152 立てこもり部屋、あるいは王族談話室、もしくは抜け道の入口にて
潜入パーティが神頼みを済ませて走っている頃、立てこもっている部屋では変化が起きていた。
もっとも、立てこもり側にとってはよくない変化であったが。
「…ぐっ…」
「ラロロイさま…!しっかりなさって下さいませ!」
「ラロロイ!気を強く持て!くそっオレも補助系が得意だったら…!」
「お前たち、ラロロイの魔力にもっと同調するのだ!メノーラはそのまま回復を続けよ!フィジョール薬師もそのまま薬を!」
「「はっ!」」
「分かっておりますわ、お父様!」
キーラが倒れてからは騎士たちと兵士たち、フィジョールがラロロイの結界を補助したり魔力を補填したりしていた。が、訓練を受けているとはいえそこそこの実力の騎士兵士と最上級の力を持つと認定されているゴッド級とではどうしても差がある。付け焼き刃程度にしかなっていない。
結界は既に半分以上侵食され、室内はますます暗くなりつつある。どこか冷気も感じられ、よくないものであることは肌で分かる。
ラロロイが少しでも気を抜くと、間違いなくいつでも破られる状態である。逆に言うとラロロイでなければこの瞬間まで結界は保っていなかっただろう。
ラロロイの傷に早々に気付いたメノーラ王女が回復をかけ続けているが、何故か上手く傷口が塞がらないまま半日経っていて、危険な状態がずっと続いている。
ハイエルフでなければとっくに失血死していておかしくない。
その隣ではラロロイの傷を確かめながら、フィジョールが常時身に付けている救急調合キットを用い、止血薬などを何度も試している。一向に効いていないのを確認しては新たに調合を始めるが、救急用には最低限の薬草や用具しか入っていないため、あと残り僅かでその調合も終わらざるを得ない。
ここが調合室なら…いや完成したエリクサーを少しでも常備していればよかったと、フィジョールは今後悔をしていた。エリクサーは貴重なため、持ち運ぶのは少し躊躇していたのだ。
ギルバートと中距離魔法を使う騎士たちも、コウモリに阻まれてほとんどダメージを与えられていない。体力馬鹿であり魔力馬鹿であるギルバートはともかく、騎士たちは半日以上魔法を飛ばし続けて疲弊している。
このままだと、あと数時間もしない内に結界の全てが大男に侵食され、ラロロイは倒れてしまうだろう。
その瞬間は、談話室にいた誰もが想定していない時に起きた。
誰も意識を向けていなかった鏡が割れ、何者かが飛び込んで来る。続けて何人もの人影が雪崩れ込んできた。
何度も言うがこの鏡は今は亡き渡り人硝子細工公キャメロンによって作られた、まさしく唯一無二の至高の一級品であった。国宝だった。つい今しがた粉々になったので過去形。
「増援っ!『攻撃』、左右分かれて待機!少し待て!」
「「はい!」」
「『補助』、ラロロイの元へ!」
「「はい!」」
「『回復』、キーラとラロロイを!」
「分かりました!」
「さ、サイ!?なんでここに!?」
「ギル、無駄口叩ける程度には元気そうだな!よく耐えた!」
部屋に散らばった鏡の破片を遠慮なく踏み砕きながら、ゴッド級冒険者サイ・セルディーゾが率いる冒険者集団が部屋へと乱入してきた。兵士トムは割れた鏡の抜け道内部からそっと様子を覗き見している。
『攻撃』と呼ばれたグループはギルバートたちの元へ駆け寄り、武器や魔法触媒を構え、いつでも攻撃出来るように殺気を放つ。サイに召喚された双頭ワシとライトグリズリーもその中に紛れ込む。
『補助』グループはラロロイの隣へ寄り添うと、各自部屋を覆う結界を補強、侵食部分を解析、など自分たちの得意とする補助魔法でラロロイを支える。チャトラのエメラルドマーモセットもラロロイの足元でうろちょろしながら、補助魔法らしき光を額のエメラルドから放っていた。
治っていないラロロイを一瞬見たミッツが「うっわ呪い!これエリクサー!3滴!」と叫びながら、エリクサーの小瓶をラロロイの隣の冒険者へ投げつける。受け取った冒険者が慌ててラロロイの腹へエリクサーを3滴垂らす。シュワシュワと音がしてラロロイの傷はようやく塞がり、青褪めていたラロロイの顔色も良くなった。
魔力をなんとか捻出しながらずっと回復を続けていたメノーラ王女は、やっと落ち着くことが出来た。
どうやらただの攻撃による傷ではなく、呪いのようなものによる傷だったようだ。
『回復』と呼ばれた貴族の女冒険者はラロロイの様子を見てから離れ、王族の近くに寝かされていたキーラの所へ素早く走り寄り、回復魔法をキーラに当てる。
「『救世主』、やれ!!!」
「よっしゃやったれモモチ!」
「きゃっぷむピィイイイイイイーーーーーーッ!!」
そんな中で、ミッツに抱え上げられたモモチは勢いよく笛を吹き、魔コウモリ対策の超音波魔法を作動させた。
見た目は単にすごく笛を吹いているだけのように見えるが、次の瞬間、部屋の中にいた獣人騎士が1人気絶した。犬系獣人、それも耳の大きなパピヨン獣人だった。必要な犠牲である。彼の給料の支払い時には是非とも特別手当を上乗せしてあげて欲しいと進言することをミッツは誓った。
「ウワーーーッ!?」
「ギュキィッ!??ギャッ!!」
「なに?」
一つ目の悲鳴がパピヨン獣人である。彼は隣の兵士たちによって部屋の奥へと引きずられながら回収されていった。
引きずられている途中でパピヨンに先祖化したので、床から掬い上げて小脇に抱えて部屋の隅へと走った。そのまま腕の中に納めてお腹を勝手に撫で回しながら、兵士はキリッとして敵を睨んでいる。
そんな必要な犠牲もあり、大コウモリはその超音波によって痙攣を繰り返し、パタリと床に落ちる。大男はここで初めてたじろいだ。
大男を守っていたコウモリがいなくなった今を見逃す程、サイたちは甘くなかった。
「『攻撃』開始!」
「「了解!」」
「ギル!お前らも!」
「おうよ!」
「なに…?!」
大男に攻撃魔法が降りかかると、大男はローブの下から腕に取り付けた小さい盾を出して結界を展開し、魔法を阻止する。
しかし侵食している暇がなくなったためか、ラロロイの結界への侵食が止まった。モモチは笛を離した後にラロロイのところへ駆け寄り聖属性の魔力を解放し、結界を補強する。侵食部分が一気に押し返され、ラロロイの結界は半分以上取り戻すことが出来た。
何故かここへ来ていきなりモモチが成長している気がする。心なしかなんか大きくなって、いやモフモフがもこもこ増えてる気がする。特に首回り。後で必ず抱きしめて確認せねばなるまい、とミッツは心に刻んだ。
いや、単に換毛期かもしれない。ミッツの義理の実家である松島家の柴犬フウマも冬前になると、えぐい量の抜け毛を量産していた。もう一匹半ぐらいフウマが出来るぐらい。もともとむちむちボディだったが、それを加味しなくてもふわふわむちむちほわほわだったのを思い出す。そんな場合ではないのに。
「さて陛下、王族の皆さま。お言葉が遅くなりましたが、我々冒険者一同、助っ人に参りました。代表はサイ・セルディーゾが請け負っております。ご尊顔を見ずに失礼します」
「構わぬ、報告は後でまとめて受ける。今は対処に集中せよ」
「御意。ああ、後で抜け道の補足と暗記もしましょうね」
「……そうだな、分かった…」
エルバート国王が少ししょんぼりしているのを背中で感じつつ、サイは映像越しに見ていた首謀者の1人と面した。
「面倒、手練、冒険者か」
「そういうお前は、いやお前たちは何者だ。主様と呼んでいたということは、この騒動の首謀者はもう1人の小柄な方か?」
「なんでお前知ってんだよ」
「後でまとめて話す。大体のことは把握しているってだけ伝えとくわ」
そんな会話を聞きつつミッツは大男を鑑定するためにスマホで撮る。なんとなく連写してみた。カシャカシャ。
◆?????◆
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「いやこんな時にプライバシーもクソもあるかい」
「さすがに何も分からないか」
「せやな、でもちょい待ってな」
ミッツは目をしっかりと開き、大男をじっと見つめる。
忘れそうになるがミッツの『精霊の瞳』は精霊による不思議な力で物事を見ることが出来たりラッキーなことが起きたりする、ちょっとだけチートな目だ。普段は食材の良し悪しと冒険者クエストの採取ぐらいにしか効果を実感していない。
まあ今の状況は決してラッキーではないが。
「あー、うーん、なんやあかん感じする」
「あかん、つまりよくない気配ということか?」
「なんちゅうか、精霊とかにかなり良くない影響をもたらしそうな魔力。精霊たちの世界で生まれた魔力やない。それに…この世界でもろくなことにならなさそうな魔力やな」
「ふむ、『良き隣人』世界の魔力ではなさそうなのか」
「あともむなさそう」
「お前は誰目線で魔力を判断してるんだ、魔物か?」
「だってそう見えるんやもん」
すごくどうでもいいが、例の児童養護施設には奈良県出身のスタッフがいた。『もむない』は奈良県、もしくは泉州その他の方言である。
本当にどうでもいいが、ミッツの実の両親は岸和田出身と兵庫県出身である。特に今回関わっては来ない。
そんなことはさて置いて、また膠着状態になる前に何とかしなければならない、とサイが考え始めた時、事態はまた変わった。
重苦しい空気が部屋を覆い、冒険者たちは一層顔を険しくした。
扉から見える廊下の奥から、人影が見えたからだ。
「あれ?結構手こずってるね?」
「主様、起きた」
「うん。適当な部屋見つけて、その部屋にいた人間はちょっと邪魔だったから、運動がてら遊んだよ。その後寝てたんだー」
「それは、よかった」
「それで?どうなってるの?なんか人数増えてない?」
主様と呼ばれる男が、戻ってきたのだった。