159 人間は人間の国で
「神の子を!?我々の国で!?」
「嫌ならアルテミリアかファジュラに掛け合うのだが。アルテミリアは…至上主義傾向がちと強いし、ファジュラは放任過ぎるような気がする」
「それは…否定しませんが、何故です?神々の血を持つのならば神の一柱として島で過ごせるでしょう?!」
「それなんだがな」
サイルはあくまで人間の子供である。血は神のものだが、それ以外の身体、内臓、思考、感情は全て人間のもの。今は幼子だから疑問にも思っていないが、あらゆることにおいて人間離れしている存在だらけの島で自分だけが人間であることを悲観してしまったら、立ち直れなくなってしまう。サイルがではなく、家族の神々が。
それ以外にも、神々は様々な場所から取り寄せた本や知識でせっせと育ててはいるが、サイルが大きくなるにつれて人間目線の疑問などが増えてきている。
神々目線で真理を伝えることは出来ても、人間の子供の可愛らしい質問の答えレベルにグレードを下げるのは神にとって意外と難しいらしい。
神々の血によって魔力はたんまりと持っているが、その魔力を神ノ島で燻らせておくよりも人間たちの国で発散させた方がストレスも溜まりにくいだろう。
そんな神々の意見を代表して述べた万能神ゼノンの前で、エルバート国王は腕を組んで考えを纏めている。
「何も我々が一方的に手放すわけではないのだ。そんなことをすれば我々全員が悲しむ。サイルには好きな時に島へ帰られるように手筈するのだ」
「あ、分かりました。里親元へはいつでも帰れるような状態の養子先を探すということですな」
「まあそうだ。出来れば年に4回は帰って来て欲しい」
「季節ごとではないですか」
「あと出来れば身元のはっきりしているところが良い。一応マナーなども仕込んではいるが…平民として遊ぶことも覚えている」
「なるほど。どうなるかは我々にも分かりませんが……神々の子を他所で育てさせるわけにもいきませぬ。責任を持って、我々シャグラス王族がサイルさまを、いえサイルくんを育てるとお約束します」
「ほう、では頼むぞ」
「はい。…ところで、そのサイルくんはこのことを知っているのですか?」
「………あっ」
こうして万能神ゼノンはエルバート国王夫妻と産まれた子供の運命力を強化すること、そしてサイルを王族の元で育てることをお願いした。
サイルを預けに来る日程などは後日神託で告げるとし、お互いに準備があるということで一度謁見を終わらせることとなった。
「ああ、それとサイルのことなんだが。神々が縁あって育てていたことぐらいなら公表しても構わん。だが元々神送りの子供であったこと、そして神の血を流すというこの2点は公言を避けてくれ」
「要らぬ騒ぎになりかねませんからな、分かりました。ですが教育係となる従僕長と騎士団長、一番信頼の置ける宰相だけには話しておいても?」
「契約魔法を使って守秘させよ。サイルにも秘密を守らせるようにじいじと約束しておく」
「分かりまし…………じいじ?」
そうして万能神ゼノンは島へ帰った。
帰ったあと、なんとなく全て話していた気分になっていたサイルの今後を本人へと伝える。
「…というわけなんだ。サイルはどうだ?難しいことかもしれないが、しっかり考えて欲しい」
「んー。じいじたちとずっとはなれるわけじゃないんでしょ?ならいいよ!お父さんやお母さん、じいじとは違う種族と過ごすのも面白そう!おともだち出来るかなぁ」
「その違う種族はお前と同じ種族が大半なんじゃがな…。まあ前向きな検討で何よりだ!それにすぐ出立というわけでもない、我々が色々と教えてやろうぞ!あとまずは、友達ではなく弟が出来るぞ」
「おとうと!ぼくもおとうとなのにおとうとが出来るの?!」
「あーうん、そうだ」
こうしてサイルはあっさりとシャグラス王国行きを承諾した。あとは王国の受け入れの準備、そしてサイルの準備と教育だけである。
1か月後を目処に各々動くこととなった。
ルールのある社会で暮らすならばと一緒に考えられたのが、まず武力であった。人間社会には魔物が住んでいる、と本に書いてある。もちろん比喩表現である。
比喩であろうとも何か身を守る手段は必要だ。その手段は出来ることなら他人に真似されることのない、オリジナリティを持たせたい。
そこで、サイルしか持たないものといえば神の血。これを何かしらに使えないものか。
そうして戦神グジャラと知恵神メティオラによって生み出されたのが、驚異なる銀であった。
サイル専用の攻防魔法であり、針は文字通りサイル自身の血で出来ている。何かあった時にいちいち身体に傷をつけて血を出していては間に合わない、ということで幼いサイルの耳にはピアスが開けられ、その穴からいざという時に銀の血を流せるようにした。
このピアスは美容と服飾に目覚めた愛神ビザエロによってデザイン、創作されたものである。
神の手作りとあって、もしこれがオークションに出れば、ものすごいことになる。もうめっちゃすごい。「いざとなったら売ってもいいよ」、そう言われているがおそらく乱闘起きる。いっそ博物館に寄贈しよう。
たまに、具体的には年4回帰れるように神ノ島直通の専用転移魔法も教えるのも忘れない。
この時点で神直伝の魔法を2つ教えて貰っているが、サイルは神の血から魔力を引き出しているので、普通に魔法の一部として覚えた。
関係あるかどうか分からないが、サイルの生みの親である村の女は小国の軍指揮官の娘であった。
最低限のマナーも軽く教え直した。人間族、それも王族のマナーはさすがに向こうで教わるだろうから、人間としてやっちゃいけないことだけはしっかり教える。殺人とか横領とか強盗とか。でもそれに手を出すしかない人間だっていることも教える。
魔法と知識だけでなく、魔法を万が一使えない状態に陥った時のこともきちんと教え込まれた。戦神グジャラが生き生きしている。
普通に使えて魔法触媒にもなる武器も作ろうと、神々はうきうきで相談し合った。
「サイルはどんな武器がいい?やはり持っていて良いと思うんだ」
「うーん。ぼく、グジャラお父さんのナイフかっこいいなっておもう」
「ナイフか」
「では短剣にしよう」
「成長に合わせて長くなる武器を打とうか」
「「ではそれで」」
「はい、打つから全員の髪の毛寄越しなー。2日で仕上げるよー」
こうして神々はぶちりと髪の毛を一本抜き、鍛冶神ジェオララに渡した。神の髪の毛は幸いにも皆、ふさふさだった。
こうして髪の毛と技術と愛を込めて打った短剣が出来上がる。シンプルな見た目ながら、持ち手には万能神ゼノンが選んできた上級魔石を嵌め込み、細部に飾り彫りを施されている。
「んー、出来たけどー。名前どうしよっかな」
「絶対的聖剣は?」
「それはもうあるじゃん。元々は渡り人ユーヤに授けて、なんか勝手にユーヤが命名して、今は…アルテミリア国の秘境にぶっ刺さってるやつ」
「あれはそんな名前になったか。もう200年以上前に亜人に渡ったものだから忘れかけてたぜ」
「うーん、神からの贈り物か…」
「では神々の夢路ではどうでしょう?我々に夢を見せてくれた存在ですし」
「「ではそれで」」
時神クーロリアの提案で、銘は神々の夢路となった。尚これもオークションに出回ると乱闘どころか戦争になる代物である。
そうこうしていると、あっという間に1か月が経った。王国は既に受け入れ態勢をいつでも良いようにしており、本決まりとなった日には緊張感が王城を駆け巡った。
当日になり、サイルは忘れ物がないかをしっかりと確認する。何せこれからは自分の知らない人、知らない土地で暮らすのだから。知らない土地どころか、彼は島以外の土地を知らない。
サイルはいよいよ引っ越すとなった時、ふと周りを見渡した。
いっぱい遊んだ小山、兄たちと駆け回った森に原っぱ、釣りをして泳いだ海と川。決して広くはないが今のサイルにとっては世界の全て。
サイルは島にバイバイと手を振った。
荘厳な光と気配が王城の謁見の間を覆うと、神々全員が王城へ転移で降り立ち、癒神ローロアに抱っこされて転移して来たサイルは降ろして貰う。
周りを見ると島の自然は消え去っており、家族になると聞かされていたエルバート国王とアメリア王妃、まだ赤ん坊のラウール王子、そして王族に使える重鎮たちが並んでいた。
ここで初めて大きな建物の内部を見た。神ノ島にある建物は神々が最低限雨風を凌げるような建物……を、サイルが来てからやや立派に改装した家であり、それしか知らなかったのだ。
「神々よ、お待ちしていました……全員での顕現とは思っていませんでしたが」
「しばらく育てていた我が子のような存在の見送りぞ?全員で見送りたいだろう」
「あの…豊穣神ハーヴェジルさまが…」
「理屈は分かっていても離れたくないという感情の芽生えだ。なんというんだったか…」
「ゼノン、子煩悩という感情では?」
「子離れでは?」
「まあその辺りだな」
エルバート国王がおそるおそる指摘した豊穣神ハーヴェジルはボロボロと涙を流し、その涙で床にあらゆる寒色の花を咲かせていた。隣にいた夫の植物神ドルドナーがせっせと回収している。
よく見ると豊穣神ハーヴェジルだけでなく、他の神も泣きそうな顔だったり辛そうだったり、神ではない子供をハグしてぶつくさ言ったりしている。
呆れながらも癒神ローロアがハグしていた運命神アリアーゼを引っ剥がす。
「アリアーゼ、あなたはまず仕事があるでしょう」
「はっ!そうでした。国王よ、例の子をお見せなさい」
「は、はい」
「…ふむ、確かに妙な下がり方ですが問題ありません。ついでに国王と王妃、あなたたちの運命力も祈っておきましょう」
「ありがとうございます」
こうしてラウール王子の運命力低下は運命神アリアーゼによって修正された。
あとは今日のメインイベントである。
「さて大臣らに貴族たちよ。事前に知らせておいたように、今日はラウールのために神々に顕現して頂いただけではない。縁あって、神々の元で育てられていた人間族の子供を王家が預かる運びとなった」
「「おお…」」
「私はこの子を実子のように育てるつもりである!生い立ちと年齢的に第一王子の扱いだな」
「えっ」「それは…」
「王位継承権は、まだどうなるかは分からん。どうせシャグラス王族もずっと血の継承ではないからな。一時的に血が途絶えたこともある」
「た、確かに…」
「どうなるかは本当に分からん。とにかく、これからは第一王子として接するように」
エルバート国王が神々の方を見ると、万能神ゼノンはサイルの背中をそっと押し、サイルはちょっと緊張しながらも王族と貴族たちの前に出た。
「お初にお目にかかります、国王へいか。王妃でんか。あいさつをしたく、おゆるしください」
「ああ、頼み……頼む」
「ありがとうございます。ぼ、わたくしは神ノ島のサイルと申します。かみがみを父母、そして兄と姉としてこれまで育ちました。えっと、今後はたいへんおせわになります、ふつちゅつかものですがよろしくお願いします」
「サイル、ふつつか!不束者、だ! (小声)」
「あ、ふつつかものです」
頑張って自己紹介と挨拶を終えたサイルを大人は微笑ましく見ている。
なかなか常識も備わっていそうで、賢そう。幸先は良い気がする。
「丁寧な挨拶をありがとう、楽に接して…はすぐに難しいだろう。いずれ楽に接してくれ。私はエルバート・シャグラス。これからはサイルの義父親となる。こちらは妻のアメリア。その横に座っているのが私たちの子供、君の義弟となるラウールだ」
「わあ、おとうと!人間族のあかちゃんってこんなちっちゃいんだね!ぼく、あかちゃんはね、漂流してた真珠クジラのあかちゃんと、あとね、アーパウラお兄ちゃんがケンカ売ってつれてきちゃった岩喰い鷲がつれてたあかちゃんしか知らない!」
「…そ、そうかー…」
「アーパウラ、後で話があります」
「やっべ、バレた」
岩喰い鷲は冒険者ギルドではA級認定のデカい鷲である。真珠クジラも割と希少な動物として絶滅寸前である。シャグラス王国の者たちは聞かなかったことにした。
あとサイルの常識に少しだけ不安を覚えた。これはまあ、育ちが特殊なのでしょうがない。育ての親にしてこの子あり、である。
空神アーパウラはサイルに口止めをすっかり忘れていたので、帰ってから癒神ローロアからの説教が確定した。
「では、後は…サイル」
「はい!じいじ!」
「ごほんっ」
「…あっ!えっと、ゼノンさま!」
「神々よ、割ともう手遅れですので普通に接してください」
「…うむ」
神々は改めてサイルに寄り、男神から順にサイルに餞別の言葉をかけていく。
「万能神ゼノンはサイルに祝福を授ける」
「地神ポルノックはサイルに不屈の心を」
「癒神ローロアはサイルに健やかさを願う」
「空神アーパウラはお前に自由な心を!」
「戦神グジャラはサイルに武勇の精神を授ける」
「植物神ドルドナーは…えー、自然の恵みを」
「愛神ビザエロはサイルに溢れる愛を!」
「水神ネイラードは君に水のような清らかさを求む」
「運命神アリアーゼは…サイルちゃんに穏やかな未来を願う」
「時神クーロリアは豊かな時間をそなたに」
「風神ハピュラスはサイルに軽やかな心を与えるわ!」
「ひっく…豊穣神ハーヴェジルは…サイルちゃんに……食の恵みを…うぅっ」
「泣きながら願うんじゃないわよ……知恵神メティオラはサイルに豊かな考えを与えます」
「鍛治神ジェオララはサイルに柔軟な器用さをあげようかな」
餞別の言葉じゃなかった。ちょっとした祝福ハッピーセットだった。貴族たちはちょっとドン引きした。こんな子供にうっかり下心を出せば、神罰ハッピーセットが下るかもしれない。
満足したかどうかはさておき、改めて神々は国王にサイルを預け、神ノ島へと転移していった。
「ほら、ちょっとミッツと似てるだろ。預けられるとことか」
「ど、どこが?!俺そこまで壮絶な生い立ちやないけど!?せいぜい親に赤ん坊から虐待されてて施設に保護されたら施設もクズの集まりでそこの告発するためになんやかんややって施設訴えてちょっと裕福な家に引き取られただけやけど!?」
「いやお前も割と大概だよ」