縦穴タイプの第4ダンジョン地下3階にあるセーフゾーンにいた。王都シャグラードで1本10万ユーラ以上のフルールワインが湧き出る泉の横に腰掛け、ワインを適当に自前のカップで掬い飲みながらジャーキーを噛んでいる。ユラ大陸の飲酒は15歳からなので18歳のサイは余裕で飲めるのだ。
尚この雑な飲み方を見たら貴族は多分めっちゃ憤慨するし、多分すごく羨ましがる。
「さて、簡易召喚。風精霊。……来てくれたか、よし。この階の通路にある風の違和感を探してくれ」
割と広い通路だったがあっさり罠のスイッチは見つかった。
そこからはざっくり説明すると、まず転送される前に火精霊と火の魔法の発動準備をし、結界を自分に張り、転送し、虫を燃やし尽くした。おわり。
プチュムッだのミヂッだのキュイヤァァァだの多種多様な断末魔を聞いた後、ドロップアイテムをきちんと拾って、そこにペンダントが無いことを知ると改めて探索しようと再びセーフゾーンへと戻ってきた。
先ほどまで誰もいなかったセーフゾーンだったが、今度は2人分の人影があった。ダンジョン内での冒険者同士の戦闘は原則御法度であるが、用心のために短剣を握りながら近付いていく。
結論から言うと危険は全く無く、2人分だと思った人影は1.5人分であった。
サイは短剣から手を離し、近付いていく。1人がサイに気付くと、話しかけてきた。
「おお、冒険者か。すまんが…水は持っとるかね?死に水だと思って少し恵んではくれんか?ここの泉は…孫にはまだまだ早くてな」
「…そのようだな、ほら。筒の水は全部使って構わない」
「ありがたい。孫も水なら喜んでくれるだろう」
そう言って傷だらけの老人は、抱きかかえた少年の上半身に向かってゆっくりと筒の水を傾けた。
少年は苦悶の表情を浮かべ、腰から下は食い千切られた真新しい断面が見え、絶命していた。
その祖父であろう老人も左肩は抉れ右耳も無く顔色は悪い。もってあと少しと思われる。
「いや助かった。礼は…儂が死んだら適当に儂らの荷物を漁ってくれ。どうせもう長くもたん、多少は路銀になろうぞ」
「そうか…、見届けたらそうさせて貰う」
「おう。寂しく死ぬとこだったがあんたが来てくれて気が紛れるよ、儂は運が良いな」
「…運が良ければそんなことにはならんと思うがね」
「これは参った、正論じゃな」
元気そうに喋っているが、おそらく痛みを無視するために話し続けているだけだろう。
サイは老人の最期の話し相手になってやった。
「爺さんたちは何故ここに?」
「儂らも一応冒険者でな。故郷は既に地図から消えてしまって、ファジュラを旅しておったんじゃ」
「消えた?」
「あれじゃよ、あれ。盗賊の村狩りじゃ」
「…そういやファジュラでは村狩りがあったな」
「なんじゃ、あんたは他国の冒険者か」
「シャグラス王国だ。あ、俺はサイ。俺も故郷は無いに等しく、姓は無い」
「ほー。儂はハオ・セルディーゾ。この子はウィオ・セルディーゾだ。それでな、ここに入ったのは…ウィオのためだったんじゃ。最下層にある酒精葡萄花が見たいと言ってな、結局見れず仕舞だったが…」
老人ハオはウィオの頭を撫でながら水を飲む。
その手は先程から震えていて、時間があまり無いことが分かる。
「全く、油断してはならんのになぁ」
「それはそうだ。ここは割と手強いぞ、次は…来世は気をつけるんだな」
「耳が痛いわい。実際、耳は千切れて痛いんじゃがな」
「うわ笑うに笑えねぇ…」
「そういえばサイはどうしてここに?」
「ああ、落とし物の捜索だよ。ペンダントだ」
ハオは考えて思い出した。
「おお、白い石に青の石か?それならウィオが拾っていた。鞄にあるはずじゃ、後で確かめてくれ」
「それは…行き違いにならなくて本当に良かった…」
「ははは、一生見つからんとこだったな。これも運命神アリアーゼさまのお導きだろう」
ハオは運命神アリアーゼに祈りを捧げる。手に力が入らず簡単な祈りになってしまっているが、きっと祈りは届いただろう。
その他にもとりとめのない話をし、サイがハオたちのことを少しだけ知ったところで時間が来た。
「はあ、そろそろかの。最後の話し相手ありがとうな」
「いや、別に。他に何かあるか?」
「…む、特に一族も続いとるわけでなし。儂らで途絶えることだけは、少し、寂しいが、ロクルレむらの、夕日はもういちど、見たかった、な」
「ロクルレ村の途絶える一族、か」
「ああ、儂らの村だ。ココモ山、上、にあって、綺麗なけしきが、ほこりだった」
「そうか」
「すまないな、サイ。儂もウ、オの元へ、行く。ろくに礼も、出来んかった」
「いや、ハオさん。ハオ・セルディーゾ殿。ちょうど良く、1つ頂きたいものが見つかった」
サイは姿勢を正し、指を少しだけ切って銀の血を見せてみせ、深く頭を垂れてハオに願う。
「このサイ、神の血を持つ者、神の眷属故に名はあれど姓は無い。これも我が母運命神アリアーゼの巡り合わせと見た。ハオ殿の一族の名、セルディーゾを血は引かねど継がせて頂きたい」
「…ぉ、おお。けんぞくとな。それは、わしらにとって、うれしきこと、ぞんぶんに、つかっ、くれ」
「ああ」
「セルディーゾ、は、ココモやまで、あさやけを、いみする。サイの、みちに、さちあらんこと、を」
サイが顔を上げると、ハオは泣き微笑みながら亡くなっていた。
「ああ、存分に使わせて貰うよ。ハオ殿……ハオ爺さん、ウィオ。星の御加護があらんことを。朝焼けへ善き旅路を、……俺の家族がまた増えたことに対する喜びと、離別への悲しみを、どうか安らかに」
サイ・セルディーゾは遺体を前に祈ると、荷物を持ち、2人の親族の首元に掛かっていた冒険者証明の魔石を回収し、2人を焼いた。
焼かないと魔物に食われるし、ダンジョン内で遺体を見つけた場合の規則にもなっている。
サイはそのまま第4ダンジョンを後にし、クエストのペンダントをラオヒンへ見せる。無事に回収したことにラオヒンが喜んでいる間に、ハオ・セルディーゾとウィオ・セルディーゾの死亡確認を報告、そして自分の名前を『サイ・セルディーゾ』に書き換える申請をしたのだった。