153 主様、そして特に要らなかったけど役には立った知識
「んー、やっぱり人数増えてるね」
「そこの鏡、割れた」
「わー本当だ!秘密の抜け道ってやつ?いいないいな!かっこいいね!」
「そう?」
「うん!この城、抜け道らしいものはいくつか見つけて入ってみようとしたんだけど、どうやら特殊な条件が必要みたいで僕は入れなかったんだー。たぶん王族の血筋とか、その辺りが入る条件かな?」
大男の後ろから歩いてきた男は、談話室の面々が殺意と緊張感を放つ中、飄々とした足取りでやってきて会話を続けている。結界越しに部屋を覗き込む余裕まで見せていた。
Syugo Tubeで見た2人の内の1人であろう、若い男の声がフードから聞こえるので、この状況ではどう考えても『主様』という存在だろう。口元だけは見えるが、その容貌は分からない。若そうな印象はある。
「ん、銀髪の一番強そうなキミ、なんか会ったことある?気のせい?」
「…安っぽいナンパだな、顔も見せない野郎のことなぞ知らん」
「それもそうだねぇ」
コロコロと笑う男は、一見すると敵対するような雰囲気は見られない。
しかし、冒険者も騎士も兵士も王族も気を抜くことは一切なく、ミッツはサイの裾を引っ張る。
「サイ、あいつもあのでっかいやつと同じや。変な魔力やで。とびきり不味そう。クソ強アンデッドドラゴンのまだ腐りきってない臓物を煮詰めてすっごい効きそうなヘドロ草と和えたようなフレーバーや」
「なるほど、今後二度としっかりめに表現するな」
「ちなみにでかい男の方はめちゃ強ギガントミノタウロスを半殺しでミディアムレアに焼いてのたうち回っとる時みたいなフレーバー」
「だから生々しく表現すんな、なんで微妙に美味しくしようとしたんだ。だが…思っていた通り厄介なことになったな…」
「サイ、知り合い?」
「顔見えないから知らん」
お互い、いや談話室側は一切気が抜けない。
そこへ突然、主様と呼ばれた男から魔法が飛ばされてきた。先手を取られてしまった。
魔法というより高密度の魔力の塊をそのまま飛ばしているようだが、立てこもり側からの反撃として攻撃魔法が次々飛ばされ、それらがぶつかるとどんどん相殺されていく。こちらも負けてなどいられない。
相殺されている間に、また大男がラロロイの結界に手をのばす。せっかく今部屋のハイエルフ特製の星属性結界は取り戻しつつあるのにまた侵食されれば完全にイタチごっことなるだろう。
「させるかい!『もしもし、あいつに張り付いて…』えーと、あっ!『キャンセル!ストップ!キャンセル!ステイ!』あかんあかん、この部屋から精霊出すわけにいかんわ。えーと、『この部屋から遠隔で…ゴニョゴニョ…』……って君ら、出来る?」
「たぶん出来る!」「タブンデキルゾ!」
「なんかめっちゃ不安!!でもやってくれなあかんで!ほなお願いな!」
スマホ越しにミッツが精霊たちへ指示すると、スマホを通して魔力を貰った精霊たちはミッツの首元に潜り込んだまま魔法を飛ばした。
「「!?」」
「…あ?なんか倒れた?いや蹲ってるのか?」
「ミッツ、あれは何をしたんだ?」
「ふう、くすぐりって意外と尋問とか拷問になり得るねんて。みおちゃんも言うてた」
「質問の答えはくすぐりで合ってるのか?あと誰だよミオチャンって」
がくりと膝をついて微妙に痙攣する大男。
精霊たちは大男の皮膚の周りにある空気を震わせてくすぐらせているようだ。普通の人間族の構造とは変わらないらしい。内臓とかまで同じかは分からないが。
生々しい魔力の例えをしつつも弱点を考えていたミッツはふと、同性同士の愛を綴る系壁サークル主であり元児童養護施設仲間のみおちゃんが差し出してきたニッチな本にもそんな描写があったことを思い出したのだ。
他にもいくらでも手段を思い出すことはあっただろうに、何故か他の思い出を押し退けて鮮明に思い出させられてしまった。
尚、知識を得てしまった当時、ミッツはソッチ系の本を読みたいとは一言も発言していない。みおちゃんの養子先に遊びに来たが原稿の真っ最中だったので待たされていて暇そうにしていたミッツへの、みおちゃんからの要らない善意である。しかもその本、とてもとてもエロかった。成人指定でないのが不思議なくらい。
おかげでまた要らない知識が増えた。その趣味を否定はすることはないが、ミッツは一生使うことはないだろうと思っている。
「まあちょい待てみおちゃん。勝手に机の引き出し開け閉めするぐらい暇なんは、確かに暇やけどこれは無い。開けたらあかん引き出し開けたらどないすんねん」
「ええやん、ヒカルくんの性癖の引き出し増やしたら。開けぇや心の引き出し。フルオープンやで」
「もうヒカルちゃうわミツルや。みおちゃんの趣味嗜好を否定する気ぃないだけ感謝せぇよお前ほんま、フルオープンなんはお前のスケベ心やぞ」
「チッ」
「舌打ち?今舌打ちしたか?」
「何言うとんねん、こんな美少女が舌打ちなんかするわけないやろ、あほちゃうか。あれや、あれ。投げキッスや」
「自分のこと美少女言うな」
「事実やろ。美少女の投げキッスありがたく受け取りや」
「ごめん避けてもうたわ」
「チッ」
「おっ美少女の投げキッス、えらい太っ腹やんけ」
「せやろ」
「「はっはっは」」
このように朗らかな会話は続いた。
ヒカルはミッツの昔の名前である。一応、彼女自身は亜麻色髪碧眼の美少女である。
そして暇潰しとして差し出された本たちはなんやかんやで全部読んだ。内容に関しては一般の人は知らなくていい知識と趣味嗜好である。くすぐりをやるとしても罰ゲームとかぐらいに留めておこうね。
そんな感じで、全員一瞬ぽかんとするが、すぐに主様と呼ばれた男へ攻撃を繰り返す。
面倒なので、今後は主様男と略していくこととする。
「暴るる拳燥!」
「緑に包まれよ!」
「矢を放て!」
【全て無に帰す】
また頭に響くような声がする。
攻撃と矢は、主様男に当たる前に黒い粒子となってザラリと消えた。
「チッ…驚異なる銀!」
【全て無に帰……えっ!」
「え、当たった?」
今までと同じく消えると思われた銀の針は、主様男のローブを突き刺した。サイ本人もびっくりしている。
胴体に突き刺さりかけた針は振り払われたが、振り払うということは相手にとって『よくない攻撃』と判断されたということだろう。
「何それ!僕それ嫌いだなぁ!」
「奇遇だな。俺たちもお前らを好きになることは永劫にない」
サイの銀の針だけは攻撃が通じることが判明したため、サイはひたすら銀の針先を主様男に向け続けた。
しばらく誰もが手を出せぬほどの攻防が続くと、ミッツがおもむろに叫ぶ。
「サイ!そいつ、胸ド真ん中!」
「!」
瞬時の判断で銀の針を主様男の胸部真ん中へ集中させた。狙いは的確。
しかし、精霊たちのくすぐり魔法を無理矢理解除した大男が主様男を守るために立ちはだかる。
大男が盾で針を退けると、主様男がため息をつく。
「ね、これあげる。このままじゃ埒が明かないし、あの結界なんとかして」
「はい、主様」
ローブの下から何かを取り出し、大男へ渡す。石のようなものを受け取った大男は迷うことなく口に含み、飲み込んだ。
大男は結界に手を再び当てると、さっきまでよりも早く、倍以上のスピードで侵食が進み始めた。
「何かを食った…!?」
「あれは…魔石!魔石ですわ!」
「確かに…!薬師の私も断言する、間違いない!それもかなり強い魔物の魔石!」
「キーラ、起きたのか」
「ええ、おかげさまで……いえそれより!あれは魔石ですわ!フィジョールさんもそう言ってますし間違いないです!」
「魔石を食った…、つまり…つまり?」
「魔物とかってことか?」
いつの間にか回復されて起きていたキーラと結界前までやってきたフィジョールは、大男が食べたものは魔石であると断言する。
「つまり、とか言ってる場合ではありませんわよ!侵食早くなっているじゃありませんか!差し伸べたる手!」
「モモチ、引き続き手伝うたって」
「きゃむ!」
モモチは祈るキーラと結界を張り続けるラロロイの間にぎゅむぎゅむと入ると、その体を光らせる。ぶわりと虹のかかった光の魔力に包まれたモモチは、その魔力でキーラとラロロイをも包む。少しだけ侵食のスピードが遅くなった。
ここに来てやはりモモチの成長が著しい。落ち着いたらフェリルに行ってグランドフェンリルに見てもらっていいかもしれない。
侵食はヘビのようにぬるりと進み、時折天井から粘液のように垂れ、それにぶつかった双頭ワシが甲高い鳴き声を上げて消えていった。サイは針を放つ片手間にもう一度喚ぼうとしたが、誰も応じることはなく、やはりこの城の中での召喚は出来なかったことが証明された。
大男の侵食がとうとう結界に小さな穴を開ける。
その穴へ、主様男は鋭い刃のような風を叩きつけた。
風は結界の穴をすり抜けて真っ直ぐ正確に室内の人々を狙う。サイはすかさず結界を張り、王族と冒険者たちを守ったが自分の結界は間に合わなかった。
ザクリ、肌を切り裂いたような音が響き、ビシャリと液体の散る音が聞こえた。